決した勝敗
{……四方や、ここまで来れば}
神は笑う。
焼け焦げ、黒煙を燻らせる衣を纏い。
轟々と猛る焔の最中、再び地の上に降り立った者を眼に映し。
今一度ーーー……、口端を、歪ませる。
{称賛より他、あるまい}
否、訂正しよう。
神は口端を歪ませたのではない。
文字通り、歪んでいたのだ。業火により肉を断ち骨を絶されたことで。
それは紛う事なき被撃。スズカゼが神に与えた、傷。
{……まだ称賛する余裕がありますか}
一方、スズカゼは左腕で己の太刀を拾い上げていた。
右腕ではなく、左腕で。消し飛んだ右腕ではなく、欠けた骨と抉れ返った肉を纏う左腕で、だ。
{否、余裕ではない。矜持だ。……我が我たらんとする為の矜持だ}
双方の再誕は同時に、否、刹那を同時と称して良いかは解らないがーーー……、それでも同時に終了した。
再び彼等は武器を構えて対峙し、紋章と衣纏いし身代に刃を構える。
そして、理解。彼等は皮肉にも等しく、然れど真逆の位置にあった。
故に二人は理解したのだ。この戦いの決着が、どうなるかを。
いいや、理解していたのだ。
{……ハッ}
スズカゼは己を嘲笑する。或いは現実を嘲笑する。
自分は勝てない。やはり、勝てない。この神相手に勝てるはずがない。
自身が器を脱し、神という領域に脚を踏み込んでも未だ、勝てない。
{…………}
ツキガミは彼女を見詰める。或いは現実を見詰める。
自分は勝てる。やはり、勝てる。この執念相手でも勝てるだろう。
彼女が器を脱し、神という領域に脚を踏み込んでも未だ、勝てる。
だがーーー……、勝てると蹂躙は違うのだ。
{ハハハッ!!}
スズカゼは嗤叫と共にツキガミへ斬り掛かる。
幾千の剣閃。神はそれを往なし、回避し、護り。
一撃であれ自身の骨肉を断つに足るに相応しき斬撃だ。
この大地であれ、地平を斬すに足るだろう。
{ぬ……ッ}
だが、それでも結果は変わらない。自身は彼女に勝てるだろう。
然れど先にも述べたように勝利と蹂躙は異なる存在だ。
例え彼女が自身を億千回殺そうと、その首根を吊るし上げようと。
最後に自身は勝つ。結果が決まっているだけで、過程は変わらない。
だからこそ、その過程にーーー……、彼女は全てを賭けるつもりなのだ。
{まだまだまだァッッ!!}
繰り返される紅色の剣閃を超え、斬波に頬端を喰い千切られながら、潜り抜け。
ツキガミの槍は彼女の肉体を貫き、臓腑を無に帰す。再誕さえも無の彼方へ。
否、だが彼女は己の腹ごと、いや、下半身さえも太刀で斬り裂いて。
崩れゆく上半身を、そのまま神の顔面へと投げかけた。
{かァッッ!!}
{迂闊だ}
彼女の頭蓋を掌握し、ツキガミは一気に大地へと叩き落とす。
ぐしゃりと中身のない木の実を潰したかのような感触。飛び散る鮮血と骨片。
脳漿さえも、神の爪先を濡らし、躙らせて。
{いいえ}
全てが潰されたのであれば、再誕の核は何処なのか。
再誕は、何処で始まるのか。それは誤差の範疇なのだろう。
故に密着に久しい接近状態であれば、例え相手の懐からでも再誕出来る。
それが、等しき相手であればーーー……、僅かに同調した状態であろうとも。
{ッ……!}
ツキガミの胸元が引き千切られ、闇の果てにある心臓へ指先が喰い込まれる。
同化した状態からの引き剥がし。ツキガミでさえ迂闊に行えなかったことを、彼女は平然と行ったのだ。
失うものなどなく、終わりを眼前とする故に。
{喪ったものは戻らない}
心臓に、指先が食い込んでいく。
例え肉体が再生仕切っていなくとも、彼女はそれを離さない。
刃が如き、爪先が。
{だけど、その人達の誇りまで捨てたのなら}
爆炎が、噴き荒び。
弾かれた臓腑の鮮血が彼女を濡らす。
その狂嗤に満ちた牙を、紅色に染めるのだ。
{私は私じゃなくなるんですよ}
黒煙舞う、静寂。
轟々と厚い煙の壁が彼等を覆う。
焔が猛る焦燥も、鮮血が散る刹那も。
彼等にはただ、永劫に等しく。ただ、静寂が続く。
潰された臓腑を握る掌、身体の闇を剥き出しにする神。
それは、静寂。ただ続くーーー……、永久に等しき刹那。
{……スズカゼ・クレハよ}
神槍が、天を指す。
その鋒に収束されるのは、何か。
空間に亀裂が走り、全ての属性が収束され。
天輪に纏われるは、天翼。そして神槍に纏われていくのは、獄烈。
{貴様の勝ちだ}
それは神から彼女への、最大級の称賛だった。
幾度膝を折ろうと、その身を滅しようと、彼女は喰らいついた。
辿り着けるはずもない領域へ覚醒し、復讐と憤怒の執念を刃に込め。
神を、殺すにまで到った。
{…………はっ}
故に、それは餞けの詞。
神は真に彼女を認め、その意志を受け継ぐだろう。
彼女の想いも、仲間達の願いも、死んでいった者達の心も。
この戦いは意志の戦いだった。弱者達が意志を示す戦い。
ならばーーー……、それを全て受け取ろう、と。
{嬉しくないですね}
{……そうか}
一閃が、振り下ろされる。
破壊と創造の輪廻を創り出す一撃。
違うことなき、ツキガミとスズカゼの戦いへ終止符を打つ、一撃。
{私じゃ、役不足でしたか}
黒煙が、天へ噴き上がって逝く。
太陽さえも、覆い尽くすほどに。
焔より放たれたそれは、光を、塗り潰してーーー……。
闇夜に黄金の月光を浮かばせる。
{私だけじゃ……、ね}
神の片腕を消し飛ばす闇月の月光。
紅蓮という剣閃によって結ばれた一撃は黒煙を斬り裂いて。
{ーーー……!}
空を舞う神槍携えし片腕。
その刃が大地に突き刺さった瞬間、神は大きく後退した。
神の腕が刹那に再誕し切った頃、スズカゼもまた完全に再誕する。
幾度か爪先を撃ち合わせて、自身の調子を確かめる彼女も。
{どーも、お久し振りです。お元気でした?}
「相変わらず軽々しいな、姫」
またそう呼んでくれますか。
彼女の言葉に、黒き隻眼の獣人は微かに口端を緩めて見せる。
今ならばな相応しいだろうーーー……、と。
{さぁて、それじゃぁ}
「あぁ、征くとしよう」
紅蓮の刃が、構えられる。
背を会わせ紅蓮超えし者達の眼は神を刺す。
恐れはなく、その眼纏うは意志と信念。揺らぐことなき紅蓮の焔。
決して折れることなきーーー……、灯火だった。
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