勝る二つのもの
{嘗て、ある男達が居た}
それは、追憶。
神が過ごした日々と、幾千の刃を振るい。
願い果て、封じられた過ぎ去りし永劫。
{一人は誰よりも強く、一人は誰よりも勇敢であり、一人は誰よりも気高く、一人は誰よりも冷静であり、一人は誰よりも豪快であり、一人は誰よりも仲間想いであり、一人は誰よりも優しかった}
語ることは、ないだろう。
誰も彼もがこれを唾棄する記憶だ。
彼等はこの世に居ない。彼等を知る者も、最早片手で数えるほどしかこの世には居ないだろう。
自身復活の計画が進められるよりも、遙か以前の、記憶。
{彼等の魂は……、輝いていた}
自分の肉を斬る感触を、覚えている。
臓腑を貫かれる感触も、眼球を刺し貫かれる感触も、覚えている。
{……貴様のように}
轟々と、焔を纏い。
未だ再誕仕切らない皮膚を引き摺り、轟焔の中を歩む。
彼女の眼に宿るのは灯火。殺意、憤怒、憎悪ーーー……、果てなくあれど、やがては決意となり収束する、信念。
「女の子と二人きりの時に他の人の話するたぁ……、不届き者ですね}
{……む、そういう物なのか}
「かーッ! これだから引き籠もりの神は!!}
{女心は雨雲の流れより難しいとは言うが……、うむ。オロチの言う通りだったな}
「何教えてんだあのオッサン}
指先まで、漸く再誕が完了した。
皮膚辺りに違和感はあるが、まぁ、動かすのに問題はない。
今の下らない会話の時間で回復しきったーーー……、と言うよりは待たれた、というところか。
随分、舐められたものだ。
ーーー……いや、この者の場合はそれが礼儀なのだろう。
「……さて}
爪先を、何度か大地に打ち付ける。
幾度か波紋が起きるが、爪先が濡れることはない。
この世界で自分を濡らすのは汗と鮮血ぐらいなものだろう。
「ちと、限界超えますか}
自身の肉体が変質した影響、だろうか。
奇妙なほどに軽い。羽のよう、と言えば流石に言い過ぎだろ。
逆に指先の違和感は硬質化、とでも言おうか。少し、皮膚が硬くなっている様な気がする。
だから、出来るのだろう。この程度ならば。
{……幾度でも、受けて立とう}
その言葉が終わらぬ内に、彼女は消えていた。
疾駆ではない。むしろ、跳躍に近い。
撥ね飛ぶはずも無い水面に残影を刻み、飛沫を舞わせ。
紅蓮の軌跡を、伝う。
{背後……}
踵を、返し。
衣を翻しながら神槍の鋒を振り払う。
そうあるべき摂理は従い、やがて流れる斬撃の先に彼女の姿は現れた。
「当たりゃァ良いんでしょう、当たりゃァ}
彼女が取った行動は、腕を一本犠牲にすること。
払った訳ではない。巻き付けさせた訳でもない。
真正面から、殴り飛ばし。左拳から肘までを貫通させたのだ。
「これで、その理とやらは満たされた訳です}
だったら此所からは私がルールだ、と。
彼女の腕から吹き出た鮮血が、ツキガミの眼を潰す。
片目を潰されたことによりほんの僅かな、刹那にも満たぬ隙が神に生まれる。
それだけあれば良い。右掌に握られた紅蓮の刃が、音すら置き去りにしてその首根を斬り裂くには。
{……益々、あの者共を思い出す}
いや、これは無礼だったかな。
そう述べる神は、何処か嬉しそうに目元の鮮血を拭い去った。
首根の薄皮を裂いた、否、薄皮しか裂けなかった、彼女の斬撃を受けながら。
「……神って怖ぇわ}
{そうか? 畏怖されることは幾度かあったが、そうとは……}
裏峰を摘み、緩やかに引き離していく。
平然としたその表情を前に、スズカゼは恐怖や敗北感を示すことはない。
むしろ笑みさえも、浮かべている。
{……このまま、爆炎でも放つか?}
「いや、ね。思うんですよ}
力で負けている。護りも負けている。
速度も負けているし魔力も負けている。
序でに言えば戦法も魔術も魔法も、再誕力さえもだ。
「精々勝ってンのは容姿美麗さ可憐さ美しさ可愛さ色気朗らかさ美貌全貌体型ぐらいなモンです}
{この肉体は男性だが……、女性がそれを張り合うのか?}
「…………}
{…………}
暫しの静寂ーーー……、を超えて。
スズカゼはまぁそんな事はどうでも良いんですよと息を吐き出した。
重要なのは、ここからだ。
「だったら、私が迫れるのは何か}
力、護り、速度、魔力、戦法、魔術、魔法、再誕力。
全て負けている自分が、何で勝てるのだろう。
そう考えたとき、思い当たるのは一つだけだった。
いや、正しく言えば、二つだけれど。
「知ってます?}
真焔の刃を、握り締めて。
「私、結構根に持つ性格なんですよ}
刃が、焔を放つ。
しかしツキガミの指先に伝わる感触は、先のそれではない。
彼女は自身の魔力全てを、制御や範囲度外視で放とうとしている。
{……己の身さえも、炸裂させるか}
「この武器なら耐えられるでしょう?}
彼女の頬が、醜く割れる。
例え再誕力で劣ろうと、結局死なないのは変わらないのだ。
そして、この刃が炎の中で燃え尽きることはない。
{……根に持っていたのか}
「えぇ、持ってます}
ならば、業火を猛らせ続けよう。
己の全力を賭せば皮膚ぐらいは焼けるはずだ。
自身の骨肉風情が代償ならば、安いものであり。
「さぁ}
勝っているものは、二つ。
武器と、根性。たった、二つだけれど。
それでもこの両脚を踏み止まらせ、刃を握り締めるには充分過ぎる。
「根比べと、いきましょうか}
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