決着
幾千の、時を超えた。
{……あぁ}
幾億の、魂を見た。
{そうか}
そして、その度に思う。
幾千と思い、幾億と想う。
人はこんなにも弱く、脆く、そして。
強く真っ直ぐなのか----……、と。
{……来るのだな}
世界を揺るがす咆吼と共に皆が疾駆する。
幾十の者共が。その瞳に灯火を点し、信念を貫く者達が。
{ならば応えよう}
神は大地に神槍を突き立て、両拳を打ち鳴らす。
共に疾駆し、軍勢へと拳を構える、が。
その眼前に立ちはだかったのは奇異なる仮面の者。鬼面族の、戦士だった。
{鬼面族かッ!!}
「鬼面族が一、アギト。参る」
拳撃、一閃。
光速すら超えた万物の崩拳。その身に喰らえば、刹那として持たぬだろう。
然れどアギトは受けることも避けることもしない。
ただ、往なす。全ての総力を持って、その一撃を。
「流転せよォッッ!!」
神の世界が、反転した。
積み上げてきた技術の一。奇異なる仮面より放たれし眼光の成す、一閃。
{ぬッ……!}
だが、だ。
神は即座に両脚を大地へ突き立て、衣を翻しつつも再び一閃を放つ。
往なしを受けた上で、その衝撃全てを己の身に受け持ったのだ。
例え己の一撃が与えるはずだった衝撃をその身に受けようとも、未だ止まらず。
「任せろ」
彼の眼前に躍り出たのはニルヴァーだった。
幾千の結界を展開した上で全力を込めた腹部へ神の拳を招いたのである。
だが、紫透明は空虚が如く砕け散り、拳撃は臓腑を穿った。
穿ったが、依然、男の眼光は衰えず。
{鬼面族の末裔と我が一族……!}
「因果に、決着を付けに来たぞ」
刹那、ニルヴァーの背後より神の眼を穿つ銃声が鳴り響く。
その頭蓋は跳ね飛び、鮮血が散った、に思われた。
然れど神は依然として君臨している。その眼球の寸前で、銃弾を停止させて。
{力が通じぬ者達ならば}
そして、その銃弾が神の眼から剥がれるように、大地へ墜ちたとき。
巨神はーーー……、現れる。神と等しき天輪をその背に負った、一星さえも掌握するほどの、巨神は。
{さらなる力で、押し潰すのみだ}
天掌は大気の層を突き破り、大地さえも激震させる豪掌を撃つ。
重圧は即ち風圧。大気の乱嵐は暴風という刃で彼等の四肢を切り裂き、視界さえも奪う。
最早その一撃は彼等だけではない。その場に居る者達へ到るものであった、が。
{破砕の腕ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!}
{崩脚撃ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!}
破槌の拳撃と脚撃が、掌を弾き返す。
その衝撃は巨神の体躯さえも揺らがし、腕先より崩壊させる程に。
ベルルークが誇る破壊者達の一撃は、依然揺るが無く。
{まだだよッ! 征きな!!}
直後、神の双側より迫る二つの影。
直感的に神はニルヴァーより拳を引き抜き、双方より放たれる脚撃を弾く。
右腕は己の故知肉がみしりと音を立てるほどの衝撃であったが、左は軽い。
否、軽過ぎる。
{風駆・百式}
刹那、その腕から感触が消え去った。
いいや、違う。感触は残っている。鋭い、刃で削られたかのような痛みが。
そしてそれを追随するが如き脚撃と銃撃の嵐が、神の衣を幾万と撃ち抜いていく。
{だが、足りぬぞ!!}
神の左腕が、ネイクの首根を掌握する。
姿さえ残さぬ光速の先へ到った男を、神は認識した上で掌握したのだ。
そしてその指先に力を込め、華奢な随骨を。
{彼から、意識を逸らしましたね?}
神の首随に撃ち込まれる、銃弾。
最も意識が逸れやすく、然れど神が防げぬはずもない一撃。
故に、逸らす。幾億と織り束ねられた予測より、その一手を外す。
{う、おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!}
全体重を乗せた、右側よりの脚撃。
己の脚がもげようとも構わない。その男による脚撃は、神の脚を浮かせ。
{お、ぉぉああああああああああああアアアアアアアッッッ!!!}
その身代を弾き飛ばす。
{む、ゥッ…………!}
