因果な作戦
何故だ。
{このッ…………}
何故、この者共は引き下がらない。
何故、この者共は諦めない。
何故、この者共は戦い続ける。
{ぬぅぅううえいあぁあああああああああッッ!!}
豪腕が大羽ごとヌエの体を弾き飛ばし、その身を僅かに跳ね浮かす。
故に、刹那の停止。身体が浮き上がったことによる行動の束縛。
その瞬間を狙い撃ったのはネイクの連続した弾道の嵐だった。
超絶的な疾駆による全方向からの銃撃。それ等は幾千の刃で刺し貫くが如く、ヌエの肉体を斬り裂いていく。
尤もーーー……、その傷さえも、直ぐ様回復するのだが。
{解ったことは二つです。彼女の肉体に展開された次元断絶の盾はそれを上回る魔力で攻撃すれば、例えそれが瞬間的な物でも通るということ}
ネイクはオートバーンの隣に降り立ちながら、眼鏡を陽光に照らして正し直した。
銃弾を装填する必要のない双牙を僅かに揺らすのは、以前の癖だろう。
{もう一つは彼女の光弾。恐らく、闇影で形成される刃と共に攻撃手段の一つでしょうが、これは中々に高威力です。真正面から受ければ大尉の装甲であれ貫かれると考えた方が良い}
{……つまりは?}
{絶対的に不利ということです}
{ふむ、成る程}
オートバーンは顎髭を擦り、軽く頷いた。
ネイクは会わせるように今一度、眼鏡の央を指先で上げて掛け直す。
{勝てるな}
{えぇ、勝てます}
彼等の確信と共に、吹っ飛ばされてくるニルヴァー・ベルグーン。
結界で着地の衝撃の和らげる準備こそしているが、オートバーンは横から抉り取るように彼を受け止めた。
と言うか、落下の軌跡上から無理やり奪い去った、というのが一番的確だが。
{で、その鍵はこの男というワケだ}
{ですね。……そろそろ離しては?}
{やはり細身の男と言うのは、うむ、悪くない}
{既婚者に手を出さないでください}
背後より歩んでくる凄まじい殺気を感じたオートバーンは渋々彼を手放した。
無言のまま固まり、自身の妻に庇われるニルヴァーを宥めつつ、ネイクは再び異様なる蝶へ瞳を向け直す。
{さて……、勝てるとは言え、相手は存外に厄介です}
次元断絶の纏い盾は瞬間的にでも魔力を上回らない限り、攻撃が通らない。
強制催眠の羽はまともに受ければ仲間同士で殺し合い、攻撃を強制的に逸らさせる。
貫通光弾と闇影の刃は相当な速度と威力を誇り、数も多い。
{我々はこんな態でも精霊ですからね。魔力も限られているし、全盛期の力を最大限出せる訳ではない。また、何より厄介なのが……}
ネイクの弾丸が撃ち抜いたのは、こちらへ這い寄ってきていた失敗作の霊体だった。
平然と撃ち抜いてこそ居るが、それでも魔力は消費される。
千分の一だろうが、万分の一だろうが、変わりはない。
千体殺せば、万体殺せば、それは零になるということなのだから。
{これです。無視して突貫するにしても、あの自爆がある。我々が積極的に攻め倦ねている理由ですね}
確かに、他のベルルーク兵達がこれを討伐してこそいる。
だが、その戦力からして削られているのはこちらだ。
現状から言ってしまえば、やはり不利なのだ。所詮今はロクドウ達による作戦で半身のそれを止めただけなのだから。
{自爆、躊躇なき突貫、規律的な行動。恐ろしいほど従順な兵士だ。従順な部分だけならこちらにも欲しいぐらいですね}
結局のところ、彼等の立てる作戦は突貫のそれである。
ネイクとオートバーン、そしてフレースにより、ニルヴァー・ベルグーンを通し、確実な一撃を撃ち込むということ。
不死でありロクドウの魔力を持つ彼だからこそ、それが可能となる。
全ての魔力を注ぎ込めば、確殺の弾丸となるだろう。
{端的に言えば人手が足りません。一人や二人ではない、数百人単位で、だ}
赦される機会は、一度だけ。
ニルヴァーの全力の一撃は次元断絶の纏い盾さえ越えて、あの存在に届くだろう。
それが出来るのはやはり、意識を自身で断絶出来、成せるだけの魔力を持つニルヴァーだけということなのだ。
