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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
875/876

世界の真ん中で

著、リドラ・ハードマン。

私が此所に記すのは嘗てあった戦いの後を示す記録である。

公的な資料ではなく、日記であるため多少の私見が含まれるのは勘弁して欲しい。

これを誰が読んでいるかは解らないが、それを念頭に置いた上で読み進めることを推奨する。


「…………」


ある青年は、立ったまま、本棚の前でその本を捲っていた。

埃の詰まった部屋には陽日が差し込んでいるが、彼の場所までは届かない。

薄暗く、幾千という資料が詰まった部屋で彼はそれを眺めているのだ。


「…………」


さて、あの戦いがどのような戦いであったかは、多くの書物に残っているだろうから割愛するとしよう。

諄いようだが、あくまでこれは日記だ。私が見た世界の変遷を伝えようと思う。

まず、あの戦いが終わってーーー……、利権的な意味で言えば最大の勝者はシャガル王国だ。

大戦に敗北したベルルーク、甚大な被害を受けたサウズは元より、スノウフもまたツキガミ一派を匿っていたことにより、他方面から轟々なる非難を受けた。

シャガル王国が国王、シャークはそれについて表面上は言及したが、多くを責めることはせず、それどころか各国への支援を惜しまなかったそうだ。

個人的な交友がある点では、モミジ氏とツバメ、デッド・アウトの尽力も彼のその決断を大きく後押ししたと見える。

ーーー……あの戦いから数年は世界各地でシャガルの紋章を背に負った復興隊が散見できたものだ。

その際に指揮隊長として二人の獣人が先頭に立っていたのもまた、有名だろう。

尤も、その背後では車椅子の老父がよくがなり立てていた、という意味でだが。


「…………」


青年は、一枚の項を捲る。

さて、シャガルについて述べるのはこの辺りだろう。昨今も豊富な資源から豊かな国力を誇り、近国トレアと同盟を結ぶあの大国ならば他の資料を拝見することを奨める。

して、次はベルルークだが、この国に関しては大戦の敗北者と戦いの切り口になったという点から、スノウフよりも遙かに非難を浴びた。

尤も、その国に帰り着いたベルルーク軍元大佐であるロクドウ・ラガンノット大総統の手腕により、それ等の意見は面白いほどに封殺されたのだが。

これぞ[封殺の狂鬼]だと自信満々に公の面前で言い放ったときには、補佐官であるエイラ氏の頬張りが凄まじい音を放ったという。

そんな訳で近年、再び国力を増加させているベルルークだが、軍事力に力を入れつつも運びは慎重なようだ。

嘗てのように大総統地位の独裁的な戦争が勃発する可能性は低いだろう。

そして付け加えるならばあの戦いの終盤に起こった精霊召喚だがーーー……、これについては何も記すべきではない。少なくとも、あの精霊達は一時限りの胡蝶の夢だった、ということだ。


「……ふむ」


少しだけ唸り、青年は指先を紙端に添える。

そして次はスノウフだが、この国に関して述べるに辺り、少し四天災者とある男についてを注釈しておこう。

彼等、四天災者はあの戦いで[全能者]にして[全属性掌握者]ハリストス・イコンと異界で激闘を繰り広げていた。

しかしその戦況は圧倒的だったらしく、我々の戦いが終わって数日頃にひょっこりと帰って来た。

ーーー……だが、彼等は皆口を揃えてハリストスには逃げられた、と言った。と言うよりは逃がした、と述べるべきだろうが。

彼等からすれば己等を殺せるだけの領域に到る存在が珍しいのだ。それに、神の欠片を喰らったハリストスは絶好の好敵手なのだろう。

尤も、ハリストス・イコンが再び何か動乱を起こさない確証はないし、彼等の行いが正しいものであったとも言い切れない。

とは言え、四天災者達が無事であったのも、私個人としては安堵の息が出るが、世界情勢としては戦々恐々たるものであったはずだ。


「……フフッ」


微かに、微笑んで。次の項目。

注釈はこの辺りにしておいて、いや、ベルルークの件について付け足すが、四天災者[灼炎]ことイーグ・フェンリー元将軍は帰国するなり軍を脱退。

ベルルークで何をするでもなく数年を過ごした後、ふらりと何処かへ消えたそうだ。

その後は世界各地で小競り合いが起こる度に灼炎の猟犬が目撃されるそうだがーーー……、つまりはそういう事なのかも知れない。


「うわっ……」


で、漸くスノウフの話だ。

スノウフに関しては、特に述べることはない。

四天災者[断罪]ダーテン・クロイツが帰国し、今までの件を謝罪。

それまでの罪を滅ぼすかのように国の復興や、慈善事業に尽力してるそうだ。

皆の笑顔が見たいから、という理由は彼らしいと言えるだろう。

嘗てはサウズへ親善大使として訪れていたピクノ・キッカーも、彼と共に様々な人を助け、皆を笑顔にしているらしい。

彼等には各国からの非難に挫けず、頑張って欲しいものだ。


「…………」


一枚捲って、次。

そして、サウズ王国。

著者である私も属すこの国について述べるとするならば、変革だ。

あの戦いで、最も被害を受けたと言えるこの国は意気を休める暇もなく国力の回復を迫られた。

結果としてギルドなる組織に属していた者達の移民を受け入れたり、周辺諸国との同盟ーーー……、クグルフやシルカードが主な国として挙げられるが、そういった変革が行われたのだ。

