軍訓練場の道中にて
《C地区・軍訓練場》
「ここがC地区、軍訓練場となる」
広大な土地の中心に通る通路。
その左右には大きな平地があり、そこには何百という兵士が訓練する訓練場があった。
サウズ王国のそれとは違い、ただの平地だ。機材も何もあった物ではない。
だからこそ多くの兵士を収容できるし、何より道具はなくとも訓練は出来る。
素手での戦闘訓練や長距離ランニング、また、身体的運動は勿論のこと。
平地でも体を鍛える事に不足はないだろう。
「……凄い数だな」
「我が国は四大国家の中でも最大の軍人保有国ですから。それに準じ、戦闘力も最大級となっています」
「口に出さなくても解ってるよ」
ゼルは眉根を寄せながら不機嫌そうにそう述べる。
今の言葉が牽制の意味を持つのか、それとも嫌味なのか。
どちらにせよ、余り良い歓迎を受けてないのは確かだろう。
「デイジー、サラ。ここまで来ればもう良い。お前等は騎士団に戻れ」
「し、しかし!」
「ここは一国の内。それに、スズカゼは伯爵位も持ってる。襲えば我が国の四天災者サマとギルド、そして他二大国までもがこれ好機とばかりに、この国を潰すさ。そこまでこの国は馬鹿じゃない」
「如何にも。……さて、サウズ王国騎士団の方々は今、我が国の兵士達と合同訓練中でしてね。何分、広い場所だ。案内係の一人でも呼びましょう」
ネイクは周囲を見渡し、一人の男を見つけた。
訓練中なのか、その巨躯を持つ大男は五人ほどの兵士に囲まれている。
その五人は等しく武器を持っているのだが、大男だけは何も持っていない。
「ぬぇえええいぁああああ!」
そんな中、一人の兵士が大男へと背後から斬りかかる。
彼の表情は猛烈な物で、正しく必死とも言えるだろう。
だが、男はくるりと反転し、男の頭を容易く掴み上げる。
掴まれた男の身体はふわりと浮き上がり、その両足は空を掻く。
「お、お、お!?」
「むゥんっ!!」
大男は兵士をまるで棒きれのように振り回し、眼前の三人へと投げつけた。
凄まじい衝突音と共に、彼の眼前で一気に四人の男が気を失い、地面に沈み果てる。
五人中、一度に四人も倒された物だから、残る一人はどうする事も出来るはずはない。
「オートバーン大尉」
ネイクの呼びかけに対し、大男は残る一人の頭に拳を打ち付けてから、彼等に歩み寄ってくる。
決して本気で殴ったようには見えなかったのだが、殴られた兵士はふらふらとフラついてから四人と同じく地面へ沈み落ちる。
「如何なさった! ネイク少佐殿!!」
騒音のような大声と共に禿頭を汗にテカらせながら、その男はずしんずしんと聞こえてきそうな足取りでこちらに向かってくる。
大男とは正しく言葉通りで、身長は2メートルを軽く超すだろう。
その腕は岩のように強剛で、足に至っては脚と言うよりも最早、岩で出来た何かである。
鼻下から顎下までに掛けて蓄えられた髭は、それをどうして頭髪に回さなかったのかと言うほどに多い。
いや、そういう物なのかも知れないのだが。
「相変わらず人間騒音機ですな。……いや、今はどうでも良い。この御人方をサウズ王国騎士団との合同練習地まで案内して欲しい。場所は解りますね?」
「Wis,無論だ! では、そこの二人! 着いてくるが良い!!」
オートバーンと呼ばれたその男はデイジーとサラを率先し、ずんずんと訓練場の中心を通り抜けていく。
二人はスズカゼに一礼しつつ、彼について訓練場の雑踏の中に消えていった。
「彼はオートバーン・ビーカウン大尉。信頼できる人物ですので、ご安心を」
「……信頼?」
「この様な男所帯の、むさ苦しい訓練場です。女人との接触を禁止している訳ではありませんが、彼女達のような美しい人物だと阿呆共が手を出しかねませんので」
「……あのオートバーンとかいう男は大丈夫なのか? 流石に部下に手ェ出されて黙ってるほど、俺達は温厚じゃねぇぞ」
「無論です。……何と言いますか、彼は、その、アレですので」
「アレ?」
「男色家……、ですので。心配はありませんとも」
そう述べたネイクの表情は始めて変化を見せていた。
何処か達観した目付きから彼も被害に遭った物と思われる。
まぁ、ゼルの視線に私は逃げ切りました。何の問題もないと言っていた事から、一方的に襲われ、全力で逃げ切ったようだが。
「新兵が何人か犠牲になりましてね、えぇ。あんなのでも先頭で活躍すれば大尉というのだから、笑えないご時世です」
「……気苦労は察する、と言いたいがな。あの男は見てくれからしても相当の筋力だろう。大戦中はあんなの居たか?」
「彼は大戦中は本国防衛に努めていましたので。そうですね、もう少し頭があれば階級は私より上でしたでしょう。後、趣味も」
「趣味は関連してくるのか……」
「何にせよ、貴方ほどではありませんがね」
「戦争で片手ぶっ飛ばした馬鹿に何言ってんだ」
ゼルはため息混じりに、義手である片手を眼前へと持って行く。
嘗ての獣人暴動時に剥がれた皮膚は未だ直って居らず、機械部分が剥き出しとなっている。
その無様なまでに機械的な腕を見て、ネイクは眼鏡レンズを近付け、ふむ、と声を漏らした。
「これはこれは……。随分と珍しい腕だ」
「皮肉か! ……いや皮と肉はないけどね」
「そういう意味合いではありません。あと、ちょっと上手かったです」
「どーも。ま、この腕はそこら辺で手に入る物でも無いしな」
「えぇ、そうでしょうね。一体、幾つの魔法石を埋め込んでいるのです?」
「誰が教えるかよ!」
スズカゼは、何一つとして言葉を出す事は出来なかった。
それは先程までいがみ合っていた二人が急に仲良くなったからではない。
仲良く喋っているはずの二人が纏っている空気が、明らかに異質な物だったからだ。
まるで戦場に立っているかのように視線を凍らせ、中身のない言葉を交わし合う。
その二人の様子が、スズカゼには酷く恐ろしく見えた。
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