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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
843/876

全てを賭ける刻

【地下施設周辺】

《最終試練場》


「オクスちゃん。ブチ破って」


少女の言葉と共に、鋼鉄の扉が爆ぜ飛んだ。

鋼鉄は部屋の中で幾度か跳ね、やがては天井に突き刺さって、がごりと地面に落ちる。

間もなく踏み征った彼女達の前に現れたのは、[怠惰]の踏ん反り返って居た一室とよく似た機械のある部屋だった。

言ってしまえば幾百の画面と幾千の装置。そして、座れと言わんばかりの貧相な椅子。


「……これは」


「最終しれェ~ん! ……のはずだったけど第一試練になっちゃった」


画面に映ったのは演技臭く肩を落とすユキバの姿。

そんな彼に対し、オクスは眼を顰め、フーは面倒臭そうに吐息を零し、イトーに到っては鉄の地面に唾を吐き捨てる。

嫌われすぎだろと本気で落ち込むのも程々に、ユキバはばちんと眼前の画面に手を着いた。


「これ、見えるか? これだ」


彼の画面へ押しつけられた手にあるのは、小さな錠剤。

指先ほどもない錠剤だ。飲めば、ほつりと喉に流れ込み体に溶けるような。

いや、事実彼はそれを飲み込んだのだ。イトー達の目の前で、ごくりと。


「……マズい」


「じゃあ何で飲んだのよ」


「いや、理由作ってやろうと思ってさ」


理由、と聞き返すよりも前に、彼は指先を成らす。

同時に醜く歪んだ笑みと、しぃという耳障りな音を流した。

彼のそれが何を示すのか、イトーだけではなくオクス達も理解出来る。

彼はまた何かをしたのだろう、と。


「お前等の後ろから迫ってきてる失敗作共の波な、あるだろ。アレが大体あと一時間ぐらいで到着する訳だが……」


それを止める装置が今飲み込んだ錠剤だ、と。

彼から零れるしぃ、という音が、虚室へ響く。


「それを止めるにゃ、どうすれば良いか解るだろ? なァ」


直後、彼女達の眼が見開かれた。

残り一時間だと彼は言った。それはつまり、或いは自身の余命宣告でもある。

臓腑まで届いたそれを取り出すという事は、つまりそういうことだ。

戦人でもない彼がそんな傷を負えば致命傷は必須。即死さえも、有り得る。


「序でに言えば……、見てみろ」


ユキバの画面が隣に映し出されるのは、世界各地の映像。

どうやって映しているかは解らないが、それでも映っているのが事実であることは解る。

幾万の獣が飲み込まれ、幾千の人々が引き裂かれ、幾百の街が消え逝き、幾十の国が潰し滅ぼされる姿。

違い無く、その純白の濁流も引き裂かれる悲鳴も、真実の姿だろう。

しぃ、と。零れる音と共に映し出されるその光景は。


「アレが世界を覆い尽くすのは俺の予測で大体一時間ぐらいだ。つっても世界中が無抵抗ならの話だがな」


そう、一時間。

彼女達が失敗作共に飲まれるのと同じ時間。


「……自分の命さえ、賭けるのね」


しぃ。


「俺ァ人間だぜ? 何処の野郎みたく強靱な力はねぇし絶対的な魔法も魔術もなけりゃ凄ぇ武器もねぇ」


しぃ。


「だったら、テメェの命ぐらい賭けねェと欲す物も手に入らねぇだろ?」


ーーー……しぃ。


「イトー。そこにあの蝕陽を止める為のプログラムをブチ込んである。モチロン言語は日本語でな」


イトー以外には解除させない為の措置だ。

いや、元よりこの機械がある状態で彼女以外に解ける者は居ない。

或いは、彼女自身でさえも。


「……解け、って?」


「別に無視しても良いぜ。喜ぶのはエンドジャンキーとカミサマぐらいなモンだ」


俺は喜ばんがね。

その言葉と共に零されるしぃ、という音。

そうして、世界を映す画面全てが切り替わり、やがて巨大な一つの地図となる。

中央のユキバに繋がる、幾つもの道順が示された地図が。


「オクス、フー。この道が最短だ。俺を殺しに来い」


「……師匠」


「あーっ、と。今更俺を殴るだけで殺さないとか生温いこと言うなよ? 興ざめだ」


「いえ、そこに躊躇はありませんが」


「と言うか今から全力で突っ込みたいんだが、どうだろう」


「お前等ホントにエグいよね。泣くぞ」


ユキバはおよよと目元を擦るが、未だ演技臭い動作は消えない。

いや、それどころか涙を弾いた指先が、壁面の時計を示す。

既に九の数字を示し掛けている、その時計を。


「時間ないけど大丈夫?」


オクスとフーは歯牙を噛み締め、憤怒を呑む。

全て彼の言う通り、定められた道順を辿るしかないのだ。

いや、そういう風に作っている。己の命という対価を支払い、自身の欲望の為に、未知への知欲という欲望の為に、全てを支払おうとしている。


「人間の一生はどれだけだ?」


嘗て、ある男は人間一生五十年と言った。

俺が生きていた時代はもっと短い。誰も彼もが誰かの掲げた信念とやらの為に命を擲つ世界だった。

そして今、この世界。人も獣も、魂は余りに軽く、余りに容易く。


「だがな、そんなのは関係ねェんだ」


しぃ、しぃ、しぃ。

歪み狂った嗤いが、牙を剥く。


「十年だろうが百年だろうが千年だろうがよォ! 生きてンのは今だ!! 今この時だけだ!! テメェが現在いまに全力尽くさねェでよォ!! 過去も未来もあるかよ!? なァ!!」


現在の為なら全て捨て去ってやろう。

唾棄すべき過去なぞ知ったことか。どうなるか解らん未来なぞも知ったことか。

俺がこの戦いで知ったのは現在という意味。そして、それに生きる理由。


「弱者だからこそ、全てを賭ける。そりゃァ腕だろうが脚だろうがド頭だろうが魂だろうが変わりゃァしねェ」


しぃーーー……。

故に、始めろ。この盤上で、動いてみせろ。

テメェ等の全てを賭けて、俺を殺してみせろ。


「さァ……、俺の戦いを始めようか」




読んでいただきありがとうございました

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