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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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墜ち逝く時に

いつからだろう。自分が仮面を被るようになったのは。

幼少の頃? いいや、あの時は焦土で黴びたパンを喰らい、泥水を啜っていたことしか覚えていない。

少年の頃? いいや、あの時は怖じ気付いて泣き叫ぶ同胞を刺し殺し、ぶくぶくと超えた大人達の笑顔を待ち侘びていたことしか覚えていない。

青年の頃? いいや、あの時は戦場で幾千幾多の者共を殺し尽くし、大国の王女を狙う暗殺者と成り果てたことしか覚えていない。

ーーー……そうか、あの頃だ。あの時、彼女に出会ってからだ。

自分より幾歳も小さく、ただ膝元ほどしかなかった少女。

然れど手も足も出ず、ただ頭を垂れるより他無かった。己の身を縛る重圧に、鮮血をくれてやるしかなかった。

けれどあの時、自分は、命乞いをしただろうか。

いいやーーー……、しなかった。

あの時既に自分は、無と成り果てていた。


「……命は乞わないのね」


何と答えたかは自分でも覚えていないけれど。

気付けば彼女の部下として抱え上げられたことだけは、覚えている。

そして幾年か従った頃に、自分が成人の半ばも過ぎた頃に、その計画を聞かされたことも。


「適任よ」


何処か不思議な雰囲気を纏う、まるで聖女のような子供。

そしてそれとは叛した薄汚い男。然れど対峙した瞬間に血の気が引くような気迫。

それ等が混濁するように襲い掛かったとき、自分は意識を失いそうになった。

尤も、それぞれの一言目でこの人達はそういう人達なのかと理解することにはなったけれど。


「俺ァ反対だぜ。普通の人間を関わらせるのは危険すぎる」


「メイアたんが連れてきたなら賛同したいけど、私も同意見ね。この男は貴方達に比べて魔力が低すぎるわ」


自分も全くの同意見だった。

当時はこの二人が何と呼ばれ、畏れられているかなど知らなかったけれど。

それでも自分が彼等より遙かに劣り、そして役に立たないことは嫌でも解っていた。

それでも、だ。

結果的に言えばメイアウスの推薦によって自分は計画に加えられることになる。

殆ど無理矢理だったけれどーーー……、それでも自分は断ることはなかった。


「重いわよ」


彼女が呟いたその言葉が、耳にこびり付いている。

何が重いのかは、その時理解出来なかった。

元より何も持たぬ自分だ。裏切り、欺き、殺すことが生業だった自分だ。

例え裏切り者になろうと、何人に呪われる存在となろうとも。

構わない、はずだった。


「「ばるどさん! これ、つんできました!」」


小さな花が、あった。


「隊長ぉ……、もう無理ですよぉ」


情けない部下達が居た。


「……次の、命令を待っている」


娘のようなーーー……、少女が居た。


「……あぁ、これは確かに」


重いですね、と。

彼はただ墜ち逝くその身に瞼を