空閃を舞えども、神は即座に体勢を立て直し、粉塵を巻き上げて大地へ降り立った。
然れどその先に待ち構えるは、銃口。幾千幾万という、サウズ、ベルルーク、スノウフ、シャガルより構えられし、銃口。
「放てェエエエエエエエエエエエエエッッッッ!!!」
一発は、神に到りもしない。
然れどそれは幾千、幾万、幾億と。
たった一人ではその身に近付けるはずもない者達の銃撃。
この世に生きとし生ける者達の、意志。
{洒落臭い……!}
だが、必然と述べるべきか、銃弾は神の一指によって全て弾き飛ばされた。
兵達も皆、嵐に巻き込まれた道草のように散り散りと吹き飛ばされていく。
だが、諦めない。例えその身が大地に打ち付けられて骨が砕けようと、肉が拉げようと。
諦めない。彼等の眼にある意志は、何かを護る為に、貫き通す為にある意志は。
「諦めるなぁあああああああああああッ!!」
誰かが叫んだ。サウズの騎士か、ベルルークの兵士か、スノウフの聖堂騎士か、シャガルの兵かは解らない。
だが、その声に鼓舞され、皆が立ち上がる。皆が、武器を構える。
{……だが、その意気や良しッ!!}
強者には、全力を。
無を纏いし神の拳撃は魔力を収束し、崩壊の一撃を産む。
然れど依然兵士達は引かず、恐れず、眼前を。
{なれば、応えよう}
空より突き落とされる、幾十の白銀の巨柱。
否、そうではない。それは柱ではない。
腕だ。一回りで山一つを潰そうかという巨大な、腕。
{圧殺せよ!!}
その言葉と共に、幾十の腕が兵士達に襲い掛かった。
薙ぎ払い、押し潰し、握り躙る為に。蟲螻を払わんばかりに、ただ。
「させませんよ」
その腕を束縛せしは蛇が如く幾万の鎖と、老骨に等しき大樹の根。
[邪鎖の貴公子]ウェーン・ハンシェルと[邪木の種]スー・トラスによる束縛だった。
そしてそれは同時に足場でもある。彼女の疾駆すべき、足場。
「ツキガミ」
白炎が舞い、冷徹な眼が焔を灯し。
その双掌に魔力を収束させた彼女は、疾駆する。
最大の魔力を収束し、照準を定め。
四肢が悲鳴を上げる。骨肉が絶叫を吐露する。それでも。
その意志が、その程度で揺るぐはずもない。
「貴様の懐にあるものを、還して貰う」
天に収束される、巨大な白き焔の球体。
最早、天陽に等しき収束は周囲の光を喰らい、全てに影を赦さぬ程に。
ただ、無限の耀きとなりて。
「あの男の、残したものだ」
ファナ・パールズ。
彼女の最大の一撃が、神へと放たれた。
{来るかァッ!!}
神は直ぐ様に踵を翻し、その炯眼を激突させた。
天より迫る灼熱の暴力。蒼を破砕し白で躙るほどの、砲撃。
然れどツキガミは両脚を大地へ突き立て、大きく双腕を広げ上げた。
真正面から、受け止める。衝撃が大地を破槌し、全てを燃殺する一撃を。
{ぐ、む…………ッ!!}
片足が、大地へ沈む。
重圧が、その膝を曲げる。
{ぬ、ゥ……!}
その躯が折れることや、無し。
{……かァッ!!}
砲撃を、掌砕し。
神は燼化しかけた両腕を、彼等に刻まれた傷を刹那に再誕させる。
再び、無傷。依然としてその身が魂の果てを見せることはない。
そして、故に。彼等を強者と認めたが故に、彼は。
{……創焉なれ}
創造と破壊の、輪廻。
{我が魂よォオッッ!!}
原初と終焉は廻る。一つの輪として、歪ながらも。
そして、それは万物に存在するのだ。雨や風、生物や数式、魂にも存在する。
例えそれがーーー……、魔力であろうとも。
「これはっ……!?」
それを最初に感じたのは、時間停止を妨害するクロセールだった。
縛れない。空虚に、一つの空間を切り取ったかのように。
ツキガミの存在そのものが、自身の魔力領域から消えている。
「まさか……」
それに気付いた瞬間、幾人もが眼を見開いた。
全てから逸脱している。この鬱蒼とするほどの魔力に染められた空間から。
その次元さえも隔絶するほどに、その者は、乖離していた。
魔力という次元からーーー……、隔離していたのだ。
「ッ……!」
ウェーンは邪鎖を放ち、ツキガミへと一撃を与え、られない。
スーの樹木も、ネイクの銃弾も、ファナの魔術大砲でさえ。
全てに異常な速度で反応し、神はそれ等を触れることもなく破壊していった。
