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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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静寂の鎮魂


{か、ぁ……}


視界が眩む。耳鳴りが止まない。

立っているのか座っているのか倒れているのか。

生きているのか、死んでいるのか。


「ヌエ。儂等の行いが正しいか否かは問わん」


記憶が、甦る。

朧気に、霞み掛かった追憶が。

走馬燈とでも言うのか、それは。


「だが信じろ。この行いが正しいか否ではなく、信じるのだ」


嫌だ。

止めろ。


「……最早、後には退けぬ。戦火は大地を燃やし過ぎた」


止めてくれ。


「歩もうぞ。この先にあるべき道ならば、儂は何も後悔はせぬ」


私の記憶から。


「ヌエちゃん、で良いのかな? よろしくね」


「随分と奇妙な肉体をした天霊だ。滑稽だな」


あの人達を。


「我等の世界の為に」


奪わないで。


{が、ぁあああああああああああああああッッッ!!!}


絶叫が、その身を叩き上げる。

頭蓋を際限なく襲う鈍痛も、臓腑ごと吐瀉しそうな切迫も。

押し潰す。いいや、耐え、抜く。

失うことに比べたら、何も恐ろしくはない。願いを、失うことに比べれば。


{ぁ、が、ぁあっ……!!}


最早視界さえ確かでない彼女が向かうのは、自身の一部があるフレースの場所だった。

歩んでいる訳ではない。それはむしろ、這っていると述べるべきだった。

羽をもがれた蝶が光に縋るように、這いずっている、だけだった。


{…………}


ネイクは双牙を構えることさえせず、銃口を向ける。

頭蓋を撃ち抜かれて生きている生命力は、流石と言ったところだろう。

しかし一切の不穏を生かす訳にはいかない。このまま、殺すだけだ。


{ならん}


それを制止したのはオートバーンの豪腕だった。

ネイクの眼前に突き出された腕は如何なる巨木よりも、鋼鉄よりも不動。

その眼差しもまた、揺らぐことなく天霊を見詰めていた。


{これより先は生者の領域。死者である儂等が手を出すことはならん}


{……しかし}


{解らぬか。儂は生者の(・・・)戦いだと言うておる}


ネイクは呆れながらも、少し離れた場所で膝を突くウェーンに視線を向ける。

彼もまた何処か呆れた苦笑を浮かべつつ、左右に首を振った。

やがて、それに連られるようにネイクもまた大きく吐息を零す。

生者と呼ぶのか。彼女達だけではなくーーー……、あの存在さえも、と。


{私、は……!}


幾千の影が這いずり、彼女の側で刃となっていく。

だが、それさえも次第に崩れ、塵となって虚空へ消えていった。

やがて残った数本の刃こそ向けられど、フレースはその場から退こうとはしない。

自分の前に立ってくれる人が居ると、知っているから。


「……フレース、下がれ」


「ううん、此所に居るのよね」


貴方が護ってくれるって信じてるから、と。

彼女は静かにそう述べて、瞼を閉じる。

その表情は安堵に染まっていた。いや、信頼にと言うべきだろう。

だからこそ、ニルヴァーはそれ以上のことを言わず、ただ天霊と向き合った。


「天霊ヌエ。……貴様達の願いを、否定はしない」


精霊達に安寧を。

世界に平和を。

それが彼等の願いだった。純粋なる、目的だった。


「だが、その願いは……、俺達の幸せを壊す。貴様達の願いと俺達の願いは相容れない。例え、それがどんなにささやかだとしても」


風に揺られ、愛する人と手を繋ぐこと。

木漏れ日を、友と一緒に受けること。

小雨を、同胞と共に眺めること。

そんなことさえ、相容れない。

彼等の渇き果てた願いの前では、相容れるはずもない。


「俺達はお前の願いを踏み躙ろう。それを赦せとも恨むなとも憎むなとも言いはしない」


だが、決してお前達という願いがあったことを、忘れはしない。

例えそれが如何に悍ましかろうと、悲劇的であろうと、狂気的であろうと。

何かを踏み躙ったのなら、それが花であれ虫であれ影であれ。

忘れはしないーーー……、と。


「それが……、我々に出来る鎮魂だ」


吼え、一閃、刺貫。

ニルヴァーの臓腑と口腔より鮮血が溢れ、彼の脚が砕けるように落ちる。

然れど膝を突きはしない。双眸が、何かを孕むこともない。

ただその光で、影の刃を見詰めるだけ。幾つもの影刃が己の臓腑を、腕を、頬を斬り裂こうとも。

静かに、その銃口を、彼女の眉間に添えるだけ。


「……さらばだ、天霊」


一撃は、余りに虚しく響き渡る。

静寂の中を、なぞるように。

鮮血を散らしながら、弾ける頭蓋さえも。


{…………を}


彼女は、ただ紅色の海に沈みながら指先を伸ばす。

叶うことはない、消え逝く願いを。

相容れることなく、消失した想いを。


{わ、たしは……}


影は光の下に、消えてゆく。

その瞳から流れる涙さえも、陽光の中へ。


{チェス、を}


周囲の騎士や兵達がその決着に気付くことはない。

彼等は依然、失敗作達の霊体を倒している。皆が、戦っている。

誰かの為に、何かのために、戦っている。


{皆さん、と…………}


誰も、言葉を零すことはない。

消え逝くその姿に何かを述べることも、残すこともありはしない。

祈りだけが、鎮魂だけが、そこにはあった。


{ま……、た…………}


それは空虚な、静か過ぎる決着だった。

静寂に染まりきったーーー……、鎮魂だった。



読んでいただきありがとうございました

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