閑話[とある暇人の話]
【サウズ王国】
《第一街中央部・王城東門》
「あれー? んー?」
「……何をしてるんですか、メタルさん」
昼下がりの王城の東門には何かを探すメタルの姿があった。
先程から周囲をうろちょろされている門番の兵士は堪らず彼へと問いを投げかける。
相変わらず探すのを止めないメタルは、彼に視線を合わせることなく答えを返した。
「スズカゼ見なかった?」
「第三街領主のですか? いえ、見てませんが……。何かご用で?」
「いやな? 何かメイアから頼まれてるらしくてさぁ。俺も暇だから着いていこうかなーと思って」
「……暇なんですか?」
「だってやる事ないし」
「……放浪者なんですよね?」
「この国に居た方が飯も食えるし……、な?」
兵士は生暖かい目で彼を見下す視線を送る。
しかしメタルがそんな事を感じるはずもなく、スズカゼを探して何処かへ行ってしまった。
この日、メタルに対する兵士達の視線がさらに生暖かくなった事に、彼は気付いていない。
《王城・応接室》
「ここにも居ないかー」
応接室にノックもなく入ったメタルの目に映ったのは、大臣だった。
彼ともう一人誰か居て会話中だったのか、二人の間の机には湯気立つ紅茶が置かれている。
「ありゃ? 大臣、話し中だった?」
「い、いえいえ! ただの世間話ですからな! お気になさらず!!」
「お……、おう」
急に慌てだした大臣はメタルの隣を逃げるように走り去っていく。
明らかに挙動不審だったが早々に去られた為にメタルは特に言及する事も出来ず、彼の後ろ姿を見送っていた。
誰と話をしていたのか、と室内に再び目を向けた彼の視界に映ったのは兜。
「……デューか!」
「あ、メタル。久しぶりですね」
そこに居たのは相変わらず鎧を纏ったデューだった。
彼の前に置かれた紅茶が少し減っている事から飲んだのが解るが、兜が脱がれた様子はない。
一体、彼がどうやって食事をしているのかは相変わらず不明なままである。
「何でこんな所に居るんだ?」
「いえ、大臣さんに呼ばれたんですよ。何でも少し調べて欲しい事があるとかどうとか」
「……へぇー。その頼みってのは?」
「言う前に貴方が来たんでしょーが。あぁ、もう少しで美味しいお菓子を出してくれる雰囲気だったのに……」
「な、何か悪い事したな……」
「まぁ、それは別に構わないんですけどね。それより、貴方はどうしてここに?」
「あ、そうだった。スズカゼ見てねぇか?」
「スズカゼ……。あぁ、第三街領主の! 彼女にはこの前会いましたよー。ご飯も奢って貰ったし、良い人ですねぇ」
「お前良い人基準が解らねぇよ……」
「あの人なら第二街の朝市で見ましたよ」
「朝市で?」
「えぇ、少し見物に行くと見かけました。話はしてませんけど」
「それ、いつだ?」
「昨日です」
「意味ねぇえええ! この前会ったってそういう意味かよぉ!!」
「あははははは。私、ここ数日は宿でじっとしてましたからねぇ」
「……そう言えば、まだダリオは帰ってきてないのか?」
「あぁ、彼女」
デューは手元の紅茶を飲み、それを静かに置く。
音もなく兜の口元が開いた事にもメタルは驚いたが、それより彼の口すら見えなかった事にさらに驚いた。
黒い靄のような物が掛かっていた事から、恐らくは隠蔽魔法か何かだと思われる。
どうしてそこまで素顔を隠すのかは解らない。
まさか本当に口がなかったりーーー……、とメタルが考えていると、デューはさらに言葉を続けて彼の思案を断絶させる。
「見てないんですよ」
「は?」
「この国に来て彼女が出て行ってから、姿を見ていない」
「……行方不明か?」
メタルの声の調子が変わり、非常に重々しい物となる。
この国で行方不明など、まず有り得る話ではない。
第一街、第二街、第三街、と構成された円形状の国内は至る所に人民の住居や施設があるのだ。
確かに人目の届かない所こそあれど、ギルドでも名の知れたパーティーである冥霊の一人がそこら辺のチンピラに負けるはずもない。
だとすれば、そんな人物でも周囲に感付かれることなく消し去れる人物がこの国に潜入している事にーーー…………。
「私達の予算、半分持って」
「え? 何て?」
「財布からねぇ、消えてるんですよ。冥霊の全予算の半分が」
「それ単に遊び回ってるだけじゃねぇの!?」
「ふっふっふ。また金策の日々が始まりますよぉ。大丈夫、食事だって野草で済ませられるんだ」
「帰ってこい! こっちに帰ってくるんだ、デュー!!」
「ははっ、冗談ですよ」
「だ、だよな。流石に不憫すぎ……」
「食べるのは木の実です」
「デューーーーーーッッッ!!」
「ぷちぷちしててね。もうね、食感がね」
「良いから! 聞いた俺が悪かったから! な!?」
「はっはっは……。それはそうと、どうして彼女を探してるんですか?」
「いや、単に暇だから」
「貴方って人は……」
ぎゃあぎゃあと喚き合う二人の隣では、いつの間にか紅茶は冷めて空は暗くなり始めていた。
因みにこのとき、既にスズカゼは国外へと出て行っている。
彼がそれを知るのは翌朝、ゼル邸宅を訪ねての事だった。
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