不穏なる進路
「それじゃ、俺達はこれで帰るぜ」
ドラゴンの背にはピクノが手綱を握り、その後ろにはガグル、そしてキサラギという順序で乗っている。
人三人が、正確には人二人に獣人一人が充分に乗れるドラゴンだ。
やはりその大きさは相当な物である。
「今回の件についての謝罪は必要か?」
「解りきった事聞くなよ。どっちもどっち、ってヤツだ。じゃ、また会う機会があればな」
「さよならデス!」
「……さらばだ」
その言葉を別れの花として、ドラゴンは双翼を羽ばたかせる。
豪風により土煙が舞うと同時にドラゴンの巨躯がふわりと浮き上がった。
そこからは早い物で、あっと言う間にドラゴンは空へと舞い上がって、風を駆け抜けるように飛んでいく。
スズカゼはそんな様子をおーーっと声を出しながら見ていて、その姿が消えてからも暫く空を見続けていた。
「……丁度だな」
そして、それから間もなくレンの操る獣車も到着した。
擦った揉んだの騒動こそあれど得はなく、骨折り損の草臥れ儲けに終わった今回の一件。
どちらが悪いかと言われればこちらが悪いとしか言いようのない、何とも言えない感情が残ってしまう一件だった。
とは言え、当初、恐れていた事態は回避でき、プラスマイナスゼロとなったのだから、最悪だったとも言えないだろう。
「お待たせしましタ!」
スズカゼ達の目の前で獣車が急ブレーキで停車し、ドラゴンの時とは比べものにならない砂埃を巻き上げる。
勿論、真正面に居たスズカゼ達はその砂埃をダイレクトに引っ被る訳で。
「おい。……おい」
「姫、女性の出して言い声ではないぞ」
「ごほっ、ごほっ!」
「あらあら、デイジー。大丈夫ですの?」
「サラ、貴様、私を盾にしたな……」
「うふふふ。何の事か解りませんわぁ」
全員がその身に掛かった砂煙を振り払い、レンへの一瞥と共に獣車へ乗り込んでいく。
まぁ、その一瞥というのも決して優しい物ではなかったのだが。
「……ん?」
シーシャ荒野より出発して数十分。
始めは優々と頬に風を感じていたスズカゼだが、その異変に気付き始めた。
同じような景色が延々と続く荒野だ。その異変は勘違いかも知れない。
だが、何かが違うように感じられる。
「レンさん、これ、何処に向かっているんですか?」
スズカゼの言葉に、腕を組んで目を閉じていたジェイドも反応する。
彼と同じように安らかな闇に意識を落とそうとしていたデイジーやサラも、だ。
ただ一人、ファナは依然として腕組みのまま目を閉じているのだが。
「西、ベルルーク軍事国家でス」
刹那、ジェイドの隻眼光がかっ開く。
牙を剥き、その爪を窓枠へと食い込ませて。
彼は豪風にも構わず、窓から顔を出してレンへと大声を向ける。
「どういう事だ!? レン!! 何故、今からベルルークへ向かう!!」
「依頼でス」
「何!?」
「サウズ王国女王メイアウス様、サウズ王国騎士団長ゼル・デビット様よリ」
ジェイドは思わず言葉を止めて息を呑む。
現状が理解出来ないのだ。
いや、だからこそ理解出来てしまうとも言えるだろう。
「西で何があった……!?」
「何モ。……いえ、まだ、何モ」
スズカゼの視線が細くなり、呼吸が乱れ出す。
まだ、とはどういう事だ。
今までの記憶の限り、四国同士は緊張状態のままのはず。
だが、それはあくまで各国が手を出さないから、という前提条件がある。
もしも、その前提条件がなくなれば。
それは戦争をしないという過程すらも無効化される。
「まさか、戦争っ……!?」
「いえ、未だそれには至っていませン」
「……未だ、か」
「西のベルルーク国最高責任者、バボック大総統より第三街領主と会いたいと申し出されたそうでス。断れば如何に言いがかりを付けられるかも解りませんのデ……」
「……現状、もし姫のことがバレれば、スノウフ国と同盟を組む口種になるかも知れんという事か」
「そ、そんな言いがかり……」
「言いがかりという火花でも材料があれば火となるのです、スズカゼ殿」
「戦争なんて起こす側からすれば理由は何でも良いのですわぁ」
「そんなっ……!」
「あくまで現状では可能性でしかないですけどネ。ただ、不安要素はなくしておきたいという事でしょウ」
「……面倒な事を」
ジェイドは眉根を歪め、再び座席へと腰を下ろす。
西のベルルークは言うまでも無い軍事国家だ。
戦力は四大国の中でも最強と言えるだろう。
しかもベルルークには四天災者である[灼炎]ことイーグ・フェンリーまで居る。
戦争となればこちらも四天災者の[魔創]ことメイア女王も出るので勝敗こそ解らないが、多大な被害を被ることになるはずだ。
「それをあの国家主義のメイア女王が許すはずもない、か……」
だからと言って、秘匿すべき本人を出すのはどうなのだ。
ベルルークは敵国で暴動を率先し成功させた人物を取り込むつもりなのか?
だが、ベルルークは獣人の扱いで余り良い話を聞くことはない。
軍事国家故にそういう存在も多く居るからだ。
だが、そういう体勢を代えようとして取り入れようとしているという事もあるのだろうか。
「……姫」
「何ですか? ジェイドさん」
「気を付けた方が良いかも知れん」
「……そうですね」
それは自分に言い聞かせる言葉だ。
いつまでも隠し通せる事でないのは解っている。
だが、それでも。
今暫くは、この暖かな陽の元にーーー……。
読んでいただきありがとうございました




