激突を指す
時は数刻前まで遡る。
天霊オロチにより圧殺されようとしていたスズカゼ達と、その眼前に四天災者[灼炎]ことイーグ・フェンリーが歩み出た時まで、だ。
例え片腕を失っていようと、否、そんな事など彼に関係あるはずもなく、その四天災者は余りに圧倒的な存在感を放っていた。
周囲の空間を躙り潰し、嘲笑うが如く、全ての殺気さえも飲み込んで。
ただ、君臨する。
「……何と言うザマだ? スズカゼ・クレハ」
懐から、一本の葉巻を取り出し。
それを口端に咥えながら、指腹に点した火で着火する。
最早片腕での支障はないと言わんばかりの鮮やかさで、白煙を吹き上げる。
尤も、その白煙でさえ刹那に岩泥の中へと飲み込まれるのだが。
{今更……! 今更!! 貴様が出て来るか!!}
憤怒より他ない。
オロチにとってその男は、否、その男の属した国さえも隠れ蓑に過ぎなかったのだ。
ベルルークという大国が起こした戦争は星を傷付ける。然れどその戦乱があれば自分達は秘密裏に動け得るから、と。
ただ苦汁を飲んで耐えた。この者共が木々に火を放ち、大地に汚水を垂れ流すことさえも。
{用無しは引っ込んでおれ!! 今更、貴様等が出来ることなど何もない!!}
「用無し……、か。言われたものだな」
足下の、未だ白煙吹く煙草を踵で躙り潰す。
彼はただ呆れるように、然れどその通りだと同意するかのように肩を引き上げた。
間違いない。過去の亡霊が這い出ただけのこと。
用無しだ。自分はこの世界にとって用無しなのだろう。
故に、その男は、嗤う。
「足下には何がある? 天霊」
オロチの眼が見開かれ、背筋を悪寒が奔り抜ける。
彼にとって、否、彼等にとって誤算が一つ。
それはその男が、四天災者なる者が誰の味方でもないということ。
「ばッ……!!」
スズカゼはオクスとフーを抱き上げると共に一切の束縛を豪炎と共に跳ね飛ばして跳躍した。
オロチの注意が逸れたからこそ逃げられたかと問われれば、そうではない。
彼が、その魔力全てを大地の守護へ廻したからだ。
「用無しは用無しらしく」
紅蓮が、裂ける。
大地の亀裂より放たれる紅色の閃光。
それ等はただ、央たるその者を万天へと煌々たりて。
「喚き立てようか」
世界に、一灼の柱を聳えさせる。
{貴ィイイイイイイイイイイ様ァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!}
咆吼と共にオロチが幾千の巨掌を展開させるが、間に合わない。
その柱は大地を抉り灼き、天隅さえも容赦なく紅蓮に喰らい尽くす。
業焔が巻き起こす爆風は全てを灰燼と化し、大地の砂粒一つでさえ、空宙の粉塵一つでさえ存在を赦さない。
オクスとフーもスズカゼの衣に覆われていなければ無事では済まなかっただろう。
否、その衣でさえも、端々が焼け焦げるかのように、黒くなっていく。
「ッ……! がッ……!!」
山一つ。
その最中に叩き付けられ、スズカゼ達は岩礫を砕くほどの亀裂を奔らせる。
然れど彼女は掻き上げるように立ち上がり、岩肌に両脚を突き刺した。
そして目一杯に息を吸い込んで、業焔の央にて立つ者へ、叫び付ける。
「なァアアアアアアアアアアアアアにしてくれてんだアンタァアアアアアッ!!!」
怒号を受けると共にイーグは焔を躙り飛ばし、隻腕で振り払った。
大地は、彼等の闘争でさえ傷付かなかった大地は怏々に抉り返り、巨大な灼球を躙り付けたかのように掬い焦げていた。
「何? 愚問だな。俺がメイアウスと取引したのはあくまで偽装とこの闘争だ。貴様等の援護ではない」
「取引云々じゃねぇ! 危うくこっちまで死にかけたわ!!」
「死ねば楽だったんだが」
「あァん!?」
この男共々な、と。
彼がそう述べ終わるよりも先に、大樹のような剛脚が彼の顔面を穿つ。
凄まじい衝撃はその身に収まり切るはずもなく、残撃は後方の巨岩を粉砕する。
尤もーーー……、真正面から顔面に受けたはずの男は薄皮一枚でそれを回避していたのだが。
「……何だ? 無事だったのか」
無事、というのは明らかに皮肉だろう。
皮膚は焼け爛れ、否、炭化し、骨からはぶすぶすと空気が吹き抜ける音がする。
瞼が焼け落ちたことにより剥き出しになった眼球は殺意に溢れており、ぎょろりと彼の姿を捕らえる。
{イィィイグ・フェンリィィイイイイイッッ……!!}
怨嗟を祝宴の奏とでも言わんばかりに、彼は指先を大地に垂らす。
相変わらず醜く歪んだ、その頬端をさらに吊り上げるように。
否、解りきっているからこそ、歪ませて。
「あるのだな? やはり……」
咆吼、高鳴り。
オロチの豪腕が放たれ、イーグの指先に紅蓮が収束し。
ただ彼等の激突を前に、スズカゼは再びオクス達を衣で覆う、が。
彼女の眼前に、影が落ちる。否、現れる。
{目覚めを前に……、騒がしいことだ}
右腕の指先を、スズカゼの眉間へ。
左腕の指先を、オロチとイーグの方へ。
ただそれだけで、彼等は、否。
その山一つと大地の一角が、消え失せた。
ただオクス達を残したままーーー……、神の御指によって、消え失せたのである。
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