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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
855/876

一手の先の先へ

{良い判断だ}


ネイクの蹴り上げた瓦礫が、空で光弾に撃ち抜かれて消滅する。

それは瓦礫など物ともせずに彼の身体へ迫ったが、遮るのは鉄鎖。

やがてそれは防ぐばかりの盾ではなく足場となり、彼の疾駆を補助する。


{とても、良い}


双牙、唸り。

じりと彼の爪先より上がる黒煙。それは、本当に微かな物だった。

しかしーーー……、ただ一度の突貫には、最適すぎる煙。


風駆ヴィーラン


後ろがないというのは、良い。

失うものがないということは、見えないものがないということ。

人が邪悪なる真価を発揮するのは、失うものがない時だと自分は思う。


百式ワドラン


ヌエの頬隣を、何かが通り過ぎた。

それは目端に塵が映ったようにも見えたし、噴煙の中の埃が飛んだようにも見えた。

然れど彼女が振り返ったのは偶然だったし、恐怖を感じたのは必然だったのだろう。


{……な}


何メートルと、先に居たはずだ。

音もなく、隙もなく。

それは最早、瞬間転移に近かった。


{させっ……!}


{いえ、手遅れです}


その声と、銃の撃鉄が落とされる音が聞こえたのは背後。

即ちヌエが振り返った背後ーーー……、元来の真正面。

残像を残し、その上で再び廻り込んだのだ。

その速度は最早、光速にさえ。


{……えぇ、そのようですね}


ネイクの放った弾丸は、確かに彼女を刺し貫いた。

然れどそれは衝撃のみーーー……。彼女を殺したり得ることはない。

次元障壁を、一切の攻撃を異次元で断絶する盾を越えるだけの魔力が、無いのだ。


{貴方の速度には驚きました。その速度を出せる者は、付いていける者はそう居ないでしょう}


ネイクの眼前に展開される、光弾と闇影の刃。

折り重なり合い、一切の容赦も躊躇も、隙間もなく。


{ですが、相手が悪かった。そう諦めてください}


{……そうですか}


嫌ですね、と。

撃鉄が何度も撃ち落とされ、幾千の弾丸がヌエを襲う。

衝撃で視界が揺れこそするが、彼女から鮮血が垂れることはない。

謂わば頭を掴んで揺らしているだけの行為。耳元で銃音が掻き鳴らされるだけの行為。

掠り傷一つさえ、付きはしない。


{無様な抗いです}


降り注ぐ光弾と闇影の刃が彼の腕を、頬を、脇腹を割いていく。

ほぼ近接している為に鎖の防御さえ間に合わず、彼は無造作に撃たれるのみ。

未だ直撃らしい直撃がないのは、運としか言い様が無い程に。


{貴方達の戦いは無意味だ。例え私を殺したとしても、人類の崩壊は止められない。神がいる限り……}


ネイクは銃撃を止めない。

視界を揺らし、耳元で撃鉄を打ち鳴らすだけの行為を止めはしない。


{……愚かな}


ヌエの指先がネイクの眉間に向けられる。

最早、外しはしない。この一発を、確実に。


{一つ}


激音の中を縫うように。

荒波の中を飛ぶ渡り鳥のように、それは彼女の耳に届く。


{貴方は勘違いをなされているようで}


ヌエは僅かに眉根を顰めるも、その言葉を聞く価値がないものとして光弾を撃ち放った。

それは鮮血を散らし、彼の脳髄を撃ち抜くだろう。

異端なる精霊の死に際。何かを思う価値すらもありはしない。


{嘗て世界を滅ぼそうとした我々に説法など片腹痛い}


光弾が貫いたのは遙か下方だった。

いや、違う。逸らされている。

自身の腕がーーー……、ネイクのそれなどとは比べようも無い衝撃によって。


{……何故}


視界に先に移るのは、黒く長い銃口。

それを見た瞬間、ヌエは全てを理解した。

この近距離で攻撃がネイクに直撃しなかったのは偶然や運ではない。

全て、撃ち落とされていたのだ。撃鉄の轟音に銃声を隠して、撃ち落とし続けていたのだ。

あの女がーーー……、[八咫烏]フレース・ベルグーンが。


{だがっ……!}


ネイクやニルヴァーと違い、彼女は常人のはず。

自身の羽を見れば仲間を殺す為の意識が刷り込まれ、殺し合うはずだ。

だと言うのに何故、何故、何故。


{夫婦とは、良いものですね}


にこやかに微笑み、ネイクは小首を傾げた。

未だ鳴り止まぬ銃声が、硝煙に染まる中で。


{互いに信頼し合えるから}


ヌエの背筋に寒気が奔る。

見ていない。単純に、目を瞑っているだけ。

それでも的確な狙撃を行えたのはーーー……、隣のニルヴァー・ベルグーンが方向性を指示したから。

そして、フレースがそれを無感覚で信頼し、引き金を引いているから。


{良い狙撃手です。ウチにも欲しいぐらいだ}


ネイクは眼鏡の位置を直す。

嘲笑うかのようなその行為に、ヌエは何かを叫ぼうと大きく息を吸い込んだ。

その行為に硝煙が揺らぐ。双牙が、揺れる。


{あぁ、後ろにご注意ですよ}


直後、ヌエの体が浮き上がった。

いや、元より空を舞っていたその身が浮き上がったという表現は正しくないだろう。

言うなればそれは、持ち上がった(・・・・・・)


