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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
873/876

どうしようもなく莫迦な者達へ

最早、その男について述べることはない。

誰よりも国を想い、仲間を信じ、強き意志を持っていた男。

敵対していた頃こそあったがーーー……、自分はあの男を信頼していたし、一種の仲間意識というものもあった。

別に、戦場の常を理解していない訳ではない。誰かを殺して来た自分達なのだから、死ぬ時は呆気なく死ぬ。

現に自分はそうだったし、彼もそうだったはずだ。

だがしかし、何故だろうか。

眼前で、その男の顔でーーー……、彼女と対峙していることが、果てしなく気に食わない。


「奇妙な縁だ」


ジェイド・ネイガーの精神は恐ろしいほどに、それこそ水湖の水面ではなく、深海の底のように澄み渡っていた。

自身では到底役に立つはずもない、それどころか足手纏いになるはずの神域の戦いで。

彼の一閃は確実に神を裂いていた。しかし己には閃光一擲さえ届かせず。

それこそ、全盛期など遙かに超えたほどの、隻眼の月光を持って。


「私と貴様を繋いだのは姫だった」


闇は残影すら残さず神の死角を疾駆する。

最早、彼の姿は線に近かった。音も光も彼を捕らえることは出来ない。

否ーーー……、闇に光などあるはずがない。

剣閃という、月光以外は。


「あの時、貴様と激突した時……、姫は気絶してハドリーに抱えられていた」


ツキガミの周囲が停止し、ジェイドの空間が縫い付けられる。

然れど彼は縫い付けられるよりも前に刀剣を餌とし、その加速のまま神の顎先を蹴り上げた。

吐き出される鮮血と、緩まぬ眼光。そして、闇夜の月は刹那にして雲へと隠れ。


「だが今は……、こうして彼女と共に、貴様と戦っている」


雲を払うは、紅蓮。

スズカゼは刹那に逸れた神の意志を見逃さなかった。

その一撃は神の両脚を吹っ飛ばし、体勢を崩した彼の顔面へ巨大な爆炎を撃ち放ったのだ。


「奇妙な、縁だ」


空間束縛の解けた瞬間、月は再び光を放つ。

刹那にして幾百の線を結ぶ紅色の光。神の衣さえ切り裂く、紅蓮の刃。


「故に想う」


月光、縦絶、一閃。

神を両断せし一撃は、斬炎を纏い。

ただーーー……、その骨肉を灼き尽くす。


「貴様なぞが、その姿を語るな」


一歩、二歩。

その片足は僅かに後退する。

右半身と左半身が次第に分離し、大地へ墜ちる、かと思われた。

然れど右腕が切断面をなぞった瞬間、全ては再誕し。

隙は逃がさないと追撃を行ったスズカゼの斬撃を、左腕が受け止めて。


{……信頼、されていたのだな}


ジェイドが再び紅刃を放とうとしたが、その身は固まったかのように動かない。

空間に固定されたかと脱出を試みたが、違う。そうではない。

雲も、黒煙も、周囲の焔も、スズカゼでさえ停止している。

時間停止ーーー……、それも周囲だけではない。この星の自転さえ、止めるほどの。


{この男が……、尊敬に値する男であるということは、解った}


復讐者を生むほどなれば必然であろうかな、と。

神は止まった世界を歩みながら、静かにそう述べる。

スズカゼは時間停止から逃れようと僅かに体を動かすが、幾千の重圧が掛かったかのように、或いは幾億の鎖で縛られたかのように、動けない。

指先一本でさえ、全力を込めねばならないほどに。


{だが、我もまた信じ託されたのだ}


スズカゼの眉間へ向けられる、白き先鋒。

彼女の歯牙は食い縛り、唸叫と共に鋭刃を振るおうとする、が。

その体はやはり、停止した時の中で動けるはずもなく。


{それを打ち捨てる訳にはいかぬ}


神槍が、振り抜かれ。

彼女の頭蓋を貫くことは、ない。

ジェイドの腕が、その先鋒へ突き刺さっていた。

掌握した訳でも刃で防いだ訳でもなく、己の掌を貫かせて。


{……ふむ}


停止し、縛り付けられたはずの時の中で。

依然としてその隻眼は神へ向けられていた。

この停止した時の中で、何故動ける。自身と同等のスズカゼでさえ縛り付けるというのに。


{我が骨肉故に、か}


ツキガミの力によって唯一甦った彼故にーーー……、だけ、ではない。

ジェイド・ネイガーでさえそれは知らない。知る由もない。

自身が刃を交わし、戦ったあの男が。

何処までも闘争を求めたが故に塵燼と化した男から、解き放たれた賢者の石。

それが最も近しき欠片である彼に喰らわれ、刃となっているなど。

あの獣の意志が受け継がれているなどーーー……、彼は知るはずもない。


