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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
828/876

鋼鉄の一室


「たのっ、いひっ、たのしっ、楽しそうでですっね」


呂律の回りきっていない、切れ切れな言葉。

煌々と輝く球体の影から滴ってくる言葉に、ユキバはおうとだけ小さく応える。

やがて反応に引き摺られてその獣人は姿を現した。肉や神経が剥き出しになった顔を乱雑に包帯で覆い尽くした、女。

嘗ては聖死の司書スレイデス・ライブリアンに務めるも、その情報を全てオロチたちへと流していた、保持者メンテナマン


「おろっ、愚かなこ、こと。いひっ。どう、どうせ進ん、進んだって、死ぬ、ぬ、だけなの、に」


「……愚か、ねェ」


ユキバは機械の上に脚を投げ出しながら、口端に萎びた煙草を咥えていた。

火は点っていない。無論、煙が上がるはずもない。

しかし彼はそれを吐き捨てるでもなくころころと唇の上で転がすばかり。

まるで、赤子が手持ち無沙汰に何げなく玩具を弄ぶような。


「人間格好悪いモンだぜ。転んで泥まみれになって涙も鼻水も垂らしてぐうたら涎も吐き込んでよ。でも前に進むんだぜ」


格好悪いよなァ、と。

その言葉に保持者メンテナマンはくつくつと喉を揺らして笑うが、ユキバは微笑みすら浮かべない。

面白くないのかと問われども、彼は依然として笑み一つさえも。


「笑ったら自分を笑っちまうからな」


その言葉を述べると共に、彼は漸く頬を崩す。

尤もその表情は余りに歪み、とても微笑みや笑顔などと言った優しい物ではなかったのだが。


「……そ、それはけ、結構で、で」


不満そうに背を曲げて、彼女は頬を掻く。

包帯の隙間から覗く焼け爛れた皮膚は一度掻く度に鬱血し、剥がれた部分からはじわりと紅色が滲み出ていく。

にも関わらず、彼女は幾度も、幾度も、幾度も掻き毟る。


「わた、私は、私のやっ、やりたいよ、様にしますの、ので」


「おーおー、好きにしろ。何ならアレ使っても良いぞ、アレ」


「……ごこっ、ご厚意ぃひっ、感謝しっ、まます」


「へいへい、どう致しまし……、いやちょっと待ってアイツ等何してんの。人の自信作に何して落書きするな破るな切り取るなァアアアアアアアアアアアアアア!!」


覚束ない足取りでその一室を後にする、保持者メンテナマン

ただ画面を貪るように揺らすユキバは己の自信作の末路に悲鳴を上げていた。

尤もーーー……、彼女の姿が見えなくなってからは、静かに笑み、画面から眼を外すことなくそれを呟いたのだが。


「お前じゃ勝てねェよ……。絶対な」


そして画面に映るのは幾千の失敗作達の足掻きとそれを背に疾駆する者達の姿。

やがて獣人の片脇に抱えられた少女がそれを巻き初め、彼等は奥へ奥へと進んでいく。

ただその先へとーーー……、ユキバさえ予想も付かぬ力を持って、その先へと。


「部屋があるぞ!!」


リドラの叫びと共に眼前の暗闇から現れたのは、人一人が通れる程度の入り口から続く一室だった。

その絶叫を受けたイトーは一挙に三つの球体を放り投げ、迫り来る失敗作共を足止めする。

間もなく皆々はその空室へと飛び込み、最後のフーが一気に扉を閉めて、イトーを放り出しながらオクスが義手を持って封鎖する。

凄まじい衝撃と共に扉へ凹凸が産まれて激動するが、オクスの踏ん張りもあってそれが開くことはない。


「待て……、待てオクス。手は離しても大丈夫だ」


「し、しかしリドラ殿!」


「あの迫力だ。本来ならば体当たりされただけで一溜まりもないだろう。……しかしこの入り口の幅のお陰でせめぎ合い、威力が殺されている。そういう風に作られているんだ、此所は」


オクスは彼の言葉を訝しみながらも、恐る恐る、小指から順に手を離していく。

やがて掌を離した時も人差し指をつん立てていたのは、ささやかながらの恐れだろう。


「……ほ、本当に破られない」


「一応荷物で封鎖しておいた方が良い。一方通行なところを見ると、ここで終わりということもないはずだ」


オクスは周囲の金属で出来た棚などを引き寄せて扉を封鎖していく。

彼等はその様子に一瞥をくれるよりも前に、まず部屋を見回していた。

武骨な、鉄塊を塗り固めたような部屋だ。出口は幾つかあるが、その足下には等しく2の文字が描かれている。

何を意味するのか、何を示すのか。彼等がそれを予測して口にするよりも前に、天井より大きな画面が垂れ下がってきた。

いや、垂れ下がると言うよりもそれは降ろされてきた、と称すべきであるが。


「お前等ホント赦さねぇからな」


画面に映る満面の笑みで青筋を立てた男。

何がと首を傾げる面々とそれはこっちの台詞だと言わんばかりに睨み付ける面々に別れたが、彼が自称自信作の説明書を取り出すなり気まずい空気が流れ出す。

尤も、イトーはそれを目にするなり件の冊子を地面に投げ捨てたのだが。


「テメェ……、イトー……」


「知らないわよ。それよりアレ何?」


「あぁ、扉の? アレは数字通りの人数しか通れないっつー規則ルールだ。その人数が通り抜けりゃシャッターが閉まってそれ以上は通れない。つまりテメー等はそれぞれのトコからそれぞれのルートを」


「オクスちゃん、ちょっとあの扉のシャッターぶっ壊してくれる?」


「ちょ、おま」


無論、鋼鉄製の扉だ。そう簡単に破壊出来る物ではない、が。

そんな物でもオクスの一撃の前には紙切れと同じ。ただ容易く吹っ飛ばされ、規則ルールとやらは容易く踏み躙られる。

イトーは皆を率いて真正面の道を選び、後ろの扉が破られる前に行きましょうと揚々な足取りを見せた。


「相変わらず無茶苦茶だなァ、お前」


最早誰が見るでもない画面から零される、言葉。

皆を先に行かせていたイトーは一人立ち止まり、踵を返す。

画面が見える訳ではない。それでも、あの男がどんな顔しているかぐらいは解る。


「……アンタが型から出てないだけよ。創造性を失い、既知と既存のみを追い続ける研究者に進化はないわ」


「俺に進化なんざ必要ねぇ。俺は今を全て手に入れるだけだ」


僅かな、静寂。

嘗ては共に神の謎を解き明かそうとした者達。

同じ世界から旅立ち、同じ道を歩み、違う果てを見ていた者達。


「お前は前に進み、俺は全てを知り尽くす。未知は宝だ」


「勝手になさい。今進もうとしないその[怠惰]こそが必ず貴方の身を滅ぼすのだから」


「……それは楽しみだ」


彼女は再び爪先を闇に向け、仲間の背を追うように走り出す。

画面はそれを見送ることはなく、ただぶつりと、音さえも残さずに闇の彼方へ漆黒を浮かべるのであった。




読んでいただきありがとうございました

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