何が為の闘争か
{ぬァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!}
「くはははははははっはははははッッッ!!!」
紅蓮の猟犬が獲物の喉笛を削り喰い、業炎の渦中に喰らい込んだ。
然れどそれに向かって幾千の獣や鳥がせめぎ合い、各々の肉を焼いて焔を磨り潰す。
幾千の獣が激突し、幾億の火花が散り、全てが枯れ終えたはずの大地に凄惨な絶叫と身焦の異臭が轟き果てていた。
生命が死に、死の臭煙ばかりが狂い猛る中で、ただ。
央なる者達は憤怒し、或いは嗤笑し。
{この狂害めがァッッッ!!!}
咆吼と共に振り墜とされる世界さえも覆い尽くすほどの天掌。
成層圏さえも打ち破り、幾千の雲々を薙ぎ払い、豪風さえも巻き込んで。
それは、大地へと。
「闘争こそだろうがァ!!」
隻腕、振り抜かれ。
天覆う唯掌に亀裂が走り、紅蓮が黒宙を轟貫する。
のみ、では止まらない。砕け散った天掌の内部より現れるは紅色の剣。
否、違う。紅色の剣が天掌を内部より裂き砕いたのだ。
天に到る掌と同等の剣が、それを。
「星なぞという揺り籠に何の意味がある!!」
剣はそのまま空を舐り、平行線へと。
地の果てより幾千の猟犬と獣を斬り裂き、オロチへと迫る。
{貴様には解るまい!! 破壊の天災よ!!!}
大地を穿つことにより出現する幾千幾万の岩盾。
それ等は柔布のように巨大な、余りに巨大な紅蓮の剣に斬り裂かれ瓦解していく。
余りに呆気なく、幾千幾万という盾が、斬り殺されていく。
{この星には幾億という魂があり! それ等が生命を紡ぎ輪廻を作る!! 我々であろうと貴様等であろうと、所詮は魂の一部に過ぎぬッ!!!}
「魂が殺し合うかァッ!! それこそ滑稽だろうが!!!」
オロチの真横、薄皮一枚。
幾千幾万の盾を斬り裂いて勢いを殺された紅蓮の剣は、停止する。
ただその男の決意に満ちた双眸を輝かせるが如く、止まる。
{故に排除するのだ……! 貴様等は病胞に他ならぬ!!}
紅蓮の剣を、大地に叩き込み。
剛脚は躙る。その鋒を潰すが如く、踏み込んで。
ただ全てを焼き尽くす剣の縁を疾駆する。
{魂を滅させはせぬ!! この世に生きとし生ける者全ての為にだッ!!!}
剣の上に飛び乗る幾千の猟犬。
それ等は一切の容赦なく、そして一切の無駄なくオロチへと飛び掛かる。
牙が、爪が、焔が、彼の肉体を裂き見だしていく。
殻塊のように一縷の隙間さえなく、彼の肉体へと、喰らいつき。
{儂の背には}
その呟きと共に、弾け飛ぶ。
{全ての生命が背負われておるのだァアアアアアッッッ!!!}
疾駆は、迫る。
残り数十身。数秒にも満たず、辿り着く。
故にイーグは大剣を翻した。その刃身を天高く振り払った、はずだった。
「ッ…………!?」
大地、咆吼。
それは巨神。紛う事なき、指先。
己が砕き割ったはずの掌か、否。
オロチの背よりその刃身を抑えるのは、巨神だった。
腕だけではなく、その全身を振り落とすかのように、刃身を。
{受けよ天災。星の、魂の一撃を}
巨神の振り被りし、腕掌。
それは星の外郭を歪め、黒き無限の世界にさえ到り。
極限の粉砕を纏う、破壊を示す。
{魂護なる星神の一撃}
世界の拳が、迫る。
巨大などという次元ではない。視界一帯、地平より大地が躍動するが如く。
認識以上の全てを超えた、一撃。
「くはっ」
対するイーグが示したのは。
悲鳴ではない。絶叫や、狼狽でもない。
嗤った。やはり歪んでいた頬が、嗤った。
幾度となく嗤う。上書きに上書きを重ね、彼の悦楽はただ伸びていく。
避けねば死ぬかも知れない。手足が砕け臓腑は破裂し脳は掻き回されて、ボロ布のように死ぬかも知れない。
かも、知れない。所詮それだけ。
知らぬのだ。例え一年前のあの決戦の時でさえ、自身の眼前に死があったあの時でさえ、それは今でさえも。
知らない。死というものを、知るはずがない。
認識しようと、その欠片だけで知ったことにはならない。
「これでこそだろうがよ」
隻腕持つ剣を、振り払い。
ただその者の牙は刃となり、爪は鋒となり、背は尾となり。
紅蓮覆われしその身は、悪魔が、否。
魔神が如く、猛り、灼ける。
「闘争こそ、死こそ、命の殺り取りこそ」
指先が焼け爛れ、然れど吼えるのが解る。
ぎちりぎちりと筋肉が歪み、骨が組み落ち、神経が研ぎ澄まされ。
ただその悦楽を享受する為に、永き永き闘争に身を窶す為だけに。
「生命の証だろうがァ……!!」
世界なぞ、所詮舞台に過ぎぬ。
全てが装置。全てが踏糧。全てが過去。
この世の生命なぞ知ったことか。逝く末など知ったことか。
ただ拳の為に、刃の為に、牙の為に。
己という唯個の為に、在るべくして在るだけのもの。
「下らんなぁ! 決意だの生命だの信念だのと!! 綺麗事ばかり並べて感涙する!! その涙に何の意味がある!! その雫で人が殺せるか、魂が猛るか、刃が振るえるか!! この闘争にそんな無粋な物を持ってくるなッッッ!!!」
眉間、穿ち。
一撃が前のめりとなった魔神の肉体を跳ね飛ばす。
星自体さえも抉るように、死の荒野を刳り抜いていく。
その中央にてただその者は両脚の道を創っていた。防御も回避もせず、ただ眉間のみでその一撃を受け止めていた。
故に、だ。その腕が伸びきり、大地一角全てが塵となった時。
彼は、天災は、魔神は、灼炎は、腕を、振り抜いて。
「ただ純粋に殺し合えば良いのだ……。文句なぞ、吐き捨てろ」
天宙さえも砕く、一撃を放つ。
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