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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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偽形の仰語

「……そして気が付いた時、我々は穴に落ちている真っ最中でした」


オクスがそう言い終えたと共に、リドラは大きく息を呑む。

聞き間違いではない。純然たる事実だ。

だがーーー……、それは最悪の結末ではないのか。


「スズカゼが……、ツキガミに……」


奴は器を求めている。

スズカゼが連れ去られたということは、つまりそういう事だ。

間に合わなかったのか? 奴は、完全に降臨すると言うのか?


「まだよ」


だが、そんな不安を遮るようにイトーは言い放つ。

確かにツキガミの完全降臨には器が必要となる。それは事実だ。

しかし、同時に必要な物が、まだ一つある。


「あの天高く浮かぶ、異形の太陽」


ツキガミの半身とも言える、蝕陽。

それこそが完全降臨に必要不可欠な欠片であると言える。

言ってしまえば、あの欠片さえ止めることが出来たのならツキガミの完全降臨は阻止出来ると言うことだ。

それにーーー……、あのスズカゼがただで器に成り果てるとも思えない。


クソ野郎(ユキバ)ごと潰すのよ」


イトーは静かにそう言い放つ。

灼熱のように燃えたぎるわけでも、濁流のように荒れ狂う訳でもない。

ただ因縁に決着を付けるだけだ。

ツキガミを封ず手は託した。ならばその半身は、自身の手で封じよう。

己の手で、因縁に、決着を。


「いーねー。覚悟って感じで」


だが、だ。

それを振り払うが如く、その者は現れる。

至極平然に、当然の様に、必然のように。

彼等の隣で瓦礫に腰掛けながら、嫌らしい笑みを浮かべて。


「……クソ野郎」


「そこはユキバって言えや。悲しくなるだろ」


「間違ってはないわ。人類の裏切り物め」


「人は革新を行う時、いつだって旧時代の連中を裏切ってきたぜ」


立ち上がり、仰々しく大手を振り上げながら。

ただその男は嗤う。しぃ、と歯牙の隙間から吐息を漏らしながら。


「探求と裏切りは紙一重だ。犠牲も代償も損失でさえも! 全ては探求という名の欲求のためにある!!」


バチンッ、と。

その両手を大きく弾き合わせ、ユキバはより一層笑みを歪ませた。

否、それは最早笑みと呼べるような代物ではない。余りに醜く、欲求に歪んだそれは。

笑みなどと、呼べるはずもなく。


「お前だってそうだったはずだろォ? ……なぁ、イトー」


嘗ての同胞に。

否、嘗ては知を求めながらもその危険性故に目を背けた女へ。

ただ彼は、嘲笑いて牙を向ける。


「……一緒にすんじゃないわよ」


「へーへー、詰まんねぇの」


男の眼と首がぎょろりと廻り、視線を変える。

その人間らしからぬ、否、人間では有り得ぬ動きにレンは思わず悲鳴を打ち零した。

然れどその視線を向けられた者達は、オクスとフーは、悲鳴を上げるよりも先にただ、強く表情を引き締めたのだけれど。


「で、お前等も来たのか」


「……当然です」


「クロセールと一緒に行きゃァ良かったのによぉ。アイツも結構大変なことに……」


「師匠」


オクスの眼光と静かな猛りが込められた呟きは、その言述を遮った。

怪訝そうに、或いは不快そうに、しかし何処か期待の込められた眼差しで、ユキバは彼女に問う。

何だ、と。


「何処までが貴方でしたか」


「俺はいつだって俺だ」


即答だった。

溜めることも悩むこともせず、答える。

彼にとってその問いは吐息を行うよりも、指先を動かすよりも単純だった。

例えその者達が、嘗て自分の技術をくれてやった過程の残骸であろうとも、だ。


「……そうですか」


拳を、振り被り。


「次は本当の貴方に聞ければ、と思います」


「一応俺も本物なんだけどなぁ」


陽光に煌めく義手に一瞥をくれ、彼は大きく息を吐き出した。

酷い出来だ、と。その言葉が言い終わることはなく、顔面は砕け散り。

ただ道化師を模した人形の残骸ばかりが、転がっていく。


「……これは?」


「解りません。しかし、人間以前のそれではない」


イトーは彼等を背にその残骸を持ち上げながら、僅かに目元を顰める。

嫌な予感がするのだ。ここまで、自身の姿をここまで鮮明に写影したと言うのか。

まさかとは思うが、あの男は、自分の予想以上に技術を得ているのではないだろうか。

だとすれば、自分達があの存在を止めることはーーー……。


「……いえ」


例えそうだとしても、止まる訳にはいかない。

長く、耐えてきた。永く、犠牲にして来た。

ここで止まるということはそれ等全てを無駄にするということだ。幾つもの苦しみも、幾人もの犠牲も、何もかもを無駄にするということだ。

だったら止まれるはずなど、ない。


「示してきたものね。この道を」


眼前に広がる虚穴。

その奥地に彼は居るのであろう。進むべき道があるのだろう。

あの天へ浮かぶ蝕陽を墜とすべき手段が、あるのだろう。


「皆、征きましょう。陳腐だけれど、星と女の子を救いに」


皆がその言葉を受けて虚穴へ視線を向けるも、応と述べる者はない。

ただその中で、フーだけが鎌の峰柄で代表者の白衣を引っ張った。

狼狽える代表者には次第に視線と頷きが集まり、彼は酷く疲弊しつつその言葉に問う。


「……星と男は護らなくて良いのか」


「女が星よ。男は死ね」


無茶な、と肩を落とす力さえ今は惜しい。

それでもなお彼等はその先へと進む。

底の見えぬ闇縁の彼方へ、道が続く故に。



読んでいただきありがとうございました

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