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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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無果の欲求を持つ者

「ぉ、あ゛」


金属の錆びが剥がれ落ちるような音だった。

ぎぃ、と。扉が静かに開いていく。

そして覗くのは、幾千の眼。


「あ゛」


ずるり、と。

肉が剥げ、骨が砕け落ちて。

それは果実を刳り抜くようだった。

周囲の同胞という皮を剥き、中央の潰れた失敗作共が部屋の中へ溢れかえる。

濁流が如く幾千幾多が、濁った血を撒き散らしながら、天井と壁を掻き毟り。

ただ堅々と閉じられた鉄壁さえも凹凸させて。


「……ぁあ゛あ゛」


やがて、他物よりも乱暴に破壊された一枚の入り口を、見つける。


「あ゛」


化け物共は壁面を削り、再びその通路へと流れていく。

入り口で無駄な量が削られていただけに、そこへは難なく入ることが出来た。

濁流が、進む。先程よりも壁面との摩擦無く、詰まることなく。


「……来たようだ」


相応の距離が離れた場所でオクスはそう呟いた。

彼等は依然として歩いている。そう、急ぐことなく歩いているのだ。

元より体力のない面々である。無理に走ればこの先に待っているであろう戦いで全力を出すことも出来ない。

尤も、背後にこれでもかと押し込めてきた瓦礫の壁があるからこそ急ぐ必要がないとも言えるだろうが。


「イトー殿、少し質問が」


「何? ハーレムを壊すクソ野郎ことリドラ」


「お願いですから少しは緊張感を……、いえ、そうではなく」


辟易とする彼は彼女に合わせて小さな歩幅で歩みつつ、少しだけ息を呑む。

今から行うのは必要なことではあるが、或いは彼女を傷付けるかも知れない。

それでも、聞いておかなければならないのだ。


「ユキバ・ソラと貴方は……、その、スズカゼと同じ世界から来たのでしたね」


「そうよ」


「……ユキバ・ソラという男はどのような男なのでしたか?」


少しだけ、眉根を歪ませる。

困惑というよりは不快、とでも言うべきか。


「クソ野郎」


「そ、それは、何と言うか……」


「で、馬鹿。……アイツは求めるものが違うマジキチ野郎よ」


例えるけれど、と。

もし人が生きる為に空気を吸うことを解明するのなら、貴方はどうするか。

彼女はそんな問いをリドラに投げかけた。戸惑いつつも、彼はそれに応える。


「……空気は肺に到り、人体の中で」


「そう、普通はそういう理論に到る。酸素だとか心臓の鼓動だとかね。けどアイツは違うわ」


摂理や理論ではない。彼が持つのは、前提への疑問。

ユキバ・ソラという男への飽くなき、そして異様なまでの知識への欲求。


「どうして人間は生きるのか」


空気を取り込む理由ではなく、どうして生きようとするのか。

どうせ死ぬことが解っているのに、最後は必ず死ぬのに。

どうして、人間は生きようとするのか。


「研究と言うよりは哲学の域よ。けれど、答えのない哲学を探求するからこそ、奴は狂ってんのよ」


やがてその知欲は無限に広がっていく。

例えるならば、純粋な水に絵の具を垂らしたような。

尽きることのない濁塊。その色は何処までも広がっていく。

嘗てはツキガミの器として選ばれた不老故に、死という終焉もなく。


「……彼にはそれを組み立てるだけの知能があり、知識がある。ここもその一環ですか」


「でしょうね。話に聞くだけの歴史上、あちらの世界にもこんな設備はなかったわ」


鉄壁を脚を振り上げて鉄壁を蹴り上げた。

そこから暫く蹲り、涙目の彼女が顔を上げるまで数十秒を要したのは言うまでもない。


「……大丈夫ですか?」


「やっぱクソ堅いわ、これ……」


「鉄でしょう。いやしかし、彼は……」


「何処までも尽きることのない知欲の権化。それがユキバ・ソラという男の正体よ」


あの男は、そういう男だ。

この世なぞどうでも良い。人類だろうが戦いだろうが、どうでも良い。

ただ欲求を。万物を知り尽くそうとする果て無き欲求を。

奴は、そういう男なのだ。


「……申し訳ありません、こんなことを聞いて」


「構わないわよ。余り気持ちの良いことでもなかったけれど」


気付けば、先頭のチェキー達からは少し距離が離れていた。

オクスが自分達を待つように振り返り、手を振っている。

リドラとの会話、そして先程まで蹲っていたのが原因だろう。

尤も、然程離れた距離でもない。精々十数メートル程度。

だからこそリドラとイトーは走らなかった。少し早足になれば追いつけたから。

そう、走らずに、済んだ。


「ぁっはぁ~」


リドラ達の視界に映る薄暗い闇。

その先に居るオクスの姿が、掻き消えた。

轟音と噴煙。幾多の瓦礫が亀裂の中から産まれ、瓦解する。

もしリドラとイトーが走っていれば、それに巻き込まれていただろう。

だからそれは奇跡的とも言えた。それに巻き込まれなかったのは、奇跡。


「で、でもっ、二度ににど、もおきっ、起きない、きせっ、きせせき奇跡は」


それは、機械。

螺旋と鉄骨によって作られた巨腕、俗に無限軌道キャタピラと呼ばれる様々な地形に適応した車輪。

この世に存在するはずもない、然れど現代にさえ存在する訳もない、機械。

マシン、ロボット。そう称すべき、機械。


「わ、わた、たしが、起ここっ、さない」


チェキーとフー、オクス。そしてイトーとリドラ。

彼等の狭間に、その機械は降り立った。

この世に存在するはずもない、存在して良いはずもない、異端は。


「あな、あなた、達は、こ、ここで、死ぬっ、かか、ら」




読んでいただきありがとうございました

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