この辺りであれば歴史書にもっと詳細な情報があるだろう。

ただ、私がこの日記に記しておきたいのは現女王について、である。

現女王、四天災者[魔創]メイアウス・サウズ・ベルフィゼリア。

当初、彼女は一度国を餌に使った自分に再び王座に就く権利はないと断固拒否の視線を見せていたが、これに当時の国王であったナーゾル現大臣が猛反発。

数週間耳元で大声を荒げながら説得を続け、漸く自身の地位を彼女に譲れたらしい。

後々、彼の名前は四天災者に唯一勝利した男として新聞の一面を飾ることになったことを追記しておこう。

もう一つ追記するのであれば、その際に著者である私も大いに協力したことを述べておく。危うく国王の話がこちらにまで回ってきそうだったのだ。それぐらいは赦して欲しい。


「……!」


紙を捲る青年の指が、微かに止まる。

その端に記された名前を、瞳に映したから。


「…………」


さて、ここまで述べてきたのは、あくまで前置きといって良い。

此所からは本当に私の日記だ。私が知る者達の、その後だ。

まずゼル宅に務めていたメイドだがーーー……、彼女は今、王城にてメイド長をしている。何が間違ってこうなったのかと本人もよく解っていないそうだ。

尤も、週に一度はあの場所に戻って、復建された家の手入れをしているようだが。


「……メイドさん、か」


次に、デイジー・シャルダ。

彼女は戦いで失った片腕を、移民である技師ケヒト・ディアンとその他幾人かの協力を仰ぎ、義手で補っている。

皮肉というか運命というか。そんな風に義手で頭を掻く仕草は、私の友人に似ていた。

騎士団長という彼女の地位も考えれば敢えて皮肉だ、と私は言いたい。


「デイジーさん……」


そして、ジェイド・ネイガー。

彼は今も獣人達と共に日々を過ごしている。

当初は彼を騎士団にという声もあったそうだが、本人の要望で要職に就かせることはしなかった。

一度はツキガミの力によって蘇り、戦地に舞い戻った彼だ。思う所は、あるのだろう。

尤も、彼と私は今でも交友関係があり、時折資料の整理や書物の情報収集を手伝って貰っている。


「……ジェイドさん」


ファナ・パールズ。

戦いの時より成長し、身長も伸びた彼女は本日も王城守護部隊隊長の責務に励んでいる。

あの男と違って人には愛想を振りまかないし常に仏頂面だが、獣人に対する反応は大分変わってきたように思う。

彼女も彼女なりに、何かを見つけて歩もうとしているのだろう。私もその背中を押すことに協力を惜しむつもりはない。


「ファナさん」


メタル。

四天災者[斬滅]であった彼について、その、何を述べれば良いかは定かではない。

今でもあの男が[斬滅]であるとは信じられないし、戦いが終わった数週間後にはまた浮浪者に戻っていたあの男が[斬滅]だとは信じたくもない。

とは言え、彼もまた世界を救った戦人であるのは間違いないし、何か敬意を持っても良い、とは思うのだがそれでもやはり抵抗はある。

それはそうと、メタルについてだが、彼はサウズが復興らしい復興を遂げると、そのままふらりと姿を消した。

時折この国に戻ってきてはいるようだが、その度に飯か金をメイアウス女王にせびっているようだ。

何度も何度も王城を復興せねばならない建築屋が少し気の毒である。

まぁ、良くも悪くもあの男は変わらない、ということだろう。


「……何やってんだ、あの人」


して、私自身ーーー……、リドラ・ハードマン。

日記というのは自分のことを書くものだが、如何せんこういうのは苦手だ。

どうにも報告書だの解析書臭くなっていけない。いや、こんな事を記している時点でアレだが。

さて、私自身はと言えば地位が伯爵となり、そこそこの権限と土地を手に入れた。

いや、土地というよりは墓地と邸宅だが、別にこれには不満はない。

尤も、今日び尽きない仕事に関してだけは少しだけ不満を漏らしたい。この本も一種の現実逃避だ。


「何やってんだか……、リドラさん」


そして、最後に。

スズカゼ・クレハに関して記そうと思う。


「…………」


青年の眼に、またその名前が留まる。

彼は何かを考え込むかのように指先を迷わせ、やがてその紙端へ手を掛けた。

その名が記された、先へーーー……。


「此所に居たのか、フェネクス」


「ぬぅおわっ!?」


背後より急に声を掛けられた青年は、驚きの余り本を落としてしまった。

落下の衝撃で舞い上がった埃に噎せ返りながらも、彼はどうにかその本を持ち上げて本棚の端へ置き、換気のために窓を開く。

彼に声を掛けた、初老だと言うのに老人並に背を曲げた男性は、新聞片手に埃を払いつつ、そんな様子に呆れて今一度大きなため息をついた。


「……大事に扱えと言ったはずだが」


「い、いやホントすいませんッス。吃驚して……」


「まぁ、良い。下で珈琲でも飲もう。安物だが」


「偶には高いものでも飲みましょうよ。親父とお袋も心配してましたよ?」


「彼等が心配するのは私に払ってる講師代だろうが」


ぽこん、と青年の頭が新聞で叩かれる。

肩をすくめながら謝る彼だが、その新聞の文面を見て、少しだけ頬を緩ませた。

極東の女盗賊団、謎の壊滅かーーー……。そんな文面を、見て。


「何を笑っている」


「い、いやいや! 何でもないッスよ!! 俺だってラテと約束あるし、早く帰りた……」


彼はもう一度新聞で叩かれながら、いてっと声を零した。

やがて彼等は部屋の扉を閉めて、下階へと降りていく。

その部屋に残されたのは、暖かな陽日を受ける本と、開け放たれた窓のみ。

ーーー……ふと、風が吹き、その本を捲り上げる。彼が読もうとしていた、その項目へ。

スズカゼ・クレハ。全ての渦中に居た、彼女の項目へ。


スズカゼ・クレハ。

彼女について述べることは、学術的にも事後的にも多くある。

しかし、それ等は敢えて省くとしよう。その身に刻まれた崩壊の刻印が止まっているのが、何よりの証拠だ。

さて、彼女だがーーー……、彼女は今現在、行方不明となっている。

いや、この書物を記している時も、記し終えた時も、そのままだろう。

これはメイアウス女王の判断であり、私も賛同したことだ。

一度は神の領域まで到った彼女だ。その身には、残香ほどではあるが、神の力が残っている。

それは再びあの戦いのような悲劇を生み出すかも知れない。若しくは、さらに悲惨な事件を起こすかも知れない。

必要なのは抹消だ、と。それが結論だった。

故に、彼女には国外追放の命が与えられたのだ。その力を消すまで戻ってくるな、と。そういう命令が。

結果、彼女は[森の魔女]と呼ばれた、ツキガミ封印の功労者、イトー・ヘキセ・ツバキと共に世界各地を、安定の地もなく、終わりを求めて旅をしているのである。


そんな彼女だがーーー……、あの戦いが終わって望んだのは、たった二つだった。

一つ、獣人達に対する意識の改革。あの戦いでは人も獣もなく、誰も彼もが同じ思いを抱いたのだから、と。彼女はそう述べた。

これに関しては反論異論あれど、きっと後世には充分に改革されるだろう。一度は世界が変わったのだ。もう一度変わることなど、訳はない。

そして、二つ目。これは余りにささやかで、それでいて異様ではあったが、誰も反対する者は居なかった。

あの戦いで死した者達の慰霊碑ーーー……。我が友や多くの戦人達。そして、天霊達のものを共に纏めたものである。

この慰霊碑が何処にあるのかを知っているのはごく僅かな者達だけだ。

私やジェイドも時折訪れるが、その度に添えられた花が尽きることはない。

その場所を知る者達が抱く感情は、同じだということだろう。


「ぎゃぁあああああああああああああああ!!! 俺のマシューがぁああああああああ!!!」


「うるせぇ! さっさと戻って来ないのが悪い!! あー、マシュー美味ぇなァ!! ホンマこれがあってナンボやわ!!」


下階から響き渡る、絶叫のような悲鳴。

そしてそれに続く喧騒音と、男性の疲れ果てたため息。

やがてそれは表に出ろだとか上等じゃ神様に喧嘩売ってのがどういうことか、だとか。

そんな莫迦みたいな口喧嘩に発展するのだが、兎も角。

世界さえもそれにため息をつくように、その項目が微風によって捲られた。


追記。

記し忘れてしまったが、スズカゼ・クレハへの規定だが、それはあくまで表への言い訳であり。

彼女は少なくとも一年に一度はサウズに戻り、馬鹿騒ぎを繰り広げている。

いや、サウズだけではなく世界各地で何が何でもと騒ぎを起こしては自ら突っ込みに行っているようだ。

それに巻き込まれる方は果てしない迷惑だが、まぁ、慣れてしまった自分が居るように思う。

ただーーー……、そんな日々が、彼等の望み、願った日々が今ここにあるということ。

私はそれをとても嬉しく思うし、託された意志を叶えられたことを誇りに思う。

これまでも、そして、これからもーーー……。


その書物はそんな風に締め括られていた。

と、言うよりは途切れていた。今もなお、書き続けられているその書物は。


これからも、物語は続く。

この世界を選んだ彼女の物語も、これから紡がれていく物語も。

永戦に信念と決意を貫き通し、受け継がれた意志を成した弱者達の物語も。

それ等全ての真ん中で、この世界の真ん中で道を創り、走っていく彼女の物語も。

これからーーー……、ずっと、続いていくのだろう。




今まで読んでいただき、ありがとうございました

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