「……まだ、だ」


神槍と紅蓮の刃が激突する。

焔が奔り衣さえも灼き焦がすが、神は一切の動揺を見せない。

その指先で軽く打ち払えば火炎は消え失せ、焦傷でさえ直ぐ様無くなるのだから。


{抗うか}


闇月の脚撃が神へと放たれる。

然れど、その一撃に先程の威力はない。

例えこの空間で動ける権利があるとは言え、それ即ち自由ではない。

常時を遙かに超える重圧と疲労感。途絶し掛ける意識の連鎖。

それは余りに苦しく、辛く。


「必然だ」


それでも、ジェイドは刻の中に沈まない。

幾千という紅閃を結び、隻腕に神の姿と灯火を映し。

ただ、闇夜の光を紅色に染めるのだ。


{その意志には敬服しよう。……だが}


月光へ向けられる、神槍の一撃。

否、違う。それは一などという次元ではなかった。

数え切れるはずもないーーー……、少なくともジェイドの隻眼に映る世界を覆い潰すほどの。

自身の全方位より迫り来るほどの、神槍の先鋒。


{こちらも譲れぬのだ}


その一撃を、赦しはしない。

例え手足が鎖に縛られていようと、幾億の重圧に潰されようと。

目の前で仲間が傷付くのを、彼女が見過ごすはずなどない。


{そりゃこっちもだ}


幾千幾万の神槍を弾き飛ばす、業火の爆撃。

広範囲に一切の魔力を収束させず放ったそれは、闇夜の月ごと周囲一帯を吹っ飛ばしたのだ。

然れどジェイドに一切の傷はなく、焔による火傷さえありはしない。

当然だろう。彼女の炎が、仲間を傷付けるはずなどありはしないのだから。


{譲れねェモンは誰にでもありますよ。私にだって、ジェイドさんにだって}


肉が裂け、骨が砕け。それ等は即座に再誕し、また崩れ落ちていく。

凄まじい激痛だ。然れどそんなもの、今の彼女を止めるには事足りなさ過ぎる。

高がこの程度で、止まってなるものか。


{だから貫き通す。例えそれが、復讐であれ憤怒であれ……!}


彼等は再び、紅蓮の刃を構える。

慟哭に等しき咆吼はその脚を疾駆させ、重圧という苦痛を撥ね除けて。

停止し、縛り付けられた世界でもなお、刃を振るわせるのだ。


{ならば通してみよ。我という壁を突き破り、貫いてみせよ!!}


闇月の紅き光が神の頬端を擦る。神槍がその身を薙ぎ倒す。

大地に跳ね返った漆黒は賺さず片足で衝撃を廻転させ、粉塵を巻き上げた。

神の視界が刹那にして茶黒く染まる。然れど彼の眼は閉じられることなく、その身より放たれし豪風が粉塵全てを吹き飛ばす。

その最中より奇襲を掛けようとしたジェイドは姿を現す、が。彼の背後より迫る剣撃が神の眉間を貫いた。

紅蓮のーーー……、死角より放たれし一閃が。


天陰・地陽(てんちめいどう)ォオオオッッ!!}


波動は神を吹き飛ばし、星の一角を蹂躙した。

ツキガミの四肢は大地に幾度も打ち付けられ、跳ね飛び、骨々を砕いていく。

然れど神は数秒にも満たぬ内に態勢を建て直し、白煙より四肢を突いて衝撃を殺しきった。

未だ、足りない。その神を殺し切るには、未だ。


{闇夜に浮かぶ隻眼の月よ。歪まぬ執念纏いし紅蓮の者よ}


ツキガミの構えが、変わる。

大きく右腕を広げ、腕の紋章を耀かせて。

炯眼は彼の天輪が如く、牙を剥く。


{この一撃、如何とする}


それを認識した瞬間、スズカゼはジェイドの眼前へと飛び出て真焔の太刀で防御の態勢を取った。

先の不意打ちで崩した一撃とは訳が違う。収束している魔力のケタが、違う。

この一撃を受けても自身は生き残るだろう。だが、ジェイドは決して無事では済まない。


{ッ…………!}


時間停止の重圧は、確実に彼女を蝕んでいた。

再誕の速度も僅かながらに落ち始めている。肉体が限界を迎えつつあるのか、時間停止の影響かは解らないが。

残された時間が少ないのは間違いない。いいや、違う。

この一撃を防ぎきれなければ、その時間さえありはしない。

だから、全ての魔力を使おうと、どうにかこの一撃をーーー……。


「姫」


漆黒の掌が彼女の肩を掴み、ぐいと押しのける。

スズカゼは何かを叫ぼうと口を開いたが、その様子に思わず押し黙った。


「いつまで護られているばかりではないさ」


ツキガミはその一閃を収束し終える。

薙ぎが、迫る。全てを破壊し、創造する薙ぎが。


「我々弱者(・・)は、な」


ツキガミは眼を見開いた。

その獣が立ちはだかったからか、刃さえ構えなかったからか。

否、違う。そうではない。

彼の視線が向けられたのはーーー……、腕。


{……何}


腕が、氷結していた。

琥珀の氷がその腕を覆い縛り付けている。

この停止という負荷が掛けられ続ける世界の中で、己の腕を。


宵闇の劫刻(メビウス)


