西の国へ
【ベルルーク砂漠】
「着きましタ」
レンの恰好は、いつしか全身を布で覆った物へと変わっていた。
同様に獣車の窓を打ち付ける物も風や小石から、砂嵐へと。
獣車の刻む車輪痕は土から砂へ刻まれるようになり、車内に刻まれる空気は平穏から剣呑へと変化していた。
当然だろう。眼前にそびえる、強大な国家を目にすれば。
「アレが西の四大国家の一つ、ベルルーク国でス」
レンの視線の先にあるのは、強靱にて強剛なる城壁だ。
見ただけで解る。
並の魔術師が幾ら魔法を撃ち込もうとも破壊出来ないだろう、城壁である事が。
「……皆さん、お気を付けテ」
【ベルルーク国】
《A地区・正門》
「来たか」
正門を潜り抜ける直前に、レンはスズカゼ達を下ろして砂漠へと消えていった。
彼女も余りこの国に近付かないようにしようと言っていた矢先の出来事だ。
出来るだけ接触は避けたいのだろう。
また、入国検査は検査とは名ばかりの名前ほどしか確認しない物だった。
国からの招待という名目だ。当然と言えば当然かも知れない。
「……はい」
そして、その正門でスズカゼ達を出迎えたのはゼルだった。
彼の表情は非常に複雑で、戸惑いの色を隠せていない。
また、そんな彼の後ろには一人の男が居た。
「ようこそ、皆様。我々、ベルルーク国は皆様を歓迎します」
その人物は眼鏡を日光に照らしながら、表情を崩さずそう述べた。
砂漠地だと言うのに、いや、砂漠地だからこその長袖で、コートに近しい衣服だ。
他にも手袋や革靴など、まるで北国かと思うほどの厚着である。
だと言うのに、その人物は自身の鉄錆色の頭髪に汗一つ滴らせていない。
「私は皆様の案内係となりました、ネイク・バーハンドール少佐です」
彼はスズカゼへと手を差し出し、彼女もそれに応え、握手を交わす。
出迎えとしてはごく一般的な反応だが、その光景を見ていたゼルの表情は余り良い物ではなかった。
言いたい事が言えずに喉に詰まっている、そんな表情だ。
「今からベルルーク国軍基地に向かっていただくのです、が」
最期の言葉のトーンを急激に落とし、ネイクは眼鏡レンズの置くにある視線を酷く歪め寄せる。
その視線の行き先はジェイドであり、いつの間にかネイクの手は腰元のケースへと伸びている。
「彼の入国を認める訳にはいきませんな」
「何?」
「その恰好を見ると、どうやら素性は隠している様子。ならば多くは語りませんがーーー……、本人ならば言うまでもなく理解出来ているのではありませんかな?」
「……お見通しか」
「伊達に大戦は経験しておりませんので」
ネイクは片手をケースに当てたまま、眼鏡の中心を人差し指で持ち上げ、耳にかけ直す。
その裏に隠れた眼光は訝しむだとか、そんな類いの物ではなく、純粋に殺意が籠もっていた。
「……ゼル」
「獣車を一台出す。それでさっきの商業人を捕まえてこい」
「すまんな」
「気にすんな」
ジェイドは踵を返し、スズカゼの肩に手を置いてから正門へと歩を進める。
スズカゼには彼の後ろ姿を見ることすら出来なかった。
案内人、ネイク・バーハンドール少佐の言葉は、恐らくジェイドの[闇月]を指し示しているのだろう。
だからこそ彼も抵抗を見せず、こうして去って行くのだ。
彼がそうまでして知られたくない事実とは何なのか。
いや、それを無理に知ろうというのは良くない事だと解っている。
解っては居るが、放って置いて良い物とも思えないのだ。
「……スズカゼ、おい」
「あ、は、はい!」
「ボーッとすんな。一応は他国って事を自覚しろ」
ゼルは頭を掻き毟りながら、ため息混じりにそう吐き捨てる。
そんな様子を見てネイクは眼鏡をかけ直し、踵を返した。
彼の向かう先は軍基地なのだろう。言葉はなくとも着いてこい、という意味なのが解る。
「……スズカゼ」
ジェイドはネイクが完全に背中を見せると同時にスズカゼの耳元へと口を寄せた。
囁くような、雑踏に掻き消されるほど小さな声で彼は言葉を述べる。
「解ってるとは思うが、ここは[他国]だ。解るな?」
「……えぇ、解ってます」
なら良いんだ、とゼルはネイクの後を追うように歩き出す。
彼の忠告の意味は言うまでもないだろう。
自らの霊魂化を露呈させるな、という事だ。
霊魂化はそれだけで戦火の火種となりかねない存在。
それが未だ自らの肉体に宿っているという自覚は湧き上がらないが、意識上はハッキリと理解している。
「解って、います」
理解しなければならないのだ。
そう、理解しなければ。
《B地区》
「お恥ずかしい話なのですが」
地面に敷き詰められ、砂を被ったタイルの色が変化し、名称も変化したB地区。
そこにはまるで護衛集団かのような一行の姿があった。
先頭にはネイク、その後ろにはゼル。
彼等の後ろにはスズカゼ、彼女を囲むようにデイジーとサラ。
そして。集団の最後尾にはファナ。
彼等は少なからず周囲の注目を集めながらも、街を闊歩していく。
「我が国は治安が良くない部分がありましてね」
「……何処の国でも、そうだろ」
「いえ、我が国は特別に治安が悪く、スラムなどもある始末でして」
「それを作り出しているのは何処の誰だかな」
ゼルの言葉に、ネイクは微かな笑みを見せる。
その笑みの意味が何だったのか、それはスズカゼの知る所ではない。
だが、それが決して心地よい物でなかった事だけは、良く解った。
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