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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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仮面を脱いで

【シャガル王国】

《海岸線》


小波の音が聞こえる。

いつだったか、あの子を連れて海に行ったことがあった。

あの頃はまだ泳げなかった彼女はとても不機嫌で、海に居た時よりも砂浜で彼女を慰めていたときの方が長かったように思う。

あの時は確か、かき氷や氷菓を買って上げたのだったか。


「起きろ。おい」


そう、こんな風に私がうたた寝していると、服裾をーーー……。


「起きろと言っている」


「……あぁ」


彼が目覚めたとき、見えたのは木造の天井。

そして自分が寝っ転がっているであろう純白のベッドと、その隣で不機嫌そうに眉根を顰める少女。


「走馬燈、見てました」


船内は、余りに喧騒で塗れていた。

右へ数人が走れば左から十数人が走っていく。その手に木片や包帯、或いは弾丸だの砲弾だのを持って、だ。

血塗れの瀕死重傷者二名の手当に奔走しているのだから、そう騒がしくなるのも当然であろう。

尤もーーー……、喧騒の理由は決してそれだけではないだろうが。


「目覚めた初っ端から悪いがよ、オッサン」


「はは、オッサンですか。お手厳しい」


「それどころじゃねぇんだよ、こっちは」


船内を駆け回る者達に指示を出しつつ、カイリュウはバルドの隣へと腰掛けた。

彼は肩で息をするように呼吸を乱しており、つい先程まで船員同様に奔り回っていたことが解る。

額に滲む嫌な汗を見れば、やはり同様に。


「お前等の手当は超獣団とか言うフザけた連中が」


「フザけてないぞ!!」


「……フザけてないらしい連中が頑張ってな。このまま安静にしてりゃ命に別状はないらしい」


カイリュウがバルドの枕元にある木机へ手を伸ばす。

そこにある煙草を吸いたかったらしいが、ある少女の一睨みで渋々手を引っ込めた。


「だが……、安静にしてて貰う暇はねぇんだ」


「でしょうね。私もそうしようとは思わない」


肘に身を預け、激痛奔り回る肉体を無理やりに起こす。

腹部でのぷつんという感触が何なのかは大体予想が付いたが、視線を向けることはしない。

例えその指先にぬるりとした感触が伝おうとも。


「状況はどうなっていますか」


「外の天霊が周囲を見境なく破壊してるよ。俺達は逃げ回ってるが、視界に入ってないって感じだな」


彼の理論を証明したのは船内への轟震だった。

先程、カイリュウが掴もうとした煙草が地床に落ち、奔り回っていた船員達の数人が転び廻る。

序でに言えばココノアも転び廻り、船壁に激突して頭を抑えていたのだが。


「……と、まぁ、こんな状態だ。お前何してくれたんだよ」


「何、と申されますと……。何と申しましょうかねぇ」


いつも通り苦笑するバルドだが、その笑みには違和感があった。

と言うよりは人間らしい、と言うべきか。いつもと違って、血が通っているように見える。

彼にとってもその身に背負っていた物は、余りに重かったということだろう。


「彼女には……、あぁ、天霊レヴィアには接続種となっていただいています。因子を撃ち込んだわけです」


「えー、その、因子だの何だのと言うのは何なんだ?」


「ある女性の計画による物ですよ。天霊への、所謂病原菌(・・・)です」


天霊という同族種にして、この降臨に古来より関わっていた一人。

故にその魔力は少なからずツキガミと接続されている部分がある。

いや、ツキガミという一部を構成する三賢者という役割を持っている時点で、神の一部であることは変わりないのだ。


「私の役目は彼女を接続種とすることです。その為に背後から一撃、と征くべきだったのですがね」


少しだけ、彼女に一瞥を。

そして自分には非難と、違いない安堵を。


「……最後の最後で失敗してしまったようです」


彼の言葉と共に、ファナは寝返りを打って視線を背け流した。

そんな様子に微笑みながら、バルドは再び身を起こし出す。

尤も、その時伸ばした手が彼女の頭を撫でることは、無かったけれど。


「……素直じゃないな」


「どちらがです?」


「言わせんなアホらしい」


カイリュウは座椅子を退け、腰から先を持ち上げるように立ち上がる。

随分と疲労しているのだろう。今でもなお、彼は魔力を放ち続けているのだ。

海面に触れず海流を操作出来るようにこそなったが、継続力は未だ高くない。

尤も、今それを解除しようものなら、外で荒れ狂う暴波に喰われて砕け散るだけなのだが。


「悪いが俺達は足場の確保だけで精一杯だ。超獣団の連中からの助力も、まぁ、期待しねぇ方が良いだろうよ」


「でしょうな。尻拭いは自分で、と征きましょう」


みちり、と嫌な音がする。


「人間……、意外と弱いものだ」


腹部から流れる鮮血が止まらない。

臓腑が揺れ動き、それを支える骨らしき骨はない。

今でもなお、朦朧とした意識の最中で、自分は動いている。

それはまるでーーー……、走馬燈のように。


「もう少し強くなれると思ったのですがね。最期の最後でこれだ」


あと幾時、待ってくれるだろう。

死神の鎌はこの首根を擡げ、嘲笑うように弄んで居る。


「……さて」


その死神の持つ仮面を、ほんの少しだけ侮蔑する。

嘗ての軌跡を躙ろうとは思わない。然れど、肯定もしない。

この先を、歪めることは、決して。


「征きましょう」


ベッドから脚を降ろした彼。

その服裾を掴み、引っ張る一人の少女。


「……今更ですかね」


二人は立ち上がる。

外に待ち受けるは嵐だ。人間などでは到底打ち勝てぬ、嵐だ。

然れど、それでも征かねばならない。

死神の鎌がこの身を刈り取るよりも前にーーー……、征かなければ。



読んでいただきありがとうございました

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