神世の喧嘩
 
【死の大地】
ーーー……激突。
真焔の刃と純白の槍が衝突し、余波は周囲を破乱する。
彼女の咆吼は紅蓮となって岩々を燃やし尽くし、神の眼光は天輪猛らせ破槌となり。
その華奢な肉体を神槍の一撃にて貫くが、彼女はそれを引き抜こうともしない。
否、それどころか己から迫り征き、臓腑に穴を穿とうとさえ。
{今更}
大きく、頭を振り上げて。
全力でーーー……、振り落とす。
{この程度でェッッッッ!!}
巨大な鉄球同士を衝突させたかのような、轟音。
同時に双方の頭が弾け飛び、神は双脚を張って留まったが、スズカゼは大きく吹っ飛び、後方数ガロまで跳ね飛んだ。
頭が砕けている。腹に穴が開いている。吐き気がするし視界は滲むし疲れは酷いし酷く眠いし。
それが、どうした。
{まだまだァッッ!!}
疾駆、否、跳躍。
ただの一歩で爆破されたかのように抉り返り、彼女の刃が空を裂き。
踏ん張ったが故に未だ反り返る神の首音を、狙う。
{見事}
反り返った、否。
彼はそのまま双脚を大地から離し、倒れ込んだ。
正確にはその踵だけを託したまま、全身を倒れ込ませるように。
{だが}
高速の回転。
衣を翻し、仰向けに倒れ征く体を、螺旋に。
槍は大地を削り、例えるならば独楽のように、凄まじく。
やがてその回転は己の首を狙うスズカゼへ、拳撃として向けられる。
{足りぬな}
彼女の顔面が歪み、顎先が砕け。
飛び散った歯牙は大地に突き刺さり、肉体は天高く打ち上げられる。
神は己の肉体を五指の先で停止させ、そのまま小突くようにして立ち上がった。
そして、衣服の土埃を払いながら空を見上げた彼の視界に映ったのはーーー……。
墜ちてきた、太陽だった。
{これで足りますかね?}
{……無茶をする}
ツキガミは神槍を大地に突き立て、大きく構えを取る。
巨大な球円状を取った業火に対し、回避も防御も行いはしない。
ただ、迎え撃つ。その双腕に三重の天輪を纏い、迎え撃つのだ。
{だが、見事}
収束された、否、収束した上で収束し切れていない膨大な魔力の塊。
受ければ大地が吹っ飛ぶだけでは済まない。少なくとも周囲の地脈ごと、爆散するだろう。
抑えることは出来る。出来る、が。
彼女の意志を逸らすことは、したくない。
{ォォオオオオオオオオオオラァアアッッッ!!!}
天を隠す強大な紅蓮。
衝撃は大地を鳴動させ、熱気は砂利を蒸発させ。
小惑星にも等しき炎塊を、墜落させる。
{……む}
ツキガミの指先がそれに接触した瞬間、双脚が大地に沈む。
幾多の岩盤が翻り、大地の地脈さえも燃え滴る瞬間。
彼の十指が炎塊を掌握し、受け止める。
その瞬間、彼の双腕に纏われた三重ずつの天輪の内、一枚が崩壊する。
{…………!}
刹那、炎塊が一気に収縮する。
二枚。双腕に纏われし天輪が破砕されると共に、収縮。
やがて三枚目が破壊された頃には既に、炎塊は消失していた。
{で、終わりなワケァねぇでしょう}
スズカゼの背後に展開される、赤色の空。
否、違う。先の炎塊よりも数千倍はあろうかという、紅蓮。
{……無茶が過ぎるな}
ツキガミは周囲に展開される膨大な魔力の奔流。
周囲一帯、少なくとも死の大地を異界化し、星を護ろうとしたのだろう。
しかし、彼の意志さえも、紅蓮の焔が赦すことはなく。
一切の隙など与えず、それは振り下ろされる。
{ハッハァッ!!}
それだけでは、止まらない。
紅蓮纏いし刃が、紅暁の空と共に墜ちて征く。
音速だろうが光速だろうが、踏み躙るような速度で。
{創造}
だが、彼女の突貫は直ぐ様終わることとなった。
スズカゼの視界に映っていたのは確かにツキガミの姿だった、が。
直後、その眼が映したのは闇。否、正確には大地の岩盤だったのだから。
{星ごと壊すつもりか}
ツキガミは大地より神槍を引き抜き、一刃を揮った。
それが斬り裂いたのは紅暁の空。先は双腕を用いて止めたはずのそれを、一瞬で。
傍目に見ても実力の差は明らかだった。星を護りつつ余裕を持って戦うツキガミと、最早手段を選ぶことはしないスズカゼ。
然れどこの勝負に決着は着かないのだろう。着くはずもない。
{星ごと?}
だが、まだだ。
決着は着かない。必然だろう。
スズカゼは未だ成長している。半身を、取り込んで、同調している。
彼女の血肉は神の欠片となり、その意志は万物を焼き尽くす焔となる。
未だ、不屈。その受け継がれ、紡がれた紅蓮の精神が折れるはずはなし。
{高が、星だ}
瓦礫から顔面を引き上げた彼女の口端より溢れ出る、瘴気の焔。
狂喜に裂けた牙が紅色に染まり、太刀は己の前に立ち塞がる万物を喰らう武となりて。
{テメェを殺すのに、星なんざ気にして何になりますか}
{……同族が、滅すとしてもか}
{滅すゥ? 馬鹿言っちゃいけません}
自分の力で、彼等が滅すなら。
疾うに星なぞ、人間も獣も、滅んでいる。
彼女は知っているのだ。自分なんかよりも、どんなに強い者よりも。
彼等は強い。幾年も受け継いできた意志を、心に持っている。
例えそれが刃を振るう者でなくとも、彼等は皆、生きている。
この星で、戦乱の中でーーー……、生きている。
{私なんかが、あの人達を殺せるもんですか}
スズカゼが、嗤う。
それは確信より来る笑みだった。
自分より強い人が、この星には何人も居る。
意志を、信念を、決意を、想いを。
彼等は弛まなく持っている。比類なく持っている。
その心に、刃を持っている。
{来いよ神様。この喧嘩を終わらせましょう}
紅蓮の衣より放たれる爆炎が、周囲を燃やし猛らせる。
歯牙より放たれる瘴気は紅色の蒸気となりて、空へと昇っていった。
神はその様を瞳に映すなり、静かに息を吐いて槍を構え直す。
{で、あるか}
{で、ありますとも}
嗤叫が呼応する。
世界に、天に、地に、海に。
神世の、世界さえも滅ぼしかねぬ喧嘩は。
未だ、始まったばかり。
読んでいただきありがとうございました
 




