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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
854/876

弱者の戦場


疾駆。風も音も追い越し、双牙纏いし者は斜を跳ねる。

突貫。岩も霊も破し裂き、刃鎧纏いし者は線を駆ける。

支援。光も闇も爆ぜ抜き、邪鎖纏いし者は面を舐める。

沈黙。弾も刃も押し込め、銃刃纏いし者は点を締める。

狙待。銃も布も噛み締め、狙銃纏いし者は果を詰める。


{私達が今から行うのはとても簡単なことで、とても難しいことです}


彼等は皆、ネイクの言葉を思い出していた。

計画と呼ぶには余りに粗末な、そして余りにも物騒な言葉を。


{蝶は蝶らしく空を舞って戴きましょう}


にこやかに微笑むネイクの表情を思い出し、フレースは背筋を震わせた。

あの男はまだ話せる程度に狂っている、と。

つまりは連中の中でもマシな部類だと思っていた訳だが、そうではない。

誰よりも、あの男がーーー……、狂気的なのだ。


{まずこれを始めるに到って、重要なことが三つあります。その一つ目は妨害が入らないことですが……、これは問題ないでしょう}


多少の攻撃はまだ許容出来る。しかし一人でも攻撃を受けて遅れるようなことがあれば、そうはいかない。

だが、この点についてはサウズ騎士とベルルーク兵達による人海戦術が功を奏し、対応済みである。


{二つ目は記憶を読まれないこと}


ヌエが有する脅威の一つである、認識操作。

これは記憶を操る彼女の魔法を応用したものであるが、当然ながら記憶を読むことも出来る。

本来ならば長時間集中して触れなければ相応の効果は得られるはずもないが、最悪一瞬でも次に何を行動するかの直感的なものは察せられる可能性がある、とネイクは論を立てたのだ。


{三つ目はニルヴァーさんの一撃に賭けること}


この中でヌエに届きうる魔力を持っているのはニルヴァーだけだ。

ウェーンでさえ濁流からサウズ王国を防御したことなどによる体力の欠損が激しい。

故に彼だけが、その天霊へ届きうる刃となる。


{この三つを絶対に忘れず、頭に入れて置いてください。例え予想外の事が起きても、三つ目に収束させるために行動していただきます}


そう言ってネイクが何度か眼鏡を掛け直したところまでが、記憶。

それから彼とオートバーンは計画通りに、あの天霊へと突撃した。

迫り来る光弾と闇影の刃を撃ち落とすのは、空を蛇のように這う幾千の鎖。

針先ほどしかない線をなぞるよりも慎重に、硝煙を掴み流すよりも素早く。

瞬き一つ赦されぬ、幾千を御する動作。


「中々……!」


彼のそれはロクドウ・ラガンノットが行っていた支援と何ら変わりはない。

遠方から見ていれば平然と行われていたことではあるが、実行ともなれば何という切迫と重圧か。


「ですが、こちらも伊達に[邪鎖の貴公子]などと呼ばれてはいないのですよ……ッ!!」


紡ぎ、疾り、縫う幾千の鎖。

彼の内に渦めく奇妙な感覚のように、折り重なっては絡み合う魔鎖。

嘗ては一国を滅ぼし、塗り替えようとした自分が、国を護っている。

それが必要だと言うことは解っているし、自分の役目ということも解っている。

けれど、背後に居るあの子がそれを見ればどう思うだろう。自分の今の姿を、どう見るのだろう。


「……フフッ」


血走る眼に叛し、頬が緩む。

似合わない思考だ。いや、今微笑んだのはもっと別の理由か。

自分が国を護る? 全く持ってお門違いも甚だしい。

見ろ。眼前を奔る者達はこの国を滅ぼした軍人だし、背後の二人はこの国の出身者ですらない。

もしもこの国の為に戦っている者を真なる勇者と言うのであれば、戦人だと言うのであれば、それは周囲で霊体を倒す為に尽力するサウズ騎士達だ。自分ではない。


「フフフッ」


だが、それでも構わない。いや、そうだからこそ構わない。


「御二方、背後はお任せを」


あるのは奇妙な満足感と忠実感。

それが何を示すのか、自身が答えに到ることはないけれど。

眼前の二人が疾駆に一切の迷いも後方への憂いも無くなったことが、何よりの証明である。


「どうやら私の戦場は」


らしくない。

らしくないがーーー……、悪くない。


此所のようだ(・・・・・・)


彼等の意志を、この鎖に宿す。

眼前を疾駆する者達の信頼を、鎖に宿す。

後方の夫婦の期待を、この鎖に宿す。

あの男がーーー……、ロクドウ・ラガンノットが気軽に、へらへらと結界を操れた理由。

無論、技術や経験の問題もあるだろう。それが大きいのも事実。

しかし、それ以上に、彼は知っていたのだ。

自身が魔を振るう意味を。それに託された意志を。


「いつから私は弱者になったのか」


これではまるで、いや、そうなのだ。

今の自分は弱きの代弁者だ。代行者だ。

対の鎖はサウズ騎士達の意志。

刃の鎖はサウズの民の願い。

あの男は、耐え続けた彼等は、弱者の代弁者で代行者だったのか。


「否だ」


ウェーンの背後より召喚される幾万幾億に達する蛇が如き鎖。

それ等はヌエと自身の間までを覆い尽くし、即ち個の半球体を創り出したのだ。

魔力限界を超えた、全てを掛けた防御。地面を除く全方位からの支援を行うための、布石。


「彼等は代弁者でも代行者でもなく弱者そのものだ。彼等の強さは弱者そのものだ」


耐えることを知り、這うことを覚え。

姑息に生き残り誇りを捨てる意味を理解している。

彼等は間違いなく弱者だ。誇り高き弱者だ。


「此所では私もまた弱者であり、此所は」


だからこそ、戦場に立っている。

強者はこの戦場に居られない。弱者だから、今を戦っている。

世界の滅びに関係する訳でもなく、神に一刃を届けられる訳でもないこの戦場に。


「弱者だからこその戦場ーーー……!!」


弱者故に、立っていられるのだから。




読んでいただきありがとうございました

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