虚穴の縁で
【地下施設周辺】
「もっと速くならないのか! レン!!」
「無茶言わないでくださイ! これ以上は車輪の方が潰れてしまいまス!!」
奇妙なほど反り返り、瓦礫や岩肌が露出した大地。
彼等の乗った獣車はそこを異様なほどの速度で疾駆していた。
いや最早、疾駆以上だ。落下にさえ等しいほどに、その速度を上げている。
「まだか……!」
リドラは身を乗り出し、その豪風を嫌というほど感じていた。
髪は五月蠅いほどにバサバサと揺れ、白衣も抑える手を離せば飛んでいってしまいそうな程だ。
それでもさらに速度を上げろと彼は言う。
当然だろう。何処まで行ってもそれらしい物は見えないし、戦闘の音さえ聞こえない。
イトーの探知によればこの辺りでは巨大な魔力が動いていたと言うがーーー……。
「……ちょっと待って、何かある」
イトーは俯いたままチェキーへと頬を擦り付けていた。
彼女は眉間に血管を浮かべるも、イトーから離れようとすると魔力探知が乱れるという呟きのせいで離れられずにいた。
そろそろ本気で血管が切れそうだが、この女の場合は本当に乱れそうなので嫌々耐えている始末である。
「……おい、まだ探知は」
「待って! 止まってレンたん!! 何かある!!」
彼女の言葉を遮るように一層強く抱き締める変態、基、イトー。
ひうっという僅かな悲鳴と共に獣車は大きく停止をかけ、凄まじい衝撃が彼等を襲う。
リドラに到ってはあと僅かで放り出されそうなほどであったが、どうにか踏み止まれたのは幸運だっただろう。
「な、な、な、何ですカ!!」
慌てふためくレンを他所に、イトーは急いで獣車の外へと駆け出して行く。
彼女は小さな手で周囲の瓦礫を投げ捨てながら、やがてその欠片を掘り出した。
少なくともこの世界には存在するはずもない、奇妙な鉄片の欠片を。
「……何だ、それは」
「サウズ王国に来てた人形あるでしょ。アレに近い、けど……」
確かに道化師を模した人形と同じ部品ではある。
しかしそれが纏う魔力はサウズを襲ったそれよりも遙かに高い。
いや、高いのではない。純粋なのだ。
恐らくこれの元となった存在をより純粋に受けているのだろう。
だが、どうしてそれがーーー……。
「ふ、二人とも……、こちらを見てみろ」
震えるような、声だった。
その光景を獣車から少し降りて眺めるチェキーは、口元を抑えている。
己の思想を述べぬように、否、述べるべきではないそれを抑え付けるように。
「何だ、これは……!!」
虚穴。
端々に紅色を零す、穴。
闇などという生易しいものではない。
少なくとも、落ちれば助からぬどころか大地に着くことさえないであろう、穴。
「……ただの一撃で開くものではないわね。スズカゼちゃんですらない。恐らくは」
「四天災者[灼炎]……! 姿を消していたとは聞いていたがっ……!!」
さらに、塗り潰す。
彼等の驚愕に上書きされるのは警戒。
地の底より響いてくる呻きが彼等の指先を跳ね上げるように背筋を伸ばさせた。
来る。あの化け物共が来る。あの人形共が、来る。
「ッ……!!」
虚穴の縁に掛かる、人工物らしい指先。
鉄と螺旋で作られたそれは岩を抉るように這い上がり、やがて瓦礫を握り潰す。
彼等は後退りこそするが獣車に乗ろうとはしない。
此所で引き下がっては、その先に行けるはずがーーー……。
「も、もう少しだ! 上げてくれ、フー!!」
「ちょ、魔力がキツいんだがどうだろぅおぇええええ」
「吐くなよ!? 私の腕に掛かるからな!?」
だが、その指の次に掛かったのは人間のそれだった。
いや、正しく言えば獣人のそれであり、這い上がってきたのは彼女達も見慣れているオクスとフーの姿だった。
彼女達の衣服や肌は酷く煤けており、擦り傷などの生傷もあって酷い有様だ。
それでも二人はどうにか崖から這い上がり、イトーを見るなり一度は躊躇うが、渋々上へと登り切ってきた。
「だ、大丈夫か、二人とも」
「リドラ殿……、えぇ、問題ありません。少し魔力が足りませんが休めば直に戻ります」
「二人とも癒やして上げるわ。私が! 私が!! 私が!!!」
「結構です。それよりも……」
オクスが視線を向けた先は、やはりその巨大な虚穴だった。
二人が這い出た辺りを見るに、この場で何かがあったのは間違いない。
いや、それよりも問題なのは、彼女の姿がないことだろう。
彼女の、スズカゼの姿が。
「……何が起こった?」
チェキーの問いに、オクスは一瞬フーへ視線を向ける。
しかし彼女も、いいや、オクス自身でさえ困惑するように首を振るばかりだった。
どう説明すべきかと言うよりは、何を説明すべきかという風に。
「我々も、アレをどう言うべきか……。ただスズカゼ殿がこの場に居ないのは確かですし、それにこの先に止めるものがあるのも確かです」
「スズカゼちゃんは何処に? それにこの大穴は? と言うか止める物があるってことは……」
「この大穴は四天災者[灼炎]によるものです。そして止めるものというのはご想像通りあの太陽で、その為の施設が先にある、と……」
それよりもスズカゼは何処だ、と。
リドラの問いに対し、オクスとフーはより一層眉根を顰める。
苦悶を零すように、喉を絞って。
「彼女はーーー……」
皆が言葉を失わざるを得ない、その一言を吐き出した。
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