琥珀の氷さえ、破壊することは出来ない。

ツキガミの神槍を纏い琥珀に縛られし腕は停止、否、極限まで減速していた。

己の自由意志など効かぬほどにーーー……、この刻に唯二、動ける者達によって。


「先走りが過ぎるな。[闇月]」


彼は眼鏡の位置を直し、大樹の上より神を見下ろした。

いいや、違う。彼等(・・)は。刻という世界に足を踏み入れた者達は。

クロセール・コーハとグラーシャ・ソームンという、者達は。


{……[憤怒]か}


「何も、言うことはありません」


ツキガミは彼の眼を見詰め、静かに頷いた。

否定はしない。憎悪もしない。

彼の魂は今までにないほど安らかに、そして何処までも輝いている。

ならばーーー……、何を言うことがあろうか。


「ただ、僕は叛逆する」


神は掌握された己の腕を自ら千切り飛ばし、即座に再誕させる。

そしてその瞬間に瞬間転移を行い、グラーシャの眼前へと降り立った。

クロセールによる停止の琥珀を喰らおうと止まらない。眼前にて、刃を。


「一つ訂正しよう、ツキガミ」


背後にて、黒き獣より。

天上にて、紅蓮の龍より。


「その姿を気に入らぬ者は、私だけではない」


ツキガミの影を燃やし尽くす業火の咆吼。

天を覆い隠すは既に滅したはずの龍の姿。

そしてーーー……、隻腕の騎士。


「お待たせしました、スズカゼ殿」


龍の咆吼はその者の姿と共に、燦々なる光を受ける。

デイジー・シャルダ。そしてジュニア。

太陽は、不屈の弱者へと、陽光を。


{む……ッ}


ツキガミは気付く。自身の時間停止が解除されていることに。

否、そうではない。この龍も女騎士も、初めから時間停止など受けてはいなかったのだ。

[憤怒]グラーシャと[三武陣(トライアーツ)]クロセールは停止した刻に踏み行ったのではなく。

停止した刻をーーー……、それを上回る速度で加速させていたのだ。


{……そういう事か}


ツキガミは己の神槍を薙ぎ、周囲の焔と黒煙を尽く打ち払った。

天へ渦めいて消え逝く黒き幕。閉じられ、終止符で区切られたはずの幕を。

舞台に立つ者など居るはずはない。全ての演奏は終わったはずなのだから。

指揮棒を振るう者さえ消え、観客さえもこの場には居ないはずだ。


{全く、どうして}


終奏の符が刻まれようとなお、舞台で踊る者達。

彼等は皆、其所に居た。己の意志を成す為、決意を、信念を貫き通す為。

例え神が相手であろうと引き下がることを知らぬ、大馬鹿者達は。


{人間というのは……!}


ツキガミは己を囲む幾千の兵士達と戦人達へ、歓喜の嗤聲を送る。

嗚呼、見事。例え如何なる者が相手だろうと逃げることをせぬ者達よ。

どうしようもなく脆いというのに、どうしようもなく真っ直ぐな者達よ。


「見よ、姫」


彼女の視界に映るのは、己の意志で立つ者達。

このどうしようもない世界で、ただ絶対的な強者を前に。

それでもただーーー……、信念と決意を貫き通す者達。


「貴方が、積み上げてきたものだ」


時間停止から逃れたスズカゼは、真焔の太刀を大地へ突き立てる。

どうしようもなく莫迦な世界よ。こんな自分を奮い立たせてくれる仲間達よ。

零れる涙を抑えるように天を見上げ、未だ終わらぬ戦いに、牙を向ける。


{……莫迦ばっかですね」


「人のことは言えまい。特に、姫は」


{それもそうだ}


彼女は微笑みつつ、苦痛を擡げる脚を叩き直した。

折れる暇などない。彼等が、其所に居る。

積み上げてきたものが、託されてきた意志が、貫いてきた信念と決意が。


{本当にっ…………!}


故に、戦おう。

如何なる強者が相手であれ、戦って見せよう。

弱者の強さをーーー……、見せるとしよう。




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