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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
823/876

大地の命廻と灼炎の猟犬


【地の果て】


「……む」


彼が目視した光景は至極単純であり、そして何よりも見慣れた物であった。

何処までも、地平線の果ての果てでさえ広がる荒野。全てが死に絶え、草木一本として存在の赦されぬ無貌の地。

嘗て、己等の闘争によって喰い尽くされた、死の大地。


{何処を見ている}


拳撃、撃ち抜きて。

イーグの顔面に次こそ撃ち込まれたそれは、己等の足下ごと全てを粉砕する。

衝撃波は既に死に絶えた地を砕き割り、一帯を隠す土煙を吹き上げる。

だが、然れど、必然に。


「瞬間転移か……。我々の足下ごと」


元より回避も防御も必要はない。

それでもその男がそうするのは闘争という形故に他ならないからだ。

所詮、羽虫。最早、真に魔力の鎧を纏ったその者を傷付けられる者など、灼炎を喰らえる羽虫など居るはずはなく。


「流石はカミサマだ……。なァ、神の下僕よ」


彼の眼前、否、眼下。

最早、人間依然ではない姿の天霊がそこに居た。

焼け落ちた皮膚、剥き出しになった眼球と筋肉繊維。

天霊化の影響か、多少の回復こそ出来ている。しかしそれも生物の形を保っているだけで精一杯の物だった。

イーグの頬に伝う嫌に生々しい感触が、その全てを物語っている。


「……見捨てられた気分はどうだ? 下僕」


ぱちり、と火花が上がる。

威嚇。或いは攻勢の合図。紅蓮が全てを焼き尽くす切り火。

普段のオロチであれば後退しただろう。或いは回避、防御しただろう。

しかし彼は動かない。その場で、己の筋肉を伝う紅色を瞳に映すのみ。


「果てに追いやられ、人柱として立てられた気分はどうだと聞いている」


紅色が、口端まで伝う。

刹那が過ぎればその尾は牙を裂き、口腔を過ぎて臓腑に到るだろう。

そうすれば例え天霊であろうとも、その骨肉を灰燼と化すはずだ。


{……神は}


みしり、と。

握られた拳に響き渡る締音。


{儂に託したのだ}


イーグの片足が、僅かに大地を擦る。

周囲から突出し、塔のようになった大地の縁へと、一歩分。


{この地を我が死地と思うたか?}


じり、と。

二歩分。


{死した大地のこの地を}


ざり、と。

三歩分。


{否}


ぎり、と。

イーグの頬より、流れる鮮血。


{貴様の死地だ。四天災者}


直後、豪腕が一挙に振り抜かれる。

今まで耐えていたはずの肉体が小石のように吹き飛び、二転三転と大地に羽飛びながら、遙か果ての岩肌に叩き付けられた。

衝撃はその身に収まるはずもなく岩肌を瓦解させ、粉塵を巻き上げながら崩壊音を刻み付ける。


{四方や嘗てと侮っていたか? 拳を交えたあの時こそ、或いは先刻こそ儂の強さであると……}


皮が剥げ、肉さえも焦げていたその身代。

然れど、それ等はオロチが歩むと共に再生していく。

いいや、違う。それは再誕だ。焔を纏うわけでも、衣を纏っている訳でもない。

然れどその身で巻き起こるその現象は、間違いなく命の輪廻。


{思っていたのか?}


指先に咲く、一輪の花。

然れどそれは直ぐさま枯れて、種を落とす。

その種が大地に墜ちると、抉れ返った柱に僅かな芽吹きを齎した。

否、それはまた直ぐさま蕾となって花弁を纏い、やがてはまた枯れて種を落とす。

それだけではない。オロチの肉々の隙間から一匹の蛇が姿を現し、大地を這いずっていった。

或いは鳥が、或いは獣が、或いは昆虫が。

この大地に存在するありとあらゆる生命が、彼の肉体から這い出ては大地へと広がっていき、枯れ果てていく。

だが骸は新たな生命を産み、或いは卵を落とし、草々の養分となって。

彼の周囲に、世界という生命の息吹が内包されていく。


{神の采配を侮るなよ}


やがて、彼が塔の縁に脚を掛けたとき。

その肉体は完全に再誕していた。否、肉体だけではない。

彼の背に負う世界が、死し荒れ果てたとは思えぬほどに、新緑を纏っていた。

生命溢れる大地。そう称すのが相応しい程に。


「……成る程」


爆炎が吹き上がり、粉塵を業火にて喰らい尽くす。

頬端の僅かな殴痕と鮮血を拭いながら、イーグは平然と歩き出した。

業火は躙り寄る草々を燃やし、獣達を灼き殺す。

そこに躊躇はない。否、空塵を払うことに躊躇などあるはずがない。


「最早、加減は不要か」


未だ浮かぶ不敵な笑み。

それに応えるが如く、彼は隻腕の先より僅かな破裂音を放つ。

ただ指を鳴らすという行為。然れど、それは幕を引き上げる為の綱に手を掛けるに等しい。


「存外楽しめそうだ」


破裂音と共に、火炎が地平の果てまで広がりて。

否、火炎ではない。それ等は等しく生物の姿を形取り、牙を成し、爪を成し、眼光を宿らせて。

猟犬と、成る。


灼炎の猟犬フレイド・ハンティクズ


猟犬達は唸り、眼前の獲物を前に火の粉の涎を垂らす。

ぎらりと輝く眼が捕らえるのは等しく生命の存在だった。

全てを喰らい尽くし、燃やし尽くし、灰燼とする為に。

その獣達はただ、主人の合図を待つ。

地平の彼方まで広がるその獣達は、ただ。


{……成すべきは}


「闘争だ。……比類無くな」


オロチの咆吼とイーグの嗤叫が呼応する。

同時に獣と猟犬は疾駆し、死の大地は轟きへと飲み込まれ。

激闘が、再幕する。



読んでいただきありがとうございました

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