吸収や消滅ではない。その空間に、神以外の魔力が存在することを赦されない。
故に、破壊。創造の裏であり、創造そのもの。吸収や消滅の起源なるもの。
「が……!」
如何なる攻撃も、通じない。
その攻撃に魔力という次元が存在する限り、神へは。
否、その者が魔力を纏う以上ーーー……、存在さえも全て感知される故に。
攻撃など、通じるはずがない。
「それが、どうしたというのだ」
天より影、一つ。
その身を遙か上空より振り落とし、隻腕にて一閃の刃を。
{ッ!}
ツキガミは即座に腕を攻撃ではなく防御に回す。
衝撃は幾千の火花を散らせ、金属の鉄華を弾いた。
それは神の指先さえ切れぬ、脆き一撃だった。然れど、確かな、その随に響く一撃。
「私達は諦めない。例え相手が神であろうと……、護るべき意志があるからだ!!」
咆吼、そして、連撃。
彼女、デイジー・シャルダの慟哭を纏いし刃は決して神に届きはしない。
然れどその気迫は、その信念は。何者よりも堅く、鋭く、強く。
神が依然その双拳にて弾き返さねばならぬように。
「弱者故にッッ!!!」
亀裂が峰に到り、刃が粉砕される。
柄までもが脆く、砂塵のように。
全てがーーー……、折れ砕けて。
「その体は、その眼は」
然れど、まだ。
「あの人のものだッ!」
ーーー……頭突き。
神の眉間に、全力で頭蓋を振り落とす。
傷口が開くように鮮血が散り荒び、彼女の口腔から泥のような塊が吐き出された。
それでも未だ眼光は衰えず。刃砕け散れど、その意志砕け散ることなく。
「よく吼えたァッ!!」
剛脚、大地に突き刺さり。
白煙舞わせる老体と、奇異なる面纏いし巨体が降り立った。
スモークとラウディアン。轟々と逞しき豪腕を有す者達。
「合わせろ鬼面族ッ!!」
「……ッ!!」
スモークの豪腕と、ラウディアンの豪腕。
聲無き咆吼が大地を揺るがし、交差する彼等の衝撃は神さえも穿つ。
彼等による、双腕交差によって。
{ご、ぐっ……!}
一瞬、喉を潰された。
それも即座に再誕するだろう、彼によってデイジー達は払われるだろう。
この絶対的な状態で、誰もが魔力を使うことを赦されぬ状態で。
いったい、誰が神を傷付けられようか。
{……貴様しか、居るまいな}
疾駆し、雲を超え、天を躙り。
紅蓮の刃が閃光を刻む。世界より、陽光さえも超えて。
猛り狂うが如き咆吼と共に、龍に跨がりて。
{ツキガミィイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ!!!}
天より、刹那。
業火が龍牙より吐き出され、神の世界を紅色に染める。
刹那、刹那、刹那。彼女が天より滑空、否、墜落してくる刹那。
その焔を裂く者共が現れる、刹那。
「超過機動……!!」
「乖離の鎌ァッ!!」
オクスによる、渾身の拳撃。
フーによる、絶速の鎌撃。
{むゥッ……!}
魔力を纏わずとも、それは刹那の中で神の両腕を止めるには充分だった。
然れど感知。神は彼女達による攻撃を事前に察知し、受けたのだ。
故に刹那だ。この一瞬のみしか、抑えることは出来ない。
「ッ!」
「ぐ……!」
刹那なのだ。依然として、刹那。神の眼光はそれでも未だ天を刺す。
一瞬にも満たぬ、刹那だ。次の呼吸を行った瞬間、天より彼女が剣閃を揮おう。
己の両腕に纏わり付く者を払い、一撃を撃ち込もう。
「させると、思うか」
故に、今。この刹那にこそ、その者は。
[闇月]ーーー……、黒き、黄金の隻眼を持つ獣は。
{ーーー……ッ!!}
ツキガミの衣が斬られ、腹肉が、裂け。
その紅閃は臓腑さえも斬り裂き、紅蓮を、超える。
神を、殺す。
「……な」
隻眼が捕らえたのは、確かにその姿だった。
紅蓮の最中、己の骨肉が両断されようと依然、天へ視線を向ける、その姿。
全ての意識を、ただ天へ。それ以外の全てを捨て去り、意にも留めぬ、その姿。
{この程度で……、逸らすものか}
紅蓮を突き破り、龍と共に彼女が墜ちて来る。
神の眼光と炯眼を衝突させ、墜ちて来る。互いに逸らすことなく、墜ちて来る。
繰り返す。それは刹那だった。一瞬にも満たぬ、刹那だった。
