虚穴より這い出て
【地下施設周辺】
「……深過ぎるな」
縁の底より、天を見上げたチェキーはそう述べた。
蝕陽さえ点のように見える。指先を伸ばせばそのまま潰せてしまいそうだ。
尤も、そんなに簡単に潰せるのなら何ら苦労はしないのだが。
「深いということはそれだけ規模があるということだ。探索に時間が掛からせなければ良いが……」
「人手が欲しいな。レン殿を返したのは失敗だったのでは?」
「いえ、レンたんまで危険に晒す必要はないし……、それに探索についての心配はないわ」
至極面倒臭そうに、その上鬱陶しそうに、イトーは腰を屈めて一枚の紙を拾い上げる。
いや、その紙だけではない。大地から抉られ取られたその穴の下、恐らく入り口でもないであろう、通路の一角。
そこに来るのが解っていたと言わんばかりに、通路の切り口には何枚もの紙が張り付けられていた。
具体的には彼等の進むべき道が示された説明書が、だ。
「随分と丁寧な……」
「と言うよりは嫌がらせでしょ。ご丁寧にデフォルメ化した説明キャラ付けてるわよ」
「大分美化されていますね」
「誰か筆記物を持っていないか? 落書きしようと思うのだが、どうだろう」
「ある」
「良し」
「ちょっとフーたん、こっちに鎌貸して。切り抜くから」
全員が各々で資料をボロクソにしている中、リドラだけが辟易とした表情でそれに目を通していた。
確かに端々で目に鬱陶しい挿絵が見受けられるが、内容だけ抜き取れば確かな情報ではある。
この鉄で構成された道。そして足下や天井にある、奇妙な穴の数々。いや、これは硝子だろうか。
「監視カメラつってね。映写魔法に近い……、いえ、監視カメラからアイツが映写魔法を作った、ってトコよ」
「……そちらの世界、の魔法ですか」
「魔法や魔術なんて夢があれば何にも苦労しなかったわ」
イトーの言葉へ、僅かな目伏せで返答を行いながら、リドラは次のページへと指を勧める。
鬱陶しいキャラが前の項目からつらつらと言葉を並べている、が。
一枚だけ、色の違うページが、ある。
「……何だ?」
描かれている挿絵も文字調も変わらないというのに。
ただ、その色だけが違う。鬱蒼と書かれた文字の背景ばかりが。
「……追う者と追われる者。解き示す道?」
随分と詩的だ。
だが、この中にあの人物がそんなことを書くとは思えない。
これは、つまりーーー……。
「何か音がする」
初めに気付いたのはフーだった。
続き、オクスとチェキーもそちらへ視線を向ける。
自分達がどうにか降りてきた虚穴の壁面。そこから響く、地鳴りのような音。
「何の、音だ」
リドラは頭上を見上げる間もなく紙面へ眼を通す。否、見上げる必要性がない。
全てが線で描かれ、分けるように解るのだ。あの男が何を企んでいるのか。
追う者、か。成る程、道理。我々は追われるしかない。
「来るぞ……!!」
瓦礫が、チェキーの足下へと転がった。
その軌跡をなぞるように視線を上げた彼女の瞳に映るのは。
皮膚を剥がれた、人形共。否、軍勢。否、概念とさえ称すほどの、数。
少なくとも虚穴の壁面すべてを覆い尽くすほどの、失敗作達。
「走れ」
ふと、オクスが呟いた。
皆はただ言葉を失い、立ち尽くす。壁面全てが動くような、その光景を前に。
「走れ走れ走れぇっっっ!!」
絶叫に等しい方向と共に、皆が踵を返して通路の奥地へと疾駆していく。
体躯の幼いイトーはオクスが片脇に抱え上げる余裕があったので背後を見る余裕があったが、他の者々は見る暇もなく全力疾走するしかない。
いや、イトーでさえそれを見た瞬間、見るべきではなかったと後悔した。
「やっぱり狂ってるわ」
通路へ、せめぎ合い。
己の腕がもげようと脚が砕けようと頭が落ちようと、構わない。
幾千幾万という失敗作達がただ剥き出しになった眼球や臓腑を零しながら迫ってくる。
その通路を、巨大な一つの生物のように。一切の隙間無く埋め尽くして。
「ま、人のこと言えないけど」
イトーの手元から零れ落とされる、飴玉のような球体。
化け物達は当然のようにそれを圧殺し、己等の波へと飲み込んだ。
飲み込み、刹那、消え、失せる。
「い、今のは……」
「ほら余所見せず走る! 見るなら私の綺麗なお尻と前の穴を」
「了解しました真っ直ぐ走ります」
彼女達は疾駆し、或いはフーによる風魔術の援護で無理矢理にでも前に進んでいく。
だがその速度は非戦闘員故に、幾ら補助があろうと失敗作達の濁流から逃れられる物ではない。
それでもなお彼女等が逃げ切れているのはイトーが放り投げている飴玉のような物の恩恵に他ならず。
「これはメイアたんに作って貰った使い切りの魔具よ。……ホント、私の魔力をあの森に廻してなけりゃもっと別の使い方も出来るんだけどね」
まぁ、森は燃やされたけどね、と。
落胆に等しい声を零しながらも、彼女は失敗作の人形共が接近する間際を見極めてその球体を投げ込んでいく。
無論、その魔具は凄まじいが、それよりもーーー……。
「……し、四天災者をたん付けですか」
「羨ましい?」
「いえ……」
彼等は疾駆し、ただ轟々と迫る失敗作達から逃げていく。
先が闇で覆われた通路の果てに何があるのかは知るはずもない。
ただ赦されるは、足下を照らす仄かな赤灯の光を躙り奔ることのみである。
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