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獣人の姫  作者: MTL2
西の大国
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ベルルークの軍人

《C地区・軍訓練場・休憩所》


「……スズカゼ殿の様子は、どうですか」


「裏で吐いてる。今はサラが付いてるよ」


テーブルに置かれた珈琲を飲み、ゼルは深くため息をついた。

苦々しい味は彼の舌を縮め、喉を通り過ぎていく。

だが、彼の胃袋にそれが入っても、舌を縮める苦さだけは過ぎ去らなかった。


「スズカゼ殿に、その、何があったのですか? あの様子は異常です。余りに……、異常過ぎる」


「詮索はしてくれるな。……どうにも、な」


彼の表情は余りに苦々しい。

どうにも出来なかった自分と、何も出来なかった自分を悔いるように。

立場があるのは理解しているし、如何にすべきかも理解している。

だからこそ、動けなかったことが明確に感じられてしまうのだ。


「……情けねェなぁ、オイ」


「ぜ、ゼル団長?」


「何でもない。……デイジー、お前は暫くサラと共に休憩所待機。俺は他の連中を呼んでくる」


「も、もう帰るので?」


「これ以上、この国には居たくねぇんでな」


ゼルは立ち上がり、扉へと向かって行く。

普段と変わらないその後ろ姿がそこにはあった。

だが、デイジーはどうにもその様子が異質にしか見えない。

普段と変わらず、気怠そうに腰に手を当てて歩いているだけなのに。

どうして、こうも、悲しそうに歩いて行くのだろう。



《C地区・軍訓練場》


バタンッ


「……ふぅ」


休憩所から出た彼がまず行ったのはため息をつくことだった。

何度、吐き出そうとも物足りない。

バボック大総統は本当にスズカゼの心を折る為だけに国へと招いたのだろうか。

確かに長たる者は如何なる言葉をも受け流し、信念を守りきる術を持たなければならない。

その点に置いては彼女が余りに未熟だ。

長としての矜持はあれども、守る術はない。

あの男はそれが解っていたから、小娘を壊そうとしたのだ。

それは享楽のためか、警戒のためか、試行のためか。


「……ったく、面倒な奴に目ェ付けられたか。なぁ?」


彼の呼びかけに応えるように、休憩所の影から一人の女性が姿を現す。

ドレッドヘアーが特徴的で、豊満な胸を揺らすその女性。

目付きは厳しく、明らかに一般の女性でない事は理解出来た。


「気付いてやがったのかい」


「スズカゼがこの国に着いた頃から見張ってたんだろ。名前は?」


「ヨーラ・クッドンラー中佐だ」


「もう一人は?」


「……は?」


「四時の方向。距離は……、精々、1ガロもないだろ。30メートル程度か」


「驚いたね、こりゃ。……ヤム!!」


ヨーラの大声に、遠方の30メートルほど距離の開いた場所の何もない場所が盛り上がる。

いや、何もなかったのではない。

地面に擬態していたその少女の姿が、そこにはあった。


「隠蔽魔法か。お粗末だな」


「普通は気付かれるはずもないんだがね。彼女はヤム・ソーアン。地位は少尉だ」


「……お前は中佐っつったか」


「うむ! ヨーラの地位は中佐である!!」


彼等の静寂を打ち破るように響き渡る豪声。

ヨーラはそれを聞くなり明らかに不快そうな表情となり、ゼルに聞こえるほどの舌打ちを行った。

遠くから走ってくるヤムと呼ばれた少女もその大男に気付いてか、思わず足を止めたほどである。


「……確か、オートバーン・ビーカウン大尉だったか?」


「うむ! 如何にも!! 覚えて置いていただいて光栄である!!」


大男はゼルとヨーラの間にずかずかと踏み入ってくる。

ヨーラは一歩引いてその男を避け、ゼルもそれに習うように彼女とは反対方向に一歩退く。

オートバーンはヨーラが退いたのは気にしなかったが、ゼルが退いた方向にはさらにずいと距離を詰めた。


「ちょ、近い近い近い」


「そう遠慮するでない! ぬはっはっはっ!!」


「助けて」


「諦めな。そのホモ野郎に目を付けられたら終わりさ」


「ご愁傷様ですー」


「やめて! 諦めないで!! お前等、良いのか!? 他国の騎士団長に手ぇ出したら戦争だぞ!!」


「「大総統に手を出した奴が今更何を」」


「……アレは事故です」


「よく言うさね。……ま、何があったかなんて想像つくけどさ」


彼女、ヨーラの反応を見る限り、やはりバボックはそういう人間なのだろう。

普段からか、それともそういう時にか、は解らない。

だが、相手するには余りに危険な存在だというのは確かだろう。


「バボックは……、どうして俺達を呼んだんだ? 中佐ほどの地位を持ってりゃ、少しは聞かされてるだろう」


「あー、無理ですねー。この二人は完全に脳筋ですからー。武功で成り上がったタイプですからー」


「うむ! 力は正義なり!!」


「別に私は地位に興味とか無いんだけどね。貰える物は貰っとくタチなのさ」


随分と自由な軍人な事だ。

まぁ、こちらの他国の事をどうとは言えないのだが。

我が国も他国のことは言えない程に自由奔放だし。


「一つだけ。お前等の意見で良い。聞かせてくれ」


「うむ! その代わり、今宵は我が」


「あ、やっぱり良いです。帰ります」


「この馬鹿は放っといて良い。で? アンタの質問ってのは何なんだい」


「……この国、他国全部を敵に回して、勝てると思うか?」


「無理だろうね」


「不可能だな!!」


「無理じゃないですかねー」


「……即答かよ」


「一国だけなら勝てるだろう! 二国でも可能性はある!! だが、三国となれば間違いなく敗北するだろうな!!」


「確かに我が国には四天災者である[灼炎]のイーグ・フェンリー将軍が居る。けどね、そっちのサウズ国には[魔創]ことメイアウス女王、スノウフ国には[断罪]ことダーテン・クロイツ。……そして大戦時に姿を現し全てを斬って滅し、今は姿を消した[斬滅]。これらを敵に回して勝てる要素が何処にあるんだい」


「無理ですよねー。圧倒的に不可能ですよね-」


「……もしも、だが。この国が三国相手に戦争しかけたりしたら、どうする?」


「暴れ回る!!」


「全力をとして戦うさね」


「逃げようかなー」


「「……ヤム」」


「今の発言、冗談ですから-。軍法会議とか勘弁してくださいー」


「ま、そういう事だ。アンタが何を思ってその問いを向けたのかは知らないけど、こっちはやる気がある。やるならやるって事さ」


「戦場には命を賭す凄まじい者共が居る! 我が眼鏡に適う者も居るだろうしな!!」


「ホモとかないわー。ガチムチとかさらに無いですわー」


「……仲が良いようで」


だが、事実。

もし自分が今、この連中に刃を向けたとして。

その刃が折れるに、数秒と掛からないだろう。

そういう連中だ、コイツ等は。


「……本当に、な」



読んでいただきありがとうございました

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