天災と全能
例えば、の話をしよう。
例えば、球体が一つあったとして。
それを幾つもの障害物の先にある穴に入れる、とするならば。
普通の人はどうにかして転がしたり傾けたりして障害物を越え、穴に入れるだろう。
少し賢い人ならばそのまま持ち上げて穴にぽんっと入れてしまうかも知れない。
そう、これは例えばの話。有り得ないことを有り得るように例えただけの話。
「……これが」
ロクドウはダーテンの天霊によって創られた結界の中で、ただ呆然とその様を眺めていた。
[全属性掌握者]にして[全能者]ハリストス・イコン。
彼の弱点は自身の想像が及ばない領域と、魔力の限界だ。
そこまでは自分も解析出来た。解析、することしか出来なかった。
彼が何をしたのかというのは単純な話であり、とても純粋なこと。
ただ、魔力の限界を取っ払ったのだ。
「こんなのが……」
その時点で自分の勝ち目は無くなった。
後は嬲られるばかり。自身の肉体から神の残香を取り出されるまで手も足も出なかった。
それでもほんの僅かな猶予を稼げたのは功績だっただろうがーーー……、最早、こんな光景を前にそれは些細なことだと思う他ない。
「人間かよ……ッ!」
例えばの話に戻ろう。
彼等は、その球体を穴に入れることをしない。
いや、正しく言えばどう足掻いても穴に入れるしかないのだ。
常人の穴が真正面にしか存在せず、しかも穴までは様々な妨害があるというのに。
彼等はただ真っ直ぐ、それも下り坂で、全方位の穴に繋がっている。
全てが、穴へ。強者という存在へ繋がっている。
食事をしようと睡眠をしようと瞬きをしようと欠伸をしようと絵を描こうと魚を釣ろうと空を見上げようと人と話そうと何かを決めようと誰かの手を握ろうと呆然と歩こうと何も考えず座っていようと己の首を絞めようと鍛錬を行おうと虐殺を繰り返そうと。
全てが、全て全て全てが、強者への道となる。
そして、それに際限はない。
「クハハハハハハハッッッ!!」
イーグ・フェンリーの灼炎纏いし拳撃は、幾千の星を破槌する。
否、それだけではない。衝撃の炎より産まれし猟犬達は星河さえも喰らい尽くす巨牙を有し、砂粒よりも矮小なハリストスを噛み潰した。
さらには周囲一帯、少なくともその強大な猟犬さえも塵とするほどの範囲を轟爆させる。
「邪魔よ」
その轟爆さえも、氷結。そして、消滅。
さらには幾千の星々が煌球に変換され、ハリストスが存在したであろう地点全てを無の領域に飲み込んだ。
残るは恐ろしい程の静寂。刹那の、停滞。
{……偽創神域}
無の空間に出現する幾千の瞳眼。
その央にて双掌を打ち付け、音を破裂させた眼光より。
産まれ出る、光闇と輪廻の葬送。
{重奏・皇王の全芒ッッッ!!}
一切の比類無く億天に放たれる絶対次元の真属性による砲撃。
如何なる手段に置いても防ぐことは出来ず、如何なる次元に置いても根絶やしとする。
それは死の権化。極限まで偽造した、ツキガミ以外決して到れぬ生死の偽創。
故に、何人とてそれを打ち破ること能わず。
「良いねェ」
ただ一人。
理さえも斬り裂く、魔剣を持つ者以外は。
「最ッッ高ッッッ!!!」
構えも何もあったものではない。
全力で、ただ真っ直ぐに振り下ろす。
ただその一撃のみで億天を滅す一撃は砕かれ、絶対不変の世界にさえ亀裂が奔る。
{ッーーー……!!}
無論、ハリストスもそれに甘んじるはずはない。
世界を構築する障壁を総力を持って展開し、無限にも等しき数を重ね合う。
それでも防げるはずはない。彼の脳裏にあったのは如何に斬撃を殺し、負った傷を回復するか、ということのみ。
然れど、それすらも、赦されない。
「イクチエン。変換を」
ハリストスの眼前から、全ての障壁が消え失せた。
ダーテン・クロイツによる天霊の変換。全ての魔力を、無に。
否、それだけではない。他の天霊達による拘束や斬撃の威力付与が、追加され。
一切の防御なきハリストスへと、叩き込まれた。
「……ハハッ」
ロクドウは、ただ硝煙さえも、否、存在さえも赦されぬ斬撃の果てを見詰めていた。
笑いさえ込み上げてくる。何が、人間だ。
こんな存在が今まで身近に居たのか。剰え、戦場で刃を交えたのか。
何と、悍ましい。何と、恐ろしいーーー……。
{ですが、人間だ}
それでも、人間なのだ。
球体を穴に入れるという過程を踏んだはずの、人間。
ならば殺せないはずはない。例え、それが如何なる者でも。
{終焉の暁}
ハリストスがその名を詠んだ瞬間、メタルの臓腑が爆ぜ飛んだ。
否、内部より突き出た腕が、心臓を鷲掴みにしていたのだ。
不可避の運命。確実なる、終焉。
因果率の摂理さえ越えたーーー……、終極の一手。
{まずは、一人……!}
微かな、余りに小さな破裂音が鳴り響く。
明らかに致死量の鮮血がメタルの口から溢れ、彼の四肢はだらんと垂れ下がった。
同時に、その肉体が、漆黒の闇に消えて逝く。
{高が心臓を潰した程度で殺せるとは思ってません。意識が朦朧とした中で、抵抗もなく……!}
「抵抗もなく、何だって?」
垂れた腕は、魔剣の刃を翻し。
自身の腹を、躊躇無く貫いた。
{……な}
嘗てメイアウスがそう言ったように、四天災者達は口を揃えて言うのだ。
あの男とだけは戦いたくない、と。
当然だろう。一発だろうと擦っただけで全身が持って行かれるような化け物相手に。
決して殺せないことが解っている化け物相手に。
綱渡りなど、したいものか。
「さぁて、まだまだ戦い続けようぜ?」
人間を愛した男は、自分を殺せる相手を待っていた。
この場で最も楽しんでいるのは間違いなく彼だろう。
己の死さえも斬り伏せた、彼なのだろう。
「なぁ、全能者」
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