創造と模倣を越えて
もし、それを傍観する者が居れば、否、傍観出来る者が居るならば、誰一人違うことなくこう語っただろう。
創世神話ーーー……、と。間違いなくそう語ったはずだ。
いいや、これすら正しくはない。創世神話は創造と破壊によって紡がれる。創造のための、破壊によって紡がれる。
故に、この戦いは創世神話であって、創世神話ではない。創造と創造によって紡がれる、この戦いは。
「……ッ!」
{ぐ……!}
メイアウスにとって唯一の幸運は、疑似世界に追い込んでいたことだ。
もしこの世界での戦闘でなければ、シャガル王国の海岸で戦っていれば。
少なくとも星という個の存在が数度は爆ぜ果てていただろうから。
{創造……!}
飛燕が如き刃が、物理法則も慣性法則も無視した軌道でメイアウスへ放たれる。
否、それだけではない。追続する斬風が雷撃となって周囲の全てを蹴散らし、欠片は業火となりて彼女の視界を遮った。
彼女は刹那に炎を打ち払い白煙と化させ、煙は雷撃を弾く茨の盾となる。
だが、その茨さえも飛燕の刃を防ぐことは出来ず、彼女の臓腑を斬り裂くべかんとする一撃を通す、が。
次元の狭間がその刃を吸い込み、朧となって散り荒ぶ。
「万天よ」
彼女の術言と共に天は鋼となりて落墜す。
銀天は容赦なき圧量と共に神を圧殺するが、神の指先一本でそれを持ち上げていた。
否、弾いたのだ。落ちるという法則を、浮くという法則に創り変えたが故に。
だが、その鋼鉄は全て刹那に姿を消す。否、原子という最小まで縮小され、彼女の掌握によってツキガミを体内より斬暴する。
{ぬ……}
だが、それは有り得ない。
神は己の胸元を貫きて臓腑を掴み、原子なる刃を引き裂いた。
それだけではない。己の鮮血より幾千の刃を創り出し、一の刃へと統合する。
刃に刻まれた文字は禁忌。遙か彼方が古来、神話に等しき頃、万名が封じた悪鬼羅刹の獣。
{ーーー……解!}
出現するは五肢無き異貌。
それは自身の周囲に幾千の刃を展開し、修羅の牙を成す。
俗に、始祖と称される刃を持つ者。原初の刃を有す、概念の躯。
「……来る」
メイアウスの片腕が斬り結ばれ、鮮血に塗れた骨片を散らす。
奇っ怪なことに苦痛はない。否、脳が苦痛を感じる暇がないのだ。
幾億分の一秒。今、自身の眼に映りーーー……、意識が認識する刹那でさえ、不可能。
{刃よ}
ツキガミは、大きく一歩を踏み出した。
投擲の形態。その神槍を、投擲する為の構え。
{我が槍よ}
メイアウスの眼が、大きく見開かれた。
そこから何が来るかを、刹那に理解したのだ。
あの投擲一発で、確実に自分の命は絶たれるだろう。
あの槍は、そういう一撃だ。死を覆孕した一擲。
だがーーー……、それを弾くことは、可能だ。
一切の妨害無く、その一撃にさえ集中出来るのならば。
「ッ…………!」
次元断絶も、空間途絶も間に合わない。
今の意識や思考でさえ、幾万分の一の刹那だ。
稲妻が如き思考が走り、戦慄が彼女の歯牙を食い縛らせる。
思考せよ。生命を紡げ。その一言こそが、唯一赦された戦火への導なのだから。
「……かッ」
彼女が幾万と重なる思考の末に取ったのは、皮肉にもツキガミと同じ形態だった。
投擲だ。その手に何も持たず、ただ投擲の貌を取ったのだ。
{創造は、模倣たり得ぬぞ}
「進化は、創造よ」
メイアウスの掌に収束され始める、何か。
それは火炎であり、水流であり、雷電であり、嵐風であり、岩石であり。
全てを内包したーーー……、真なる属性であり。
{…………ッ!}
ツキガミは総力を持って槍を投擲した。
同時に概念の躯より幾千の刃風が放たれる。
一刃において如何なる防御や防壁、魔術や魔法さえも、撃ち抜く一撃が。
「発動」
メイアウスの片瞳が、白煌を放つ。
刹那、彼女の掌に一本の槍が出現する。
彼女の周囲に、幾千の刃が出現する。
それは全てツキガミが放ったそれと、同様の軌道、螺旋、閃光を刻み。
対突ーーー……、する。
{模倣の、先……}
双対の一撃は、驚くほど呆気なく消滅した。
雫を水面に垂らしたように、いや、波紋さえ起きていないことを見れば、それよりも呆気なく。
互いに飲み込むように、消えたのだ。
鏡会わせが互いに飲み込んだ。それが、一番相応しい表現なのだろう。
{創造に、到るか}
メイアウスはツキガミの属性を模倣し、全てを模倣し終えた。
皮肉にもその魔力を持ち得るだけの全能者と同様に、全てを得たのだ。
だがーーー……、彼は自身の思考の内に魔を得た。メイアウスは、その先を得た。
創造の先にある模倣。さらにその先の、創造。
{一に対し、一を突くのではなく……。一に、零の果てを突く}
常に叛する、表裏の関係。
水に水を加え、器から溢れさせるのではない。
水に火を加え、器さえも消し去るのだ。
{無効化の、先か}
互いに消すのではない。
その概念さえも、打ち消す一撃。
{消滅の創造……!}
ツキガミの背後に君臨していた概念の刃が、捻れ、螺旋を描いて消え去った。
否、それだけではない。投擲に用いた槍さえも、この手には戻って来ない。
つまりは、そういう事だ。相手の一撃と真逆の一撃を放ち、この世から消滅させる。
無効化するのではなくーーー……、永劫に、消滅させる。
{極地か? 否}
「……えぇ、これは一つよ。一の極地」
進化する。無限に、果てなく。
四天災者。天なる災は、時に天すらも、災禍へと喰らう。
現す名も無かった、その者達は。存在という、概念すら創造されたその者達は。
「叛逆に、滅しなさい」
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