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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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零れ落ちるもの


【地の果て】


「硝煙、血砂、焦肉の臭い……」


曲調を刻むが如く、仰々しく両手を広げ。

その男は君臨していた。幾千の命を弄り、嗤叫に頬端を歪ませ。

世界を嘲笑うが如く、牙を剥き。


「良い……、香りだ」


彼の者の眼前に広がるは、死。

幾千という命が、大地の緑草が、大獣の骨肉が、天霊の歯牙が、死していた。

例えるならば悪魔が対価の貨幣を並べ、人間の耳元へ囁くように。

その男は未だ、悦言を口端より垂らしていた。


「どうした天霊? 貴様の脚はまだあるぞ」


否、脚だけではない。

腕がある。指があり、眼があり、臓腑もある。

そうだ。貴様はそうなることを望んだ。

不死であり、個の世界となることを望み。

やがて己の前に立ったのだから。


「立て。まだ俺は飽き足らん」


平然と見下し、闇の眼光にて吐かれる侮蔑の言葉。

然れど天霊は立ち上がることは元より、叛す言葉を述べることさえ出来ない。

否、その脚は己の物であり、己の物ではなかった。

勝てないということが理解出来る。理解、出来てしまう。

何故だ。今この時まで、延々と積み重ねてきたではないか。

この者達への対抗手段さえ、この身に世界を宿すことにより得たはずだ。

それが何故、通じない。


「どうした?」


オロチの頭部を、躙り。


「足掻け、藻掻け」


刹那、大地が文字通り消し飛んだ。

その者を央とし、幾千幾多と消え伏せたのである。

大地の流脈に到ろうとも止まらぬ。真紅のそれが吹き出そうとも、止まらぬ。

その者はただ、轟々と噴き出し、延々と猛るそれ等の淵にて、吐き荒ぶ。


「奴等はそうではなかったぞ?」


吹き上がる業焔の波を受けども、平然と。

裂けた口端より覗く牙が、収まるはずもなく。


「腕が千切れ、臓腑を乱され、鮮血を流そうとも止まらなかった。その眼にあった憎悪と憤怒、そして歪みなき決意の闘志は見事だった」


だが貴様はどうだ、と。


「神? 世界の平穏? 精霊の楽園?」


全く持って。

下らない。


「盲信から産まれるのは蛮勇だけだ」


みちりみちりと音がする。

戦果の最中で幾度と無く耳にした、肉の潰れる音だ。

心地良い。そして続き、骨が抉れ返る音がする。

神経が千切れ血管が弾け、やがては、中身までもーーー……。


「……いや?」


噴出する流脈の中でさえ、鬱陶しい程にその耳は澄んでいる。

聞き間違えるはずもない音だ。その音は、この身に果てしなく染みついている。

ならば何故だ。何故、この音がする? この音が、空から聞こえる?


「そうか……」


彼の視線は影を拭い、天へ向く。

連れて口端は嘲笑や侮蔑から、歓喜へと。


「来た、か」


それを、何と形容すべきか。

割れていた。太陽が、割れていた。

間違いなく偽物だ。蝕陽。それは本物の天の炎ではない。

それでも巨大なそれが、天のそれが、割れていたのだ。


「喜べ、天霊」


闇と光の狭間から。

その眼は、覗いていた。


「神が目覚めたぞ」


繰り返す。それを何と形容すべきか。

巨人か、魔人か。オロチが生成した土の巨神よりは小さく、然れど魔神とも呼べる四天災者より遙かに巨大な。

いや、それを相手に大きさで尺度を取るべきかさえも、定かではない。

それは確かに蝕陽を割って、扉に体を滑り込ませるように、這い出ようとして来ているのだから。


「予想より少し早いが……、歴史的瞬間に立ち会った、とでも言おうか?」


天眺するイーグの脚下で、オロチは地を掻き毟るように眼を空へ向けた。

その姿は彼の識っている物より、或いは信じてた物よりも幾倍も悍ましい。

人間の手を借りたからか、相応しい器に入りきらなかったからか、一度零れ落ちてしまったからかーーー……、否、そんなのはどうでも良い。

神が、今、降臨されようとしている。その身に光を喰らい、現れようと。


{……か、みよ}


みちり、みちり。

余りに鈍重。傍目に見ていれば、変化が起きるまで数度の欠伸を繰り返してしまいそうになるほどに。

だが、確かに動いている。その蝕陽を割って、這い出ようとしている。


「成る程、見事だ」


イーグはそれに手を伸ばした。掴むように、ではない。なぞるように。

指先で弧を描きながら、半円の中より這い出ようとする何かに向かって。

醜悪なる、笑みを向ける。


「それも終わりだが」


爆音、ではない。

圧縮された空気が、吹き出るでも弾けるでもなく、無くなっていく音。

強いて言うのなら風船に近い。風船の口を縛って、針先ほどの穴から空気が抜け出るような。


「溶けるのは初めてか? 神」


例え神であろうとも、その灼炎が逃すことはない。

内部から溶かす。轟々と燃える炎は内部に一塊だけで良い。

然すれば皮膚という覆いによって肉は蒸され骨は灰となり血は湯となろう。


{貴様ァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!}


絶叫は届かない。

ただ足蹴にされ、惨めに躙られるのみ。

オロチは藻掻く。神へ唾棄した男への果てしない憎悪と怨嗟の為に。

然れどやはり、実を結ぶはずなどないのだ。

その圧倒的な力の前にはーーー……。


「……ほう」


歓喜と共に、息と零す。

イーグの眼に映るその巨人に変化はなかった。

確かに灼き殺したはずだ。だと言うのに依然として、這い出ようと足掻き藻掻いている。

いや、敢えてそれを指摘するのであればーーー……、その巨人から零れ落ちたであろう雫を指摘するのであれば。

その雫は違いなく、人の形をしていた。


「成る程。ゼル・デビットの器は余りに小さく……、いや、適正があっただけでも相応か? しかし、どちらにせよ……」


アレは汚染でもされているのか。

彼の言葉通り、それはオロチの述べる美辞麗句とは余りにかけ離れた存在だった。

泡沫が湧き出る闇の肉体。灯火のように照る真紅の眼。

誰が知ろう。その姿が、この戦いの中で死した、或いは戦っている天霊達に酷似していることなど。

その神の半身を汚染したのが他の誰でもない、幾千と死した天霊達であることを。

その身を世界の果てに消し飛ばした者達であろうことを。


{……神?}


困惑し、狼狽する。

オロチは言葉も無くその姿を見ていた。見ることしか出来なかった。

何が起きているか、ではない。何をすべきかが、解らない。


「……暫し、楽しめそうだな」


それに叛し、四天災者は相変わらず嗤っていた。

必然である。そうあって、然るべき者なのだから。

然れど彼は気付かない。その異様な闇の者がーーー……、己と同じく嗤っていることを。






読んでいただきありがとうございました

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