ドラゴンの迎え
【シーシャ荒野】
「言い方は何だが」
ジェイド達は横一列に並び、荒野で何処と無い地平線を眺めていた。
彼等は偶然にも国へ帰る迎えの場所が同じのために、こうして
荒野で共に待っているのである。
とは言え、ジェイドの呆れるような声の原因はそれではないのだが。
「今回は働き損の草臥れ儲け、その物だな」
「言うんじゃねぇ、ジェイド。愚か過ぎて悲しくなってくる」
「欲を掻けばろくな事にならないというのが、よく解ったデス」
「財宝はなかったんですねぇ……」
「スズカゼ殿、いつまで言っているのですか……」
「うふふふ、惨めですわぁ」
「何とも言えぬかな、無情なりや」
「……ふん」
結局のところ、シーシャ国からは早々に追い出されるようにして外へと出て来た。
あの面々と顔を合わせるのも嫌だったし、無駄に滞在しても良い事もないだろうからだ。
「……そう言えば。皆さん、水持ってます?」
「水ぅ? 何だ、喉でも渇いてんのか」
「あぁ、いえ。シーシャ国に来た時にですね、水を零した泥濘の上に足跡があったんです。それで他に人が居るって気付けたんですけど」
「確かに水こそ持てども、我々零す事や無し」
「確かに零した事はないデスね。それがどうかしたんデスか?」
「……いえ、何でも」
要するにあの水も盗賊団が零した、という事か。
何にせよ自分達を誘い出して瓦礫で生き埋めに使用とする連中だ。
その水すらも勘違いを誘導させるためにやったのでは……、と思案してしまう。
「……む」
と、暇に過ごしていた彼等の前に影が現れる。
何ではない、地面に薄らと浮かぶ影だ。
ジェイドは思わず身構えるが、キサラギは彼の腕に手を当ててそれを制す。
「迎えなり」
その影は豪音と共に段々と色濃くなっていく。
周囲に砂埃が舞い上がり、同時にスズカゼの髪を大きく揺らす豪風もあった。
「こ、これは……!」
巨大な爪が地に食い込み、鋭い眼光は彼等を映す。
人間すらも丸呑みにするほどの大口からは牙が覗き、豪風を巻き起こす両翼は余りに逞しい。
「どどどど、ドラゴンーーーーっ!?」
それは正しくドラゴンだった。
柔らかな身体に被さるようにして鉄錆色の鱗が幾つも連なっている。
近くに居るだけで触れてないというのに、腹底に響くほどの生命力。
現世のファンタジー小説やアニメ、漫画などで見るドラゴン。
それが今、スズカゼの目の前にはあった。
「ほォ? よく知っているな」
ガグルはそのドラゴンの鼻先をなで、得意げに笑む。
それと同時にドラゴンは欠伸をするようにくぁと口を開け、炎を吹き出した。
当然、その真ん前に居たガグルは頭部に炎を受けて大炎上である。
「ドラゴンはスノウフ国にしか生息していない希少種デス。他にも居たんデスけど、大戦中やそれ以降、武器とか装飾品に使われるために乱獲されたって聞くデス」
「このドラゴンも純粋種にあらず。他種族との配合により極寒地に適応した種族なりや」
「いや、普通に説明してますけどガグルさん燃えてるんですけど!? 消火、消火ぁああーーーーーーっっ!!」
「……また死ぬかと思った」
「ガグルが燃えるのはいつもの事なんデス。ドラゴンに嫌われてるくせに触りに行くから」
「何で俺がドラゴンに嫌われてるのか解らねぇぜ……」
「貴様はドラゴンの扱いが雑なりや。嫌われて当然なり」
「む、むぅ……」
髪先をチリチリと焦がすガグルは、明らかに不満げな様子を見せて口先を尖らせる。
あの様子では何かしらの心当たりはあるのだろう。
とは言え、流石に炎上するのは些か行き過ぎだとも思うが。
「……にしても」
ドラゴン。
正しくファンタジーの代名詞とも言えるような存在だ。
今まで呼んできた漫画や小説、果てはライトノベルまで。
ファンタジー作品と言えば必ずこの存在があった。
魔法もそうだし、言ってしまえば騎士や獣人だってそれだ。
けれど、こうして具体的に個の生物として認識するのと存在や地位として認識するのでは全然違うという事がよく解る。
