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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
839/876

星を護りし者

「……存外、悪くない」


彼は器用に、片手だけで煙草を擦り上げて咥え、指先の灯火で着火する。

悠々と、木漏れ日の中で煙を吸うかのような、面持ちだった。

然れど彼の肉体は幾永と積み上がった土嚢に埋まっており、いや。

彼の肉体が弾かれ、その衝撃で出来上がった土嚢に埋まっているのだ。

だが、肉体に損傷はない。精々、掠り傷ほどしかありはしない。


それ(・・)で良いのだ。己の意志無くして、何かに流される生など傀儡と言わずして何と言う」


白煙が、死の大地を揺蕩って。

やがては灰燼となり、風に攫われていく。


「傀儡に魂はない」


指先を振るい、流れて。

その男は微笑むように、口端を歪めた。

殺戮、虐殺、闘争。何と美しきか。

この世にこれ以上の物はない。いや、これより美しい物は、ない。

他にあるとすれば、それは一つ。決して叶わぬ願いを叶えようとする意志だけだ。


{休息は……、済んだか}


「あぁ、吸い終えた」


立ち上がったイーグの眼に映る、天霊。

否、それを最早天霊と称して良いのかは定かではない。

欠片とは言え、神の力を喰らったのだ。

肌先が震える。未だ嘗て、四天災者と対峙した時でなければ、或いはあの者達と対峙した時でなければ味わえなかった感覚だ。

悪くない。存外に、悪くない。


「……さて」


感涙に咽び泣くほどの感情があるならば、如何ほど痛快だろうか。

この眼が涙を流すことはない。この喉が嗚咽を零すことはない。

ただそれ等を代弁するように、口端が裂けるだけだ。己は嗤うことしか知らぬ。

然れどそれで良い。それだけで良い。

闘争には拳と脚と、牙さえあれば、それで良い。


「灼炎に沈め、天霊」


{失せろ、四天災者}


隻腕と豪腕。

互いは交差し、その頬を撃ち抜いた。

衝撃一寸で土嚢の山が吹き飛び大地の大半が抉れ失せる。

だが、彼等の身から流れ出るのは、鮮血一筋のみ。


「ケハッ」


{……未だ嗤うか。狂闘者め}


拳撃、一閃。

否、オロチの拳は大地に突き立てられたのだ。

だが、同時にイーグは己の眼前で隻掌にて虚空を眼前にて圧殺する。

それを擬えるが如く、摩天楼にも等しき岩牙が大地より放たれるのは刹那の後だった。


「嗤うとも」


牙は、一閃では止まぬ。

放たれ、彼を跳ね上げた牙より新たな牙が。

それが幾度も折り重ねられ、やがては雲さえ超えた領域へ彼を跳ね飛ばした。

弄ぶように、ではない。正真正銘、確実に殺す為に。


「嗤わずに居られようか」


幾千と迫る岩牙の軍勢を前に、イーグは隻腕を弾く。

くれてやろう。決死などあるはずもないが、その片鱗を。

蝕陽より這い出る巨人を背にして拳を構える貴様にならば、欠片をくれてやることなど惜しくはない。


灼炎の堕天翼(レーヴァテイン)


それは嘗て、星の一角さえも喰らい灼いた天叡の炎。

ある少女の、全ての魔を喰らう紅蓮の衣さえ貫いた一撃。

それは確かに、最上の一撃であろう。万物を灼き殺すであろう。

だが、違う、違うのだ。その一撃は、一撃ではない。

ただ翼を広げるだけのそれが、一撃であるはずなどないのだ。


〔星より堕ちし影〕


その詠唱を聴いた瞬間、オロチの表情は豹変した。

恐れ、恐怖、困惑、焦燥、激動。様々な物が入り交じっただろう。

だが、その双眸が歪むことは、決して無かった。


〔堕落せし魂。純血を焦がし願う処女の吊り首〕


詠唱を止めはしない。止まるはずもない。

故にオロチは全ての魔力を収束させる。一切を残すつもりはない。


〔起源の焔は魂を灼き、淵源の殺意は炎により死を与え賜う〕


双腕を大地に撃ち付けたオロチと、天を覆う幾千の腕掌。

巨人のそれよりも遙かに巨大な、そして重圧な大地の土塊。

例え幾千の銀刃、幾千の銃弾であろうとも、永久に破られぬ盾壁。


〔その髄漿を吊すのは何か。その処女を堕落させ首を撥ねたのは何か。その醜き戒律を初めに躙り嗤ったのは何者か〕


その全てをさらに巨大な、星にその身を覆い被せられようほどの巨人が覆った刻。

大地が躍動し、地の果てが刹那の静寂を得た刻。


〔人に宿る、緋き殺意の焔に他ならぬ〕


イーグの背に舞う、堕天の片翼。

それは緋羽を墜とし、隻腕に纏われる。

形状を称すであれば銃。殺意を示すであれば剣。

造形を有すであれば槍。収束を述すであれば杖。

灼炎により創られた死の全ては、違いなく、命を奪う殺戮の権化。


灼焔(ゼロ・デマイズ)


原初にして、終焉。

それは、一撃であったかどうかさえ不確かな物だった。

巨大な緋焔色が、星を滅す。その一撃の彼方にある、闇宙にて光を放つ幾千の星々を。

焔が尽きることはない。星の一角を遙かに超える、それこそ央さえ抉り抜かんばかりの炎。

果てなく放たれ続けるそれは、ただ無限の彼方へ消えて逝く。

過程にある全てを灼き殺し、殺戮の限りを尽くしてーーー……。

塵一つ残さずに、か。否。その塵という理さえも、灼き殺す。


「…………」


述べるべき言葉はない。

眼前にて、消え失せた大地が答えだ。

称賛はないし、侮蔑もない。ただ奇妙な充実感だけが、彼を満たす。


「……善くぞ」


述べるべき言葉はない、はずだ。

然れど、それでもイーグは称賛せずには居られなかった。

侮蔑などするものか。この様を、何故侮蔑出来ようか。


「護り通した」


その者は、そこに居た。

幾千幾億と重ねられた、壁盾の真正面に。

大地の腕掌が庇ったのは彼ではない。いや、彼は自身を護ろうとはしなかった。

怏々と巨腕を広げ、己の身さえも、全ての魔力さえも盾にして。

その蝕陽より這い出る巨人を、神の半身を護ったのだ。


「……見事なり、天霊オロチ」


灰燼となりて、崩れ逝く。

イーグはその様から眼を外しはしない。

敬意を持って、その死を見届ける為にーーー……。




読んでいただきありがとうございました

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