{何がっ…………!}


視界の底に映るのは巨漢の大男。

己が纏う鎧さえもみしみしりと音を立てながら膨張するほどに筋肉を凝固させ。

己の何倍もあろうかという、そして次元の壁に肉を喰われながらも、ヌエの羽ごと彼女を持ち上げているのだ。


{その羽、随分と美しいですが、視界の邪魔になってしまったようですねぇ}


銃の衝撃による視界のブレも。

撃鉄による聴覚の妨害も。


{では、お空へどうぞ。蝶々さん}


全て、布石。


{貴様ーーー……ッ!!}


ヌエの叫びは双牙の一撃によって遮られ、衝撃止まぬ内にその身は天高く放り投げられた。

浮遊感。その身に味わうはずもない、自由を奪われた刹那。

彼女の怒りを孕んだ眼が捕らえたのは今一度眼鏡を直す動作を見せ、微笑みネイク。余裕ぶった、その姿。


王手チェックメイト


ヌエの全身を、天を覆いし鎖が喰らう。

身体も羽も何もかもを覆い尽くして、球体となり。

蝶を捕らえる、鉄籠となる。


{……申し訳ありませんが}


その鉄籠に向けられる、ニルヴァーの最大の一撃。

結界という刃を纏った小刀の一撃。それは、先端で鉄鎖さえ斬り裂くほどに鋭利。

ヌエの視界全てを覆い尽くすほどに、巨大。

小刀の刃を何千倍にも増加させたーーー……、一撃。


王手チェックメイトにはまだ早い}


誰が、気付けただろう。


「……え?」


フレースの肩を掴む、その手に。

いや、手と称して良いかどうかさえ解らぬほどの物体に。

彼女の影から這い出る、その物体に。


{こう来ることは、解っていました}


ヌエの羽が鎖を打ち払う。

そうしてもなお、刹那の隙にニルヴァーは刃を撃ち込んだだろう。

しかしーーー……、赦されない。予め知っていたが故に、ヌエにその隙はない。


{無駄な足掻きなのですよ}


一手の、先へ。

隙は無かった。失敗も無かった。

彼等が全力を尽くし、一縷の失策なく成し遂げた一撃が。

容易くーーー……、回避、されて。


{……やれやれ}


ネイクは今一度眼鏡を直す。

空の光に反射する、眼鏡を。


{今です、ヤムさん}


結界刃を瞳に映していたヌエの頭が、跳ね飛んだ。

正しく真横から、意識外から狙撃されたかのように。

いいや、事実ーーー……、狙撃されたのだ。


{申し訳ない。言い忘れていました}


繰り返す。全ては布石だった。

たった一瞬で良い。たった一瞬だけ、意識を逸らす為に。

ベルルーク軍少尉にして狙撃手。ヤム・ソーアンの一撃を通すためだけに。


{居るんですよ。ウチにも、腕の良い狙撃手は}


彼の指先が持ち上げる眼鏡の硝子が、光に照る。

繰り返し行っていた動作は嘲笑などではなく、合図。

ただ全ての魔力を費やした、ただ一発だけの狙撃を行う機会を知らせる為だけの、行為。


{ぁ、がっ……}


全て、と言うのか。

決死の疾駆も突貫も支援も、一撃さえも。

何もかも全てこの一撃のために、自分が誰かの記憶を読むことすら計算して。

仲間さえも騙しーーー……、この一撃の為だけに。


{一手の先を読むのは二流。さらに先を読むのが一流}


頭蓋を潰され、羽ばたくこともなく墜ちゆく蝶。

それが見たのは依然微笑む男の姿だった。


{しかしあの人からすれば、それの先さえも読んで漸く妥協点}


いや、違う。その背に見えるのは、また別の男。

全てを導いたーーー……、ベルルークの長。

忌々しく歪んだ、笑み。


{まぁ……。今回は}


ヌエの視界に映るのは、回避したはずの刃。

一瞬さえも永久に等しき、刹那。其所に出来た僅かな瞬間。

それが、あればーーー……、それだけあれば、その男の一撃が蝶の羽をもぐなど、容易く。


{しまっーーー……}


ぐしゃり、と。

余りに呆気なく潰れた蝶を眼鏡の硝子に映しながら。

彼は、ネイク・バーハンドールは軽く吐息を吐き捨てた。


{妥協点と、していただきましょうか}




読んでいただきありがとうございました

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