決着を別けたのは他ならぬ意志。スズカゼのものではなく、神の意志。
例え己の体躯が両断されようと眼を逸らさなかった、神の意志。
{決着だ}
ツキガミと彼女の狭間に、それは転移する。
彼が、大地へ突き刺した神槍。無を収束されし、一刃。
彼女の全てを喰らう。創造と破壊の輪廻を纏う、槍。
{ーーー……ぁ}
それはスズカゼの臓腑を穿ち、背へと貫かれた。
刹那に回避出来るはずもなく。彼女は、転移してきた槍に、自身から突っ込んだのだ。
故に、決着。全ての無が、彼女を飲み込んでいく。
彼女をーーー……。
{……私は}
嗤っていた。
{紅骸の姫じゃない}
己の腹を貫く神槍を、己を喰らう神槍を引き抜こうともせず。
{災禍の姫でもない}
否、それどころか逃がさないと言わんばかりに、それを掌握し。
{獣人の、姫だッ……!!}
神の眼を眼前とし、嗤っていた。
{……私は、人と獣の架け橋となり、支柱になる}
轟々と、焔が猛る。
{……まさか}
何故、彼女は突貫してきた。何故、彼女は龍に跨がってきた。
突貫すれば無事で済まないのは解っていたはずだ。
龍に跨がり、天へ飛空すれば的になるのは解っていたはずだ。
だと言うのに何故だ。否、彼女だけではない。
何故、彼等は皆が皆、己に刃を向けてきた。やるならば、彼女の突貫を援護すれば良いのに。
何故? この魔力探知にさえ引っ掛からず、何故ーーー……。
{彼等の進むべき道の礎になるッッッ!!!}
白衣を、焔に燃やし。
その男の拳は、異貌にして混沌の宝石を纏い。
神の頬を、穿つ。
「託されたぞ、意志」
{託しましたよ、意志}
拳撃、一発。
神の頬を穿つは他でもない、リドラ・ハードマンだった。
己の親友の意志をその身に宿した、充分な魔力さえ持たぬ、弱者だった。
{……がッ}
神の懐が閃光を放ち、深淵の闇を放つ。
呼応しているのだ。リドラの拳に纏われし接続種と、彼が奪いし接続種が。
神をも殺すーーー……、毒が。
「今よッ!!」
華奢な聲が叫びを上げた瞬間、兵士達によって空高く紅色の煙が放たれた。
それを眼に映した瞬間、遙か南国にて、その王は肺胞限界まで息を吸い。
全力でーーー……、咆吼する。
「発動しろォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!」
世界に刻まれる五つの刻印。
イトー・ヘキセ・ツバキが永劫の時を掛け、創り出した結界。
ツキガミという神を封印するための、結界。
ギルド残党や、各地に潜んでいたシャガル兵士達が発動した、結界だった。
{ぐ、が、ぁああああッ……!!}
結界は収束し、神の紋章を漆黒に染めていく。
深淵は彼の体を躙り喰らい、万天の起源さえも封じていく。
創造と破壊さえも、全ては蝕まれ、その結界の中に。
{…………ぐ、が}
だが、それはツキガミだけではない。
彼の半身を取り込んだスズカゼもまた、結界の影響を受けていた。
魔力が枯れてく。否、消失していく。
その身を形成するはずの骨肉が抉り喰らわれるようだ。生命が、枯れ果てていくようだ。
いやーーー……、事実そうなのだろう。
こうなる事は、知っていたはずだ。
{……はっ}
スズカゼの脳裏に過ぎっていくのは、幾つもの想い出。
この世界に降り立ってから、様々な人に出会った。
彼等は皆、生きていて。必死に何かと戦っていて。
自分の望む願いを貫き通していた。ただ、彼等の信念と決意を。
その意志をーーー……、願っていた。
{似合いません、かねっ……}
恐ろしいほどの、静寂だった。
絶苦に悶える中で、何も見えはしない。
どれだけの時間が経ったのか、どれだけの刹那を超えたのか。
解るはずも、ない。
{……人は}
そんな苦しみの中で、その聲は聞こえてきた。
この静寂の中だからこそ、なのかも知れない。
彼の聲が今までになくーーー……、鮮明に。
{強いのだな}
スズカゼは、己の胸元を潰すように抑えて、立ち上がる。
汗が頬を伝うが、その感触はない。己の腹に開いた風穴も、塞がる様子はない。
血が流れているのか、骨が折れているのか、肉が潰れているのか。
それさえもーーー……、解らない。
{……嗚呼}
神が、己の手元に神槍を転移させた。