「……触っても大丈夫ですか?」
「この子は人懐っこいので大丈夫デスよ」
グルルルルと唸り声こそあげているが、これは喉を鳴らしているのだという。
今はガグルを燃やして満足しているので触っても大丈夫だろう、とキサラギも付け足した。
人を燃やして満足とは中々に危ない気もするが、これは是非とも触ってみたい。
スズカゼの背後ではデイジーとサラがそんな彼女の様子を不安げに見詰めていた。
「よ、よしよーし……?」
ゆっくりと、身長に。
例えるならば赤子が始めて犬や猫に触るような、そんな風だ。
ドラゴンは眉をぴくりと動かし、首を上げる。
スズカゼはそれに少し驚いて一度は手を引っ込めたが、意を決したようにドラゴンの鼻先を撫でた。
「お、おぉう……」
ざらざらとした感触は亀の甲羅にも似ている。
鱗の一枚一枚はかなりしっかりとしていて、何よりも固い。
そして、その鱗の裏側にあるであろう生命の産物は温かく、生き物だという事を訴えかけられているようにも感じた。
「す、スズカゼ殿!!」
だが、その穏やかな空気を掻き消すデイジーの絶叫がスズカゼの耳に谺する。
彼女が叫び何事かと振り返った瞬間、横から凄まじい衝撃を受けた。
それは自身にジェイドが飛びついてきたのであり、同時に自分もドラゴンの前から遠ざかっていく。
「ちょっ……!」
それより、ほぼ数秒後。
彼女の居た場所は豪炎に覆い尽くされる。
それは先程、ガグルに向けられた炎の比などでは無い。
先程のを水滴とするならば今のは大洪水と言える程だ。
人間などいとも容易く焼き尽くすであろう、豪炎。
「デイジー!」
「解っている!!」
スズカゼの背後に居たデイジーもサラも同時に左右へと跳躍。
その豪炎を寸前で回避し、事なきを得た。
スズカゼもジェイドのお陰で怪我もなく回避出来たようだ。
的を失った炎は荒野へと消え失せ、残るのは静寂だけだった。
「だ、大丈夫かよ、おい」
「だだだ、大丈夫です。……大丈夫です」
「……こ、この子が人に火を吐くのなんて初めて見たデス」
「ドラゴンは本来、アレほどの炎を吐くのは自らの敵のみなり。若しくは……」
キサラギは思案するように、少し躊躇うように口を結ぶ。
だが、やはりその言葉を述べるべきかと目を細くして両耳を微かに動かせた。
「その少女が人ならぬ存在か」
彼の言葉に、今まで傍観していたファナは微かな殺気を見せる。
スノウフ国はフェアリ教を国教としており、それは精霊や妖精を崇拝する宗教だ。
彼等もスノウフ国の人間ならばフェアリ教を崇拝しているだろう。
そして、そのフェアリ教からすれば半精霊半人間であるスズカゼは余りにも侮辱的存在だ。
その存在はフェアリ教ひいてはスノウフ国を侮辱しかねない。
即ち、東の大国と北の大国の戦火を再び巻き起こすこととも成り得るのだ。
「…………」
ファナはゆっくりと組んでいた腕を解き始めた。
彼等がその事を国に持って帰れば、本当に戦争になる可能性もある。
もし知られるぐらいならここで殺した方が良い。
どうやら移動手段はこのドラゴンの様だし、まずこれを殺す。
流石に現状の戦力では難しいが、最悪、自分だけでも連中を殺す事は出来るだろう。
シーシャ国で遭遇したギルドの人間が言っていたように、これは非公式。
ここで死のうとも不慮の事故で済むし、自分達がシラを切れば、それを知る術など無くなる。
どうする? 今すぐ殺すべきかーーー……。
「馬鹿言え。こんな小娘が人間じゃなくて炎吐かれるなら、お前やジェイドには牙を剥いて喰いに掛かってるぞ」
「解っておる。冗談なりや」
「ったく。悪ぃな、気を悪くしないでくれ。そのドラゴンは少しばかり世話の焼ける……」
ガグルの言葉を否定するように、ドラゴンは彼へと豪炎を吐き出した。
とは言え二度目だ。流石のガグルも飛び跳ねてそれを回避する。
ドラゴンに勝ち誇った顔をする彼の姿は傍目には酷く虚しく見えた。
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