一手の内に
「私の因果なのよ」
闇夜の通路を疾駆する、フーと、少し遅れてオクス。
彼女の小脇に抱えられたイトーは小さくそう述べた。
少しだけ、後悔の色を孕んで。
「聖死の司書はツキガミを調査する為に創った組織で……、そしてある子を護る為に残した組織でもあるの」
否、あの子の為に残したなど詭弁だ。
自分はあの子を縛り付けたのだ。小鳥を、危険だからと籠へ押し込めるように。
そして結果的に籠は燃え果て、朽ち尽きてしまった。
あの子と、共に。
「自分達の創り出した全ての因果を放り投げるのって、案外苦しいものね」
己の胸元を、縛り付けられるようだった。
吐息は零れるのに、喉を絞められているかのような。
肺胞の中に鉛の重りでも押し込められたかのような、苦しさ。
「……でも、だからこそ私は私の成すべきことを成さなければならないわ」
それに暫く付き合わせるけど、ごめんね。
彼女のそんな言葉に、オクスとフーは言葉無く頷いた。
因果は自分達にもある。この先に居るであろう男との、因果は。
背後の闇果にて戦っているであろうリドラとチェキーもそうだ。
皆が因果のために、この闇の道を進んでいる。
「我々の進むべき道です。……共に、行きましょう」
未だ鳴り止まぬ、轟音の最中。
彼女達は奔り続ける。
その先にあるであろうーーー……、中枢を目指して。
「……因果、か」
チェキーは精霊を帰還させると共に、新たな魔法石を構える。
因果。そう、これはきっと因果なのだろう。
戦場にて剣を振るう者は因果と立ち向かう。
だが、自分はどうだ。剣は振れないし、戦いには向いていない。
先程の獣人達にさえも、負けるだろう。或いは眼前の存在にさえも。
「だが、それでもだ」
因果は、如何なる者にも訪れる。
弱者だろうが病人だろうが、或いは老い耄れた獣だろうが。
その者は逃れることは出来ない。因果から逃げるということは、死ぬということ。
因果とは即ち人生だからだ。人間が生きる意味であり、道である。
「私は目を背けも、喚き立てて否定もしない。……死した肉塊となりたくはないから」
仇討ちではない。これは、弔い。
彼女のーーー……、自身が忠誠を誓った少女への弔いだ。
「リドラ・ハードマン。未だ使うなよ」
彼女の指輪が、光輝いて。
右の人差し指と、左の人差し指。
二つの魔法石が、魔力を放つ。
「少し……、私に時間を寄越せ」
召喚されるのは、二体の精霊。
[雷霊]エイラーン。[水霊]ウォータラス。
たった二体の精霊。上級ですらない、ごく普通の精霊だ。
「そん、そんっ、なも、ものので、何、なにをっ」
「解らないか、保持者。お前はもう少し頭が良いと思っていたんだがな」
否、理解している。
チェキーは嘗て聖死の司書に属し、あの場所にあった異世界の情報を少なからず眼にしているはずだ。
ならばこの機械が魔力ではなく電力等によって動いていることも知っているはず。
つまりあの精霊達は機械へ雷撃を電導させるためのものだ。
単純。しかしどうして、厄介。
「ひ、ぃひっ」
そう、厄介だ。
この機械が、あの男の作った物でなければ。
「ぃひひ、ひひひっ」
電導など、防ぐことさえ値せず。
魔力だけではない。物理だけでもない。
この機械を害する物は全て断絶出来る。これは、最強の兵器だ。
ならば、そんな物などに負けるはずはない。
「…………いひっ!」
機械はリドラの方から一気に方向を転換し、豪腕で壁面を削り崩す。
衝撃は周囲に亀裂を走らせ幾多の粉塵を巻き上げたが、チェキーは動揺を見せはしない。
否、それどころか冷静に精霊達を動かし、未だ巨体を廻し切れていない機械へと突貫させたのだ。
狙いが何であれ、先手。その巨体の鈍足故に、チェキーは一手先を取っーーー……。
「き、機械、は、へ、へい、兵器っ!」
壁面を削り取り、廻された腕。
そこから覗く、真っ黒な半球体。否、違う。
それは頭だ。巨大な、砲弾の頭。
俗に弾頭と称される、ミサイル先端。
「ふ、ふと、吹っ飛、べ!」
チェキーの眼前が、紅色に染まる。
ほぼ零距離からの発弾。通常であれば内部にも衝撃が伝わり、決して無事では済まないだろう。
しかしユキバの創り出したこの機械は、先にも述べたが殆どが威力よりも見た目や派手さを重視した浪漫武器である。
故にその見た目や派手さに対する対策も充分に成されているのだ。
例えばーーー……、敵へ零距離で決め台詞を言いながら武装をブッ放した場合とか。
「チェキー……」
リドラが叫んだ瞬間、爆音が鳴り響く。
必然ではあるが彼に響くのは爆音のみ。通路を寸断する機械の巨体で爆炎や熱風が来ることはない。
それでもその轟音が、壁面の亀裂をより増やすその衝撃が。
真正面から伝わっていることは、解る。
「応えろ! チェキー・ゴルバクス!!」
声はない。
ただ広がるのは轟音。そして、僅かに遅れてくる高熱の微風。
機械の巨体で遮られた向こう側で何が起こっているのかは解らない。
だがそれでも、リドラの心底には、鳥肌のような、或いは肌を撫でる気色悪い気泡のような感触が蠢いていた。
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