最早彼を束縛する者は居ない。この紅蓮の最中に居るのは、自分達だけだ。
ジェイドも、リドラも。ファナやデイジー、他の者達だって。
皆、ただその様を見守っている。そうすべきだと、知っているから。
{美しい}
ツキガミが、歩む。
スズカゼが、立ち上がる。
彼等に残されたのは脆く崩れ逝く躯。そして、たった一つの刃。
刹那は未だ、其所にある。彼等の境界に、ある。
{……ハッ}
スズカゼは今一度笑い声を零し、真焔の太刀を構えた。
ツキガミもそれに応えるが如く槍を構え、大きく半身を前へ突き出した。
刹那、刹那、刹那。それは、永劫。
然れどーーー……、決着は一瞬。
{ツキガミィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ!!!}
{スズカゼェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッ!!!}
疾駆。
剣閃ーーー……、刹那。
交差、し。
{……チッ}
{…………}
互いを、刺し貫いていた。
「スズっ……!」
駆け出そうとしたイトーを、リドラが制止した。
ジェイドもまた、その様を隻眼で眺め、見詰める。
共に刃を刺し貫き、崩れて逝くその者達を。
{……終わり、ですかね}
スズカゼは亀裂の奔っていく指先を見下ろしていた。
自身の躯が、覆われていく。死ではなく、消滅。
その身代に余る力を望み、執念に全てを費やしたが故の、結末。
対価ーーー……。刹那を夢見た、故の。
{馬鹿言え}
彼女の尻が、蹴り上げられて。
その体は簡単に弾かれ、彼女は蹌踉けて顔面から大地へ突っ伏した。
ツキガミは、いや、彼はそんな彼女から神槍を引き抜いて、その先端に突き刺さった欠片を掌へと収めた。
握り締めるように、それを誰にも持たせないように。
{お前はもうちょいこっちで莫迦やってりゃ良いんだよ}
欠片を握った腕から、凄まじい速度で亀裂が奔っていく。
然れどそれに叛するように、スズカゼの躯を奔っていた亀裂の進行は止まっていた。
いいや、違う。亀裂を奔らせるもの自体が、消えていた。
{……元気でやれよ}
彼女は、聲にならない叫び声を響かせる。
必死に伸ばした腕が、その背中へーーー……。
{じゃあな}
届くことは、なかった。
ただ、全ての追憶だけが。
その場にーーー……、残されて。
「……何が」
静かに、頬を涙が伝っていく。
「じゃあな、ですか……!」
静寂は世界に拡がり、喧騒は嘘のように消え去って。
ただ太陽の輝きだけがーーー……、世界を照らしていた。
「……大丈夫かな、スズカゼは」
彼等を、遙か彼方の天限。次空の亀裂に腰掛け、眺める一人の男。
全身を鮮血に染め引き破かれた衣類を擦りながら、彼は、彼等は彼女を眺めていた。
「大丈夫でしょう。あの子は、そんなに弱くないわよ」
「だけどよぉ」
「心配性が過ぎる。俺の片腕を切り落とした奴等だ。何を案ずることがある」
そんな中、一人の男が次空の割れ目から世界へ脚を掛けた。
蒼々と拡がる、陽光放つ天の風が彼の頬を吹き抜ける。
新たな息吹。世界へーーー……、始まりを告げるように。
「彼等なら、また歩んでいけるよ」
僕だって歩めたんだから、と。
一人の獣人がそう述べると共に、彼もまた世界へ脚を掛ける。
彼等の眼下に広がるのは、今は悲しみに打ち拉がれた者達。
然れど彼等は立ち上がるだろう。その心に意志ある限り。
この世界に彼等が生き、彼等の魂が物語を紡ぐ限り。
「……私達も、征きましょう」
祝砲は挙げられないけど、言葉だけなら掛けられる。
彼女の言葉に頷く者は居ない。然れど、否定する者も居ない。
誰も彼もが何かを述べることもなく、空を見上げるだけ。これからも続く、世界をーーー……。
「強い、か」
男はそう述べると、次空の裂け目に吹き抜ける風を受ける。
戦いは終わった。幾人もの犠牲を出して、幾人もの意志を受け継いで。
願わくば、そう、それは難しい願いだろうけれど。
それでも、願わくばーーー……。
この戦いがこれからも続いていく世界に、意志を与えんことを。
読んでいただきありがとうございました




