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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
869/876

約束の拳撃


{まだまだまだまだァアアッッ!!}


幾千の紅蓮纏いし斬撃が容赦なくツキガミを襲う。

対し神槍で往なしこそすれど、その衝撃波は彼を突き抜けて大地を斬り刻んでいた。

抉れ返った岩盤は最早地脈さえ覗かせており、噴出する溶岩は周囲の小石を溶かし尽くす。


{ぬ……ッ!}


一閃。神槍が斬撃を受け止めた。

否、神槍が真焔の太刀ごとその空間に固定されたのだ。

スズカゼが不動の刃を確認した時には、既に遅い。

己の顔面に当てられた掌に収束される魔力を、眺めることしか出来なかった。


{爆ぜよ}


{断るッッッ!!}


指先を、喰い千切る。

彼女は広げられた掌より伸びる親指と人差し指を、噛み千切ったのだ。

然れどその収束は止まらず彼女の顔面を爆ぜ飛ばした。

爆音轟かす一撃は星々さえ貫く閃光となるが、頭蓋を失った彼女が止まることはない。

否、再誕している。たった今爆ぜ飛ばしたと言うのに。

己の指先を喰らって、一時的に再誕速度を急速に上昇させたのだ。


{か、ハァアアア……!}


ツキガミはその様子に動揺する間もなく、即座に槍の空間固定を解除。

スズカゼもまた、ツキガミに刹那の遅れこそ取ったが、僅かに揺れた真焔の太刀を掴む。

衝突は、同時。再び神槍と真焔による衝撃が大地を破槌する。

さらにその破槌によって起こった豪風は爆炎を巻き上げて、黒煙を濛々と吹き上げた。


{狂乱に堕ちるか、スズカゼ・クレハ}


{失敬な! 這い上がってる途中ですよ!!}


剣閃、ではない。

ツキガミの意識外から跳ね上げられたのは脚撃だった。

閃光に等しき一撃が神槍を携える双腕ごと仰がせ、胴をガラ空きとする。

だが、予測していたと言わんばかりの速度でツキガミは結界を展開。

彼女の紅蓮と斬撃に供えた、が。


{その為の踏み台になって貰います}


みしり、と。

結界の真正面から聞こえる、屈折の音。

蹴った。蹴ったのだ。族にヤクザキックと呼ばれる、相手を蹴り倒す為の脚撃で。


{お綺麗に戦うのは得意じゃないんでね}


相手を蹴り倒す為、と言ってもその威力は通常の比ではない。

さらに言えば彼女は後方へ爆炎を放つことによって、途轍もない瞬間的な加速を得ている。

無論、予測していなかった神の踏み込みなど、圧倒的に凌駕して。


{貴方には爆炎も斬撃も効果が薄い}


だったら、と。

倒れたツキガミの上に、ずしりと乗し掛かる重み。

両膝でがっちりと相手の肘を留め、腰で胸元を押さえつける。

マウントポジション。紛う事なき、優位である。


{殴り合い、も多分負けるんで、一方的に殴らせて貰います}


無論、ツキガミもまた脱出しようと胸を起こそうとした。

然れど彼女の左腕がそれを叩き落とし、同時に自身の手甲ごと真焔の太刀を突き刺してその場に留め潰す。

瞬間転移や次元断絶は出来ない。それは全くの偶然でありスズカゼも意図していないことではあったが、繋ぎ留められた事によって彼女の半身とツキガミの魂が接続されつつあったのだ。

無理に引き抜けばどちらにどんな被害があるか解らない。故に、ツキガミはそれを引き剥がせなかった。

これはスズカゼにとってこれ以上無い幸運でありーーー……、好機である。


{約束、果たしましょうか}


みしり、と拳が唸る。

大きく振り被った腕の影に染められた彼女の表情は、違いなく。

ーーー……嗤っていた。


{シン君の分}


一発が、大地を崩壊へと導いた。

黒煙吹き上がる岩々を跳ね飛ばし、噴き上がる地脈さえ押し潰し。

神の顔面が文字通り破砕するまで、拳を撃ち貫いたのだ。


{ハドリーさんの分!}


続く一撃もまた、再誕が終わる以前に彼の顔面を粉砕する。

全力、総力、暴力。それは半神となりつつある彼女の拳撃だった。

嗤叫の中に悲痛を帯びた、彼女の拳だった。


{騎士団の分ッ!! 民々の分ッ!! 犠牲になった人、戦った人、託してくれた人、人間、獣人達の分ッ!!!}


繰り返される拳撃はただ大地を破壊し、溶岩の濁流を噴出させる。

それでもなお止まらない。己の衣に降り注ぐ灼熱が、頬を焼け焦がす溶泥が、周囲からさらに黒煙を噴き上げる紅蓮が、猛ろうと。

未だ止まらない。止まる、はずはない。


{そして、これがーーー……}


振り被った拳が、一瞬だけ戸惑いを見せた。

その者の名を叫び、その者の為に殴ること。

それはまるで、彼自身を否定するような気がしたから。

眼前のその男の姿を、存在を、否定するような気がしたから。


創造クリエイト


その刹那があれば、最早顔面の形状さえ残っていなかった神が脱すには充分であった。

同調しつつあった魔力を無視し、無理やり引き剥がすのも。

例え己の臓腑ごと腹部が持って行かれたのだとしても、構わない。

これ以上接触していれば、間違いなく同調し切っていただろう。

己の懐にある、この接続種の結晶と共に。


{……ッ}


微かに、吐き捨てるような舌打ちをして彼女は立ち上がる。

拉げた己の腕など気にも留めず、突き刺さった刃を引き抜いて。

ただ、殺意に満ちた眼光と憤怒の鮮血を零しながら。


{……悲痛で、ある}


彼女の憎悪も、殺意も否定しない。

それは必然のものであり、彼女そのものだ。悪ではない。

然れど悲痛。その殻に押し込められた彼女が、どうしようもなく。

然れどそれに押し込めたのは他ならぬ己等だ。そうあれと刺したのは己等だ。

ならば、やはりそうなのだろう。これに決着を付けるのも、最初に刃を持った者の憎悪を引き受けるのも、彼等の願いを叶えるのも。

ーーー……己の、役目なのだ。


{依然、変わりなく}


ツキガミが己の顔面に掌を当てた瞬間、傷は全て治癒しきる。

顔面のそれだけではなく、四肢や身体の僅かな傷や疲労さえも、全て。


{我成すことに、変わりなし}


再び構えられた神槍の先鋒。

彼女は紅蓮の衣を翻し、立っていた。依然として変わりなく。

あと一発、撃ち損ねた拳を叩き込むために。


{そりゃ結構}


意志だ。

例えそれがどんなに歪もうと、滲もうと。

他ならぬ意志だ。これは純然な、決意だ。

言い訳はしない。否定はしない。目を背けもしない。

これが自分の、意志なのだ。


{私もやること……、やりましょうか}




読んでいただきありがとうございました

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