「……つまりは、実現不可能だけど絶対に勝てる、ってことね?」
{端的かつ包み隠さず真っ直ぐ言うのであればそうですね}
ははは、とにこやかに笑う彼を前に、フレースは辟易とした、余りに疲弊した表情と成り果てる。
意外とまともではと思ったが、やはりこの男も狂い果てているということだろうか。
いや、比較的まともに狂っていると言えば全て言い表せそうだ。
{彼女が居れば楽でしたが……、まぁ、彼女には彼女の役目がある}
彼等に放たれる幾千の光弾と闇影の刃。
折り重なり、一切の回避場所さえなく、空を埋め尽くして。
{それに、人の因果というのは意外なところで繋がっているものだ}
それ等全てを、幾億の鎖が打ち払う。
「いやはや、ご無事で何よりです。ニルヴァーさん」
彼等の背後より歩み来るのは一人の男。
否、邪鎖の貴公子と称される男と、幾百のサウズ騎士達。
怒号に等しい咆吼だった。彼等は狂乱の叫びをあげながら、各々の物を手に疾走する。
「……ウェーン・ハンシェル」
「貴方とあの忌々しい獣人から重ね合いを述べられた時は少しばかり慌てましたが、こうともなると面白ささえ感じます」
「その前に、サウズ兵士を止めろ……! 彼等では……!!」
{いえ、止めて貰っては困る}
サウズ兵士達の手にあるのは、魔法石だった。
国の宝物庫だの個人の所有物だのある商人の品物だの何だのと。
妖精から精霊まで、召喚出来るなら構わないと何から何まで持ち出している。
{確かに彼等ではあの霊体の機械達には触れられない。かと言って妖精や精霊ではあの霊体を倒すことも出来ない}
「ならば、やり方を変えるだけだ」
一人のサウズ騎士が、ベルルークの兵士を殴り飛ばした。
繰り返す。問答無用で、何かと問う以前に思いっ切り殴り飛ばしたのだ。
魔法石を纏った手でーーー……、全力を込めて殴ったのである。
「ん、な……!?」
唖然としたのはフレースだけではない。
殴られたベルルーク兵も唖然として口を開くばかりだ。
自身の周囲で仲間達が同じように殴られているし、中には掌叩や両脚蹴りを決められている者も居る。
これではまるで乱痴気騒ぎだ。
ーーー……尤も、兵士達が驚いているのは殴られたことだけではなく、自身の傷が回復していくことに対しても、なのだが。
{魔力を供給する訳ではない。だが、媒体を通して召喚し直すことは出来る}
つまりは、だ。
サウズ騎士達は一人一人のベルルーク兵を精霊として、その魔法石を媒体に召喚し直したのだ。
そうすれば彼等の許容量と魔力が赦す限り傷は癒えるし、精霊の一部である武装も作り直すことが出来る。
{ふむ。ところで気になるのだが、殴る理由は?}
{さぁ? 一国を潰されたのだからそれぐらいやっても良いんじゃないですか}
「はっはっは。一度国を潰そうとした身としては気が気でないやり方ですねぇ」
ウェーンはネイクとオートバーンに向かってそれぞれ魔法石を投げる。
失敗作共からサウズ王国を守護し、濁流に結界を張った彼の魔力は残り少ないだろう。
だが、彼等を僅かに、ただ一撃のための礎と成すだけは、回復出来る。
{と、言う訳です。皆さんご協力願いますか? 実現不可能な、いえ、実現可能となったこの作戦を}
{作戦というか、力押しじゃろ}
「ですよねぇ」
{大体いつも通りです。相手が異常者しか居ないのなら、こちらには馬鹿者しか居ませんから}
微笑むネイクと共に、オートバーンとウェーンが夫婦を抱え立たせる。
眼前には強敵。例えそれを倒したとて、世界が救える訳ではない。
しかし彼等には撤退だの敗北だのという文字はない。ありは、しない。
いいや、正しく言えばーーー……、自分達の行動で世界が救える訳ではないが、と述べるべきか。
{さて……、それでは作戦を開始しましょうか}
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