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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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天霊の願い


それは、一瞬の出来事だった。

己の頭より踵を離し、歩んでいく四天災者[灼炎]。

その者は隻腕に焔を纏い、狂嗤に頬を歪ませ、純然なほどの殺意を抱いて神へと接近していく。

己が止めることは出来なかった。肉体が動かず、そも立ち上がるべき脚が未だ再誕し切っていなかったのだ。

故にただ惨めな叫びをあげることしか出来なかった。

出来なかったのだ。故に、そうなり得たのだろう。

その一瞬で、四天災者[灼炎]が姿を消したのだろう。


{捧ゲヨ……}


何があったのかを詳細に説明することは出来る。

その存在が、四天災者と刹那の内に攻防を繰り広げたのだ。

初めに拳を振るったのはイーグだった。拳撃はその頭蓋を爆ぜ飛ばし、地の彼方まで衝撃の痕を刻む。

しかしそれに対し、闇の存在は回避や防御以前に、再生という文字すらも、ない。

元より攻撃を受けていないかのように、平然と、歩んだのだ。

それを前にイーグは狼狽え一つ見せず、続き脚撃二発と火炎の放射を一発。

無論、彼もそれでどうにかなると思っていた訳ではないらしい。その眼は殺戮のそれから模索のそれへと変わっていた。

故に、気付いたのだろう。この存在を前は、最悪の存在であると。


{我ニ}


イーグは手を引いた。

文字通りではなく、防御のために。

もしそれが瞬きほどでも遅ければ、どうなっていただろう。

それが、空塵を払うが如き腕振りでーーー……、彼は遙か地平まで、吹っ飛ばされたのだから。


{捧ゲヨ}


そして、その存在は今、己の眼前に居る。

両手を広げ、迎えるように。その姿は正しくあの御方と重なった。

蹉跌の器に虐げられるあの方ではない。嘗ての、大戦の時のーーー……。


{神よ……}


地に伏すしか能の無い己へ、膝を折って下さる。

差し伸べられたその手が、姿と共に過去の追憶に重なっていく。

神だ。この御方は間違いなく、神なのだ。

例えその姿は悍ましくとも、その身が力を求める権化となろうとも。

今はまだあの太陽という光を喰らっていたように、元の身代に戻ろうとしているだけに過ぎない。

やがてはツキガミと同化し、彼方の栄光を取り戻すのだろう。

あの神々しき神へと、成られるのだろう。


{我ニ、魂ヲ捧ゲヨ}


その者が差し出し、触れた指先よりオロチの肉体は融解していく。

皮が溶け、肉が液体となり、骨さえも塵となる感触。その苦痛は想像を絶する物だった。

だが、それ以上に安堵がある。漸く、己の不始末を付けられるのだ、と。

目的を達成する為の真なる礎になれるのだ、という、安堵が。


{安息ヲ与エヨウ}


オロチの肉体は、沈んでいく。

寄り掛かるように、その身は呑まれていく。


{安堵セヨ。安心セヨ}


腕が、呑まれ。


{我ハ全テヲ喰ライ、天ト成ロウ}


臓腑が、呑まれ。


{アノ陽ヲ喰ライ、人ヲ喰ライ、獣ヲ喰ライ}


双眸さえ、呑まれ尽くし。


{我ハ再ビ、神トシテ返リ咲コウ}


何かが変わった訳ではない。

ただ、己の身代の倍はあろうかという大男が眼前より消え失せただけ。

己の肉体へと、消えただけ。還っただけのこと。


{コノ世ニ君臨スルコトヲ約束シヨウ}


嗤う。

大仰の腕を広げ、天へ牙を向ける。

オロチが生み出した草木はその嗤吼と共に枯れ果て、否、全てが大地へと還り果てた。

草木ばかりではない。業火より逃れていた獣達でさえも、全てが命を失いて地に墜ち、死に絶える。

一度は潤い、そして灼かれた大地が、再び死に覆い尽くされたのだ。

いや、違う。死ではない。それはあくまで還元。神の元に魂魄が還っているだけのこと。


{今征クゾ、半身ヨ}


平然と、歩む。

闇の踵が躙っていた大地は、塵と成り果てていた。

枯れ尽きた地でさえも、喰らう。寸分の生命さえも全て、その身に飲み込む。


{我ガ血肉トナリテ、再ビ魂達ノ怨嗟ニ答エヨウ}


蝕陽を背に負う姿は、如何となく神々しいものだった。

人々がそれを眼にしたのなら、何かを認識するよりも前にそれへ魂が還ることだろう。

だがもし、もしも、それが何かを認識出来る刹那があるとするならば。

彼等は間違いなくそう述べるはずだ。

ーーー……神、と。


{然りであろう}


その者の歩みが、止まった。

刹那の静寂。困惑を、示すが如き、停止。


{…………}


次第に下がった視線に映るのは、腕だった。

飲み込み、喰らったはずの、腕。


{貴方は神だ。儂が崇拝し、信じ崇め奉る神に他ならぬ}


腕は、その身より這い出て。

次第に闇なる者もまた、苦悶に牙を剥く。

何が起きているのか。何故、喰らったこの者が出て来るのか。

己は、そうあれかしと望んだのではないのか。


{だが……、違う}


腹より這い出た剛掌が、闇の頭蓋を掌握する。

それが全力で引き込まれ、その者が己の臓腑へ喰らわれるのは間もないことだった。

オロチという天霊がその者の腹より這い出て、逆にそれを喰らうのはーーー……、間もないことだった。


{我が望み、あの方が応えてくれたのは……、力などではない}


闇の腕が、オロチの首根を掴む。

その眼は憎悪と憤怒の入り交じった、果てしなく醜悪なものだった。

我を裏切るのか、と。そう吐かんばかりに。


{失せよ半身}


その腕を、掴み。


{儂は、例え己を裏切ろうとも}


大地へと、叩き伏せた。

その衝撃は地星より塵煙を巻き上げ、漆黒の彼方にある光輝さえも滲ませる。

嘗てを遙かに凌駕した、神を喰らいし者の一撃。


{己の願いを裏切ることだけはせぬ}


最早、その身に迷いは無かった。

彼の者の願いにもまた、曇りなどあるはずはない。

その背に負いし信念、歪むこと、無し。



読んでいただきありがとうございました

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