復讐と憤怒の執念
幾つもの必然が重なった偶然、と称すべきだろう。
スズカゼ・クレハという器にツキガミの半身が同調したのは必然。
ツキガミが敬意と尊敬を持って最大の一撃で葬ったのも必然。
再誕という神の一端を封じる為、破壊と創造を用いたのも必然。
それが生命の生死を現すものであり、一つの輪廻となっていたのも必然。
故に彼女は死に絶え、全ての理が無と化すのも必然。
必然、必然、必然、必然、必然。
幾つもの必然が、重なったのだ。そうして全ては終わるはずだった。
ただ一つの偶然は、スズカゼ・クレハという女。執念の権化たる、その意志。
半身という欠片を取り込み己の神性としたーーー……、意志。
{……莫迦者が}
だが、ツキガミが浮かべていたのは失望の眼差しだった。
神。その領域を知るのは他ならぬ彼だからだ。
進化と言うならば、然りだ。彼女は進化したのだろう。
だが、堕落でもある。神の力と執念の炎に呑まれた、堕落。
{堕ち、何を得る}
彼女には復讐と憤怒の意志があった。
それは歪みなき、否、例え歪んでいようと背を向けるものではなかったはずだ。
だと言うのに彼女は背を向けてしまった。進化という堕落を持って。
神というーーー……、存在になりはてたことによって。
{スズカゼ・クレハよ}
刹那、咆吼が天地を斬り裂いた。
紅蓮の絶叫は剣閃すら刻まぬ斬撃となり、その衝撃は地脈さえも躙り超え。
{引導をーーー……}
その一瞬、ツキガミの頬が微かに綻んだ。
同じく彼の眼に映った姿故に。
その瞳と鏡合わせとなった焔宿りし瞳、故に。
{生憎と、こちとら産まれた時から大莫迦者ですわ}
紅蓮の斬撃と純白の神槍の激突。
衝撃の残香は再び大地を翻し、地脈の濁流を躙り潰した。
スズカゼの嗤叫は地脈さえも衣のように纏い、ツキガミの笑みは衝撃さえも恵雨のようにその身へ受ける。
{……フフ}
執念ーーー……、と言うのならば。
彼女が神の領域に到ったのも執念。そして、その意志を失わぬのも、執念。
例え神という、本来の人間が到るはずもない領域であろうとも、力に溺れるはずの領域であろうとも。
スズカゼの執念は、神だの力だのというものなぞに、目もくれなかったのだ。
ただ一つ。カミサマの顔面をぶん殴る、と。あと一発を全力で殴ってやる、と。
それだけの為に。
{……で、あるか}
{で、ありますとも}
刹那、幾億の剣閃が空に刻まれる。
斬撃の風圧のみで周囲の黒煙は旋風を起こし、空へと舞い上がった。
周囲を燃やし尽くす地脈と焔はさらに猛り、称賛の拍手を送らんがばかりに轟々と吼えて。
{天陰・地陽}
一撃を、放つ。
大地を裂き、地脈を穿ち、叛す星塊を壊し。
半礫を崩砕と共に地脈の泥流へと叩き込んだ。
{然り、然り、然り}
崩落した地脈の果てに沈み征く神は、ただ微笑みを見せる。
そして、それを追撃する為に刃を構えて追い来る者。
ツキガミは彼女に、幾度か指を揮って見せる。
{然りなり}
次空が断絶し、幾千の線を斬り裂いた。
一撃の衝撃を異空へ消し飛ばし、追撃する彼女を縛る為に。
だが、スズカゼはその線に向かって大きく口を広げ上げた。
そしてーーー……、何の躊躇もなく、それに歯牙を突き立てて。
{洒落臭ェアッッ!!}
一気に、喰い千切る。
{見事なりや、スズカゼ・クレハ}
ツキガミの五指に顕現する全ての属性。
それ等は収束され彼の掌で一の砲撃となり、彼女へと放たれる。
対し、スズカゼは咆吼を掻き立てると共に真焔の太刀を一気に振り抜いて。
その砲撃を、真正面から斬り裂いた。
{如何様にも、輝きというのは……}
微笑みは、その瞼を伏せさせる。
如何なる立場であろうと、変わらぬものがある。
如何なる時代であろうと、変わらぬものがある。
如何なる人物であろうと、変わらぬものがある。
それが復讐や憤怒であろうとーーー……、彼女の意志であるのに、違いはないのだから。
{素晴らしい}
豪風と爆炎が、己の身を背より吹き上げる。
狂風が耳膣を斬り裂くようだ。彼女の嗤叫が随を叩き割るようだ。
神の眼に映る光はーーー……、歓喜の雫を墜とすかのように。
{創造}
ツキガミの天輪とその身に浮かび上がる紋章が煌めき、耀きを放つ。
刹那、落下していた彼の身体はその空間に固定され、大きく投擲の構えを取った。
照準はスズカゼへ。その果てにあるのは、天。
{一撃だ}
因果率改竄。その心臓なる核へ。
次空固定。衝撃全てを一縷へ。
属性付与。真理なる属性を槍へ。
詠唱破棄。起源を示す一撃へ。
{受けてみせろ。スズカゼ・クレハよ}
眼前、迫る、刹那。
彼女は爆炎を放つ。ツキガミに、ではなく。
己自身の背後へ、瞬間的な加速を掛ける為に。
{受ける?}
刃を、その鋒へ激突させ。
彼女の紅蓮纏いし掌が、ツキガミの顔面を掌握する。
だが、例え彼女が強大な一撃を放とうともツキガミの一撃は止められない。
全てを断ち切り、創造と破壊の輪廻を創り出す一撃は。
{折角なら一緒に受けましょうや}
彼女の掌が、ツキガミの顔面へと沈んでいく。
例えツキガミの半身を喰らい取り込んで神へ進化したと言っても、その基盤はツキガミのそれなのだ。
彼女が同調させようとすれば、同調するのは必然だろう。
{さぁ、カミサマ}
みちりみちりと、肉を喰らう牙。
狂気と憤怒の入り交じった眼が指し示すのは、意志。
決して揺るがず、神風情にくれてやるはずもない、意志。
{ブッ放してみろよ}
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