対峙する因果
焼き切るような駆動音。
ギリギリと錆が削ぎ落とされるような、湾曲音。
顔面らしき部分に存在するのは、双対の紅輝。
「……何よ」
噴出音と共に吐き出される凄まじい水蒸気。
一帯を白く染めながら、その機械は首根を螺旋でも廻すようにカチリ、カチリ、と廻していく。
その巨体は余りに滑稽だった。ロボットやマシーンという概念を持つイトーからすれば、どうしようもなく脅威ではあるが。
何の知識もないチェキーやフーからすれば、それはとても大きな人形にしか見えなかったのだ。
たった今、壁面を破壊して来なければユキバの下らない仕掛けと思っただろう。
巨大な人形のビックリ仕掛けだろう、と。
「これ……!?」
だが、だ。
常に義手という近い形態を有すオクス。
そして多くの知識から来る予測により、察知したリドラ。
彼等の行動は、早かった。
「オクスッ!」
リドラは叫ぶと共にイトーの襟首を掴み。
そのまま、腕だけで投げる力などないから、全身を捻り上げて。
一気に、機械へと向かって投げ放った。
「ちょ、おまっ!?」
「静かに。揺れます」
背後から一撃は放たれる。
機械の巨体は優に通路を覆い尽くし、否、頭上が擦るほどだ。
それでもその一撃は機械の巨体を跳ね上げる。天井さえ、砕き割って。
「おひゃっほぉ!?」
そうして出来て僅かな隙間から、イトーは引っ張り上げられる。
と言うよりは引き摺り込まれると言うべきだがーーー……。
それでも、彼女は機械によって寸断された通路で、オクス達の方へと向かうことが出来た。
リドラ一人を残し、彼女達の方へと。
「……オクス。イトー殿を連れて先へ行け」
少女一人とは言え、無理やり投げ放ったリドラはだらんと腕を垂らした。
此所までの疲労があるとは言え、急速に疲れ過ぎてる。
リドラが危機感を感じた理由はこれだ。粉塵や水蒸気ではない、違和感。
「ロケット、ドリル、振動剣、マシンガン、物理防壁、魔力防壁、ビーム兵器、ロケットパンチ、ハンマーナックル、超高火力砲台、自動追跡型砲台、その他諸々……」
画面越しにその光景を眺めながら、ユキバは満足そうに顎先を擦った。
威力よりも見た目や迫力と言う格好良さのみを追求した、言うところの浪漫武器。
それ等を果てしなく、これでもかと詰め込んだ超絶浪漫兵器。
「名付けてYUKIBA of FAS……、いやダサいな。YUKIBA GOD……、YUKI……、SNOW……、SNOW YUKIBA……、ゆき、すの……。YUKIBA号だ!!」
ただし(仮)な、と未練がましく付け足しながら。
彼は画面先へしぃ、しぃ、と吐息を流す。
悪くない。自分の創り上げた兵器を、使いこなせるはずもないがあの女が使って、戦っている。試運転にもならないだろうが、それでも良い。
奴等との前哨戦には、良い。
「解ってンだ、結果は」
奴は、保持者は決して勝てない。
確かに奴は頭も良いし悪くない殺意も持っている。そして何より渇き果てぬ欲求もある。
だが、それだけでは駄目なのだ。
ただ求めるだけでは、何処も彼処にも手を伸ばすだけでは、駄目なのだ。
「やるなら全部に廻してみろよ。俺みてェによォ」
人間の手は二本だけ? そんなもの、誰が決めた。
この世に存在する規則は全て人智と人間共の自己満足が定めた規則だ。
りんごが下に落ちる? 生命は必ず終わる? 地球は廻っている?
誰が決めた? 神か? ならば何故、神に従わねばならぬ。ならば何が、神を保障する。
創造主なぞ知ったことが。それは天を知ろうとせぬ怠惰だと蔑まれようと知ったことか。
傲慢も憤怒も嫉妬も色欲も強欲も暴食も、全て知ったことか。
俺は個だ。俺という存在であり、他が浸蝕することなど出来ぬ個だ。
「神だろォが……!」
全ては、無限だ。
この世の規則は須く人間の浅知恵と愚かな満足が生み出したもの。
ならば壊そう。ならば踏み躙ろう。ならば新たに創り出そう。
「人間だろうが!!」
この果て無き、欲求と共に。
「止められるかよ……、なァ?」
しぃ、と吐息か零れる。
さぁ、ここからどう動く。
貴様等の足掻きを見せてくれ、と。
ユキバはただーーー……、嗤うのだ。
「無事ですか、イトー殿」
「私の扱い酷くない? でもまたこの感触味わえたから赦す」
再びオクスの小脇に挟まったイトーは胸元に頬を擦り付ける。
彼女はそれに嫌悪の表情を浮かべる暇もなく、再び機械を弾いてリドラを救出しようとする、が。
「解ってるわね? リドラ」
「……えぇ、勿論」
リドラは、大きく息を吐き出した。
その脚が前に進むことはない。機械を恐れたから、ではなく。
この場から動かないという、意思表示の為に。
「何をしているんですか! 早くこちらへ!!」
「オクスちゃん、良いの。リドラがこっちに来たらあの機械もこっちに来るわ」
「しかし、彼では危険すぎます!!」
「その為の手段もあるし……、何より」
彼女達の頬間を縫うように放たれる、雷撃。
それを当然のように機械は弾くが、止まるはずなどなく。
幾千幾多という雷撃の嵐が、一切通じずとも放たれ続けて。
「私が相手する……、いや、しなければならない」
彼女は召喚の魔法石を嵌めた指輪を突き出して、歩み行く。
あの奇っ怪な存在から聞こえる声は、間違いなくその者だ。
保持者。嘗ては整理者と呼ばれていた自分と同じ組織に属しーーー……。
裏切っていた、人物。
「聞こえるか、リドラ・ハードマン」
機械の、向こう側へ。
「……これは、私達の尻拭いだ。貴様と私と、背後の変態のな」
聖死の司書。
嘗て、その組織に属していた者達の、決着。
「超えるべき、壁だ」
だからこそ、超えよう。
眼前の機械だろうと、超えねばならない。
その先にある物へ、辿り着くために。
「……超えるぞ、壁を」
「あぁ、無論だ」
読んでいただきありがとうございました




