悲痛を蹂躙す
{…………}
ツキガミの眼はその姿を捕らえていた。
自身が四天災者[魔創]との戦いで、進化という戻却を得たように。
彼女もまた追随している。己の半身という、神の欠片に適合しつつある。
器故にーーー……、その因果という運命故に、彼女は此所に居る。
確固たる意志を持って、戦意と殺意と憤怒を持って。
{……悲痛}
否。
悲痛だと言うのなら、彼女はあの場所に居ない。
いいや、悲痛であるのは間違いない。それは皮肉とさえ言える、苦痛のはずだ。
然れど彼女は立って居る。そんな痛みなど意に介すことも無く。
その道を、歩んでいる。その背を押す者が居たから。
{我にあるのは}
これより先、存在するのがただの蹂躙であったとしても。
自身が油断することも、手を抜くこともないだろう。
そうあるべきなのだ。そう、あれかしと。
{意志だ}
彼女に受け継がれた意志があるように。
自身もまた、成すべきことがある。
意志が、あの者達に託された意志が。
{赦せ、スズカゼ・クレハよ}
この一歩を踏み出せなかったことを、弱さと断じてくれるな。
これは礼儀だ。彼女という存在の生き様と、魂の輝きへの。
然れど今は敢えてそれを捨てよう。我が意志を叶えるために、その礼儀を持つことは出来ないから。
{蹂躙する}
ツキガミの四肢と首筋に刻まれた紋章が、魅煌を放つ。
その紋章は神槍まで到り、衣にもまた幾多もの証が刻起していく。
彼の背にある天輪は削廻するかのように甲高く鳴動し、五の属性を浮かび上がらせた。
そしてーーー……、その央に真理なる属性を、創造し。
{創造}
一歩を、踏み出した。
同時にスズカゼは真焔の太刀を持って疾駆する。
最早防御や回避など意味を持たないのは知っている。だからこそ、その一撃に全てを賭ける為に。
{……か}
腕が、飛んでいた。
その一撃が槍によるものだということは解る。
認識さえ出来ない速度で貫かれたのだろう、と。其所までの予想は付く。
ただーーー……、残されたのが己の片眼だけだ、と。
其所までの理解は、及ばなかった。
{ぁ、アッッ!!}
だが、即座に再誕。
咆吼が全身の亀裂が如き焔を甦らせるように。
依然、疾駆は止まらない。徐々に、早まっている。
半身との同調が、高まっているのだ。
〔臨界せよ、漆黒。慟哭せよ、朧天。我、天鱗を超え幻想の彼方に夢獄を視る者なり〕
世界に刻まれていく創世の神話。
その後追い。再孵の、礎。
破壊と創造のーーー……、死と生の詠。
〔原初へ回帰せよ、生命。終焉へ祈征せよ、死命〕
ツキガミの負う天輪が、その駆動音を掻き立てる。
五属性を象徴する翼が飛翔し、黒煙を天へ巻き上げた。
その央にある創造の生誕を、修復するかのように。
〔創造者よ、破壊者なれ。破壊者よ、創造者なれ〕
神の背後より、それは現れる。
全てを得、全てなる生命の権化。
魂魄の貌ーーー……、生死の存在。
〔降臨せよ……、我が起源〕
スズカゼが、その一撃の諱を耳にすることはない。
疾駆し、突貫する彼女の眼が一撃を捕らえることもない。
意識の存在は赦されない。苦痛や絶叫されも存在しない。
それはただ、神が放った真なる一撃だったのだろう。
神が、最大の力で、何かを顧みることなく放った一撃だったのだろう。
その証明は何よりも異常な貌で現れた。死の大地の、その星が照らす全ての存在をーーー……、永劫の果てさえも斬り裂いたことによって。
{……尊敬しよう}
スズカゼの視界が、壊れていく。
抗うことも出来ず、再誕さえ赦されず。
ただ、崩れて、墜ちて逝く。
{嘗ての大戦の時のように……、貴様は全てを賭けて戦った。人類は、人は、獣は、己の為に、友の為、愛の為、意志の為に戦った}
真焔の太刀が大地へ突き刺さった。
その柄を握る者は最早居ない。存在さえ、ありはしない。
ただ残された意識だけが、その景色を見ているに過ぎないのだ。
{全てを、認めよう。私はそれ等を背負い、この先を創っていこう}
この戦いにあった憎悪も、悪意も、殺意でさえ。
全てを受け入れよう。全てを背負おう。
彼等には成すべき何かがあった。それ等を、全て認めよう。
認めた上で、この与えられし意志を、願いを叶えよう。
{さらばだ、スズカゼ・クレハ}
意識さえもーーー……、灯火のように。
風に揺られて、消失する。
{弱くも抗い続けた、誰よりも強き者よ}
それは終わりだった。スズカゼ・クレハという女の死。
創造は彼女の再誕を破壊し、破壊は彼女の死を創造した。
ただ、それだけのこと。全ては解っていたことだ。
{…………例え}
覚悟はしている。
意志は心に宿っている。
進むべき道となる世界はまだ、此所にある。
{百回、死のうとも}
ツキガミは、己の眼を極限まで見開いた。
{例え千回死のうとも、例え万回死のうとも}
それは彼さえも予期していなかったこと。
{アンタを殴り飛ばすまで}
いや、彼だけではない。
恐らくハリストスや四天災者達、他の者達でさえ。
スズカゼ・クレハ本人さえも。
{私は死ねない。諦めない……!}
彼女の体が、再誕していく。
理ごと全てを斬り裂かれたが故に。
否、器という理を、斬られたが故に。
{これが信念! これが決意!! これが意志!!}
紅蓮の衣。紅蓮の太刀、紅蓮の眼。
紅蓮のーーー……、紋章。
{手足が欲しけりゃくれてやる。頭が欲しけりゃくれてやる! 命が欲しけりゃくれてやる!!}
神の絶対無比なる一撃は全てを斬り貫いた。
それは器という存在だけでなく、不死性や再誕力さえもだ。
先のはそういう一撃だ。相手の存在、延いては摂理ごとこの世から滅す為の一撃。
{だがしかし!! くれてやらんぞ!! この信念!!!}
故に、彼女は再びその両脚で立つ。
器であるという理を断たれたが故に、その身に神の半身を宿していたが故に。
果てなき憤怒と歪みなき意志を、持っていたが故にーーー……。
{覚えておけ!! これがアンタをブッ飛ばすーーー……}
スズカゼ・クレハという、新たな神として。
{刃だぁあああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッ!!!}
一閃。紅蓮は、天さえも斬り裂いて。
神の背に浮かぶ真理なる翼に、真紅を刻む。
ただその意志に等しきーーー……、愚直なまでに真っ直ぐな、紅蓮を。
{……仕切り直しだ}
未だ、終わりはしない。
然れどその戦いは最早、器と神のそれではない。
神と、神の戦い。
{まだ……、殴り足りないんでね}
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