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獣人の姫  作者: MTL2
西の大国
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日の元で思惑は渦巻き困惑は沈み行く

《D地区・軍本部・廊下》


「……くくっ」


思い出すように笑みを零した、その男。

彼は漆黒と深緑で編まれた軍服の裾を揺らしながら、懐へと両手を突っ込んだまま歩いている。

そんな彼の雰囲気は明らかに他とは逸脱した物があり、近寄りがたい物を孕んでいた。

だと言うのに、その男へと無遠慮に近付いていく人影が一つ。


「随分とご機嫌ですな」


「……ネイク少佐か」


「Wis、イーグ・フェンリー将軍。ご機嫌麗しゅう」


「気色悪い機嫌取りは止めろ。貴様はそんな柄ではないだろう」


「これは失敬。……しかし、それを言えば貴方が笑うことも珍しいように感じられますが」


「よく言う。俺は確かに四天災者だの[灼炎]だのと大層な名前で呼ばれてこそ居るが、実のところ、俺はただの人間だ」


「貴方がただの人間でしたのならば、私はただの子鹿ですな」


「……蛇の間違いだろう」


「これはお手厳しい」


彼等以外、誰も居ない廊下。

窓から厳しい日差しが差し込む中、彼等はその場を闊歩する。

イーグは革靴を地面に打ち付けながら歩き、ネイクは彼の一歩後ろに着いて歩く。

正しく軍人とその部下と言った風景だが、彼等の纏う空気は、ただの軍人とは一線を引いた物があった。


「……どう見た、あの小娘は」


「獣人の姫の事ですかな」


「そうだ」


イーグの声は、明らかに先程とは違う。

単なる戯れ言の交わし合い、世間話の類いではない。

実務のそれだ。

だからこそ、ネイクも彼と同様に声の調子を落とし、眼鏡をかけ直して眼光を唸らせる。


「……そうですね。見た目はごく普通の少女でした」


「見た目は、か」


「内臓魔力が異常です。辛うじて本体が保っているのは、何故だか解りませんが魔力を消費し続けているからでしょうな。……もし、それが無ければ内部から爆ぜるか、極度の魔力熱で死ぬでしょう」


「そうならないのは、その魔力消費があるから……、か。どうして魔力消費すると思う?」


「常に魔法石を発動させているか、その類いの魔具を身につけているか……。……常時使用の魔法を持っているのなら、それも有り得ますな。若しくは常人よりも大く魔力を消費する体質だとか」


「ふむ、常的な見解だ。……では、あの魔力はどれほどの物だと思う?」


「……それは」


「戸惑わなくて良い。言え」


「……Wis、イーグ将軍以上、かと」


「ほう?」


彼は目を細め、口端を吊り上げ、腹の底から悦に浸るような声を漏らす。

イーグ・フェンリー。[灼炎]の異名と共に四天災者の一人として数えられる程の人物だ。

彼以上の魔力となれば、それこそ高が一介の少女の身に宿るのは異質という物だろう。


「その魔力は、どれほどだ」


「いえ、アレほどの魔力は見た事がありませんし、何より常に変動しています。まるで水の流れを見て居るような……、常に一定しない物ですね」


「……なるほど。水の形を言い表せというのも無理な話か」


「申し訳ありません」


「構うな。……貴様の作った魔法石でも見えなかったのだ、仕方有るまい」


「Wis」


ネイクは眼鏡をかけ直し、再びイーグの後を追う。

彼の眼鏡には微かな光があった。

それは薄らと太陽の光を反射し、微かな光を放つ。

その光は紛う事なき[トゥルーアの宝石]のそれだった。



《D地区・軍本部・応接室》


「そ、それはつまり、アレですか? 私は大総統と将軍を勘違いした事に……?」


「……なるな」


スズカゼは口から白煙を吐き出し、かくんと肩を落とす。

彼女の前ではバボック大総統が大笑いし、ゼルが気恥ずかしそうに目元を手で押さえていた。

ファナに至ってはどうでも良いと言わんばかりに、飲み終えた紅茶の陶磁器を眺めている始末である。


「くっくっく、愉快な娘さんだ、あぁ、悪くない」


「失礼しました、バボック大総統。我が国の伯爵がとんでもない間違いをーーー……」


「何、公共の場ではないし口にだしてもいなかったのだから、別段、取り繕うような事でもなかろう。気にしなくて良い」


「ご厚意、感謝いたします」


「そんなに畏まらないでくれ、ゼル・デビット騎士団長。昔の君はそんなのじゃなかっただろう?」


「戦時中は戦時中、今は今ですよ。大総統殿」


「はははっ、それもそうだ。……さて、改めて自己紹介といこう。私はバボック・ジェイテ・ベルルーク。名誉名なんてのも入っていて長ったらしいからバボックで良い」


「す、スズカゼ・クレハです……」


「ゼル・デビットです」


「……ファナ・パールズ」


「うむ、では自己紹介も終わったし本題に入ろう」


バボックは腕を膝の上に乗せて両手を組み、その上に顎を置く。

スズカゼ達を見上げるような姿勢となった彼は、先程とは打って変わって、非常に鋭くも禍々しい視線を作り出した。

彼の視線は初老の男性の視線に在らず。

一国の、軍事国家を纏め上げる長たる眼光なり。


「スズカゼ・クレハ第三街領主。この度、私が貴女を呼びつけたのには理由がある」


ーーー……来た。

スズカゼは思わず拳を握り締めた。

そう、意味もなくバボック大総統が自分を呼びつけ、こうして自ら迎える訳がない。

サウズ王国騎士団を動員してまで、あのメイア女王が恐れていた事態。

彼の言葉一つ、自分自身の言葉一つで再び戦火の焔が巻き起こるかも知れないのだ。

迂闊には応えられない。

言葉を、慎重に選んでーーー……。


「獣人の事で相談があるのだが」


「ほへっ?」


「……ん? どうしたんだい?」


「あ、いっ、いえいえ! 何でもないです!!」


思わず変な声が出てしまった、と口を押さえるスズカゼ。

いや、彼女だけではない。

ゼルもファナも、少なからず驚愕を隠せない面持ちとなっている。

まさか、国にまで呼びつけての相談が獣人について?

誰がそんな事を予想するというのだ。


「……えーっと、相談に乗って貰えるかな? 獣人の姫よ」


バボックの視線はいつの間にか、先程と同様に柔らかい物へと戻っていた。

そんな彼の様子と頼みに困惑し、スズカゼはゼルへと救助の視線を向ける。

彼は考えるまでもなく受けとけと言わんばかりに小さく頷いていた。


「わ、私で良ければ……」


「おぉ、有り難い! 助かるよ」


ぱんっ、と両手を打ち合わせ、満面の笑みとなるバボック。

スズカゼはそれに合わせて乾いた笑みを零す事しか出来なかった。

全く、どうしてこうも、この国は自分を驚かせてくれるのだろうか、と。



読んでいただきありがとうございました

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