果たすべき二つの願い
「こんな}
心拍数が極限まで上昇する。
心臓の血管が張り裂けるのでは無いかという程、鼓動が高鳴っていく。
その癖に体は酷く冷え切り、まるで極寒に曝されているかのようだった。
「こんなっ……!}
何故だ。
自身は全能者として、創造の到る限り、全てを掌握することが出来る。
次元を断絶することも可能だし、世界を改変させることさえ難しくない。
だと言うのに、何故だ。
彼等に勝てる気が、しない。
「取り敢えずどうする? ツキガミとやり合うか」
「メイアウスが苦戦する相手だろう。是非やってみたいところだが」
「……いや、君達。世界の危機よりも自分の闘争なの?」
「偶には息抜きしたいし」
「当然だろう」
膝を折る少年を他所に平然と会話を続けるメタル、イーグ、ダーテンの三人。
ハリストスはそんな三人の隙を見て、瞬時に転移しようと僅かに魔力を込めた、が。
直後、彼の首根が吹っ飛んだ。否、吹っ飛んだように錯覚しただけだ。
殺気と言えばそれまでだろう。だが、こんなに恐ろしいものが、人間などに放てるはずがない。
放てて良いはずが、ない。
「何故……! 何故ですか!!}
彼の叫びに視線を向ける者は誰一人としていない。
否、その名を呼ばれた瞬間に、一人だけは。
「ダーテン・クロイツ! 貴方はツキガミとの契約を反故にするつもりですか!!}
「……ハリストス・イコン。全能者。君は、とても悲しい存在だね」
僕もそうだった。
確かに今でもフェベッツェには会いたい。彼女と話がしたい。
けれどーーー……、ラッカルの託してくれたものが、鬼面族とピクノ、聖堂騎士の皆が護ってくれているあの国があるから。
だからもうそんな約束は出来ないよ、と。
「君は人の命を軽んじ、何かの終わりにある刹那の輝きだけを求めた。それを悪と断ずる権利は僕にはないけれど、認めないという意志を示すことだけは出来る」
重圧が一層大きくなり、ハリストスは最早視線を上げることさえ敵わなくなった。
彼等からすれば、この重圧さえ無意識だというのか。
何故ーーー……、いや、違う。
まさか、自分達は、最悪の誤算をしていたのではないか。
その答えが今、ツキガミという存在により、明らかになってしまったのではないか。
「……ない}
僅かに吹き上がる、魔力の奔流。
メタルとイーグはそれを見逃すことなく、刹那に魔剣と灼炎の一撃を放とうとした、が。
敢えてそれを止めーーー……、ハリストスの瞬間転移を赦した。
その理由は数瞬後、明らかとなる訳だがーーー……。
それと同時、いや正確には数分前。彼女の場所まで、場面は戻る。
{…………}
{…………}
対峙する、ツキガミとスズカゼ。
その境界は驚くほどに静かで、一陣の風さえ、刹那の墜塵さえありはしない。
然れど、双衣に携えられた太刀と神槍の狭間には一切の隙がない。
刹那の切っ掛けさえあれば、その刃が激突することは明らかだった。
{…………}
{…………}
静寂。肌が焼け焦げるほどの、永劫。
彼等は動かない。その刹那を待ち侘びるが故に。
全く持って不動、だが。それを破ったのは意外な人物だった。
「……ッ!」
ツキガミの眼前に展開される、紫透明の結界。
それは十字架に咎人が如く打ち付けられた、ロクドウの放ったものだった。
刹那。本当に、一瞬にさえ満たぬほどの、刹那。
それでもスズカゼが疾駆し、その魔力を収束して放つには充分であった、が。
彼女の身体を掴む腕と、十字架に触れる指先があった。
{んなっ}
スズカゼが驚く暇もなく、ツキガミの眼前より彼等の姿は消え失せる。
そしてその刹那の後に彼の眼前にはハリストスが現れた。
つまり、入れ替わりだったのだ。瞬間的にスズカゼ達とハリストスが入れ替わったのである。
それは全くの偶然であり、必然でもあったのだろう。
彼等の決着という舞台の為の、必然。
「ツキガミッ……!}
酷く息を切らしたハリストスは己の喉元を抑え、彼の表情を仰ぎ見た。
何かを訴えるような視線であったが、ツキガミは静かに瞼を閉じ、僅かに首を振るう。
その意味が何を刺すのかハリストスが理解することはなかった。したくは、なかったのだ。
{……頼みがある、我が友ハリストスよ}
ツキガミが述べたのは至極単純なことであり、必然的に可能なことであった。
しかしハリストスはそれを否定する。彼が望むのは有終の美であり、そのものではなかったから。
しかしツキガミもまた引くことはなかった。その願いの為、友として最後の頼みだ、と。
{我々は永く存在しすぎたのやも知れぬ。人の輝きを観測することに願い果て、いつしかそればかりを望む傀儡になっていた}
それはこんなにも近くにあったのに、と付け足して。
彼は己の胸元を覆うように、掌を当てる。
彼等の願いだ。天霊達が望んだ、世界。
その願いにあるーーー……、輝き。
「諦める……、と言うのですか}
{いや、そうは言わん}
彼等の願いは、まだ此所にある。
この胸に、彼等の魂はある。
{望み敗北などせぬ。我は勝利しよう。この世に、彼等の願った世界を創ろう}
神としてではなく、ツキガミという一つの存在として。
天霊達が崇め、讃えてくれた一つの神霊として。
この槍を、振るおう。
{……だが、同時に果たさねばならぬ決着もある}
ツキガミの眼に宿る、灯火。
其所に映るのは、一人の女。
紅蓮の太刀を構えるーーー……、たった、一人の。
{故に、頼もう}
ツキガミは頭を下げようと顎を引く、が。
ハリストスの手が彼の肩を掴み、それを引き上げた。
友の願いならば仕方ありませんね、と。その言葉だけを述べて。
{……願いを、叶えましょう}
無限の境界を背に、彼等は並び立つ。
対するは天災なる四人の者。そして、紅蓮纏いし一人の少女。
最終決戦。真に最後の戦いがーーー……、始まる。
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