蹂躙されし心
「今、C地区には騎士団が滞在している。彼等の役目が君達に万が一の事があったときの守護ではなく、君達に対する人質である事ぐらい……、解っているんじゃないかい?」
「申し訳ありませねぇ。既に辞表はメイア女王に提出し、次期騎士団長も決めてありますので? 別にここで何をしようと私の独断ですし? ……それに」
ゼルが視線を向けると、ファナは既にその掌に魔術大砲を装填し終わっていた。
恐らく、彼が何らかの行動を起こし終わった後に、自身を消し飛ばさせる算段なのだろう。
そうなれば何処の国の所属でもない人物が危害を加えた、という事で責任はバボック大総統に護衛を付けなかったベルルーク国軍へと向く。
「……応接室で耳打ちしていたのはこういう事か。あぁ、相変わらす強かに下衆な男だね」
「テメェほどじゃねぇよ、糞野郎」
「そうやって敬語を使うのを止めるのも昔のままだ。……そして軽口を叩きながら腐った目をするのも、同じくね」
ゼルの眼に色はなかった。
ただ、眼前の肉を斬るだけだと言わんばかりに。
その目に映るのは、ただの肉塊でしかないかのように。
「……貴方には負けますけどねー」
「よく言う。場の空気を乱すのも昔通り。我が軍の兵士を斬り殺し紅色に身を染めていた君が思い出されるよ」
「……昔の話でしょう」
ゼルは剣を仕舞い、口調を元に戻す。
彼の瞳には光が戻っており、先程とままるで違う物となっていた。
剣が引かれた事により、ゼルの殺気が消え失せたことをバボック自身も理解したのだろう。
スズカゼへと向いていた体を翻し、彼は出口へと歩いて行く。
「……さて、ここまで言われては立つ瀬がない。会議もある事だし、私はこれにて失礼するよ。後は自由に見物でもしてくれれば良いから」
「結局、俺達を呼んだ理由は?」
「さっき言った通りさ。……まぁ、後はちょっとした確認かな」
「確認?」
「詮無きことだよ。それではね」
バボックは手を翻し、親しき友と別れを告げるかのように去って行く。
その後ろ姿は余りに無防備で、例えスズカゼでも倒せてしまえそうな程だった。
だが、だからこそゼルの視線は微動だにしない。
自分達以外は誰も居なかったはずの城壁の向こう側を見たまま、だ。
「……どうした?」
「……いや、何でも。それよりファナ。スズカゼを立たせてやってくれ。騎士団の所に連れて行こう」
「手間の掛かる……」
「そう言うな、頼むよ」
「ちっ……」
ファナは舌打ちしながらも、項垂れるスズカゼを抱き起こして肩を貸した。
気絶しているわけではないので彼女でも運べるが、スズカゼの足に力はない。
濁った彼女の瞳が映すのは、遙か眼下で満足そうに口周りを舐め尽くすアルカー。
そして、その周囲に飛散した生物だった残骸だけだった。
「うわー、ドン引きですわー、気付いてますよー、あの人ォー」
「流石はサウズ王国騎士団長と言った所かしらね」
「ここまでどんだけ距離あると思ってるんですかー、怖いわー」
狙撃銃のスコープに目を当てたまま、その女性は戯けた声を漏らす。
水色の長髪と双眸を持ち、耳に填めたピアスが特徴的な女性。
今は寝転がっているが、身長は160ほどだろう。
その幼い声や外見からも年齢は13から14ほどと思われる。
「サウズ王国最強の男なんて言われてるだけの事はある……」
そんな彼女の隣でため息混じりに腕を組み、重たそうな胸を支える女性。
彼女はドレッドヘアーを揺らし、厳しい目付きで去り行くゼルの後ろ姿を見て居た。
身長は180後半程だろうか、女性にしてはかなり背が高い。
また、非常に薄着であり、覗く腕や足は筋肉でガッチリと固められている。
片目に走る傷も、傍目的にはかなり印象的だろう。
「ヨーラ中佐ぁ、もう嫌になりますぅー。帰りたーい」
「馬鹿言ってんじゃないよ! こんな所で帰ったら、またネイクの野郎に嫌味言われるだろ!!」
「だってぇー、どうせ何する気もありませんってぇー。見張るだけ無駄ですってぇー」
「それでも見張るのがこっちの仕事なんだってんだ。……でもまぁ、バボック大総統の考えはよく解らないけどねぇ」
「私の首が撥ねられたら殺せ、でしたっけー? 普通は撥ねられる前に、じゃないですかー?」
「御上の人が考えてる事はよく解らんよ。私達、下々の人間は精々、御上の機嫌取って細々やってくのが合ってんのさ」
「それ、中佐の言葉じゃないと思いますぅー」
「うっさいよ。アンタもきびきび働きな! ヤム少尉!!」
「Wis,中佐殿ぉー」
ヤムと呼ばれた少女は狙撃銃を持って立ち上がり、運送用のケースらしき物にそれを手早く仕舞っていく。
ヨーラと呼ばれた女性も同様に、風に揺れるドレッドヘアーを払いのけて城壁の出口へと向かって行った。
全ての人影が消え去り、アルカーの姿も砂嵐の向こう側に消えた後。
城壁の上には二人の男の姿があった。
「悪趣味ですな」
「何故、そう思う?」
白煙を空に舞い上がらせながら、紅蓮の頭髪を砂風に晒す男はそう問いかける。
彼に問いを向けられた眼鏡の男はため息混じりに解りきった事を、と呆れる様子を見せた。
「バボック大総統はあの小娘で遊んだだけでしょう。長たる者の覚悟や信念を問うたに過ぎない」
「……小娘相手にしては些かやり過ぎな気もするが、とは言わないのだな」
「貴方がそれを言いますか。……否定はしませんがね。私としては長たる立場に立った以上、背負うべき物の重さも知るべきだ、とは思います」
「あの方は……、大総統はただ単に利用するために壊そうとしただけだぞ」
「そのような事、日常茶飯事。信念を否定されたなら笑って受け流すぐらいはすべきですな」
「手厳しい話だ」
「私は貴方のように絶対的な力を持っている訳ではありませんので、論理感に頼り、相手を貶すぐらいしか手がないのですよ。……それはそうと、そろそろ会議の時間ですが」
「……嗚呼、そうだな。向かうとしよう」
彼等は立ち上がり、降り積もった砂粒を踏みにじって歩き出す。
その後ろ姿を見る物も、彼等の声を聞く物も居ない。
だからこそ、紅蓮の頭髪を持つ男は小さく、眼鏡を掛けた男に聞こえない程の声で呟いた。
「……仲間に救われたな、スズカゼ・クレハ」
彼の呟きは砂嵐に連れ去られ、消えていく。
その言葉を聞くべき少女の姿は既になく。
ただ虚空を砂の刃が切り裂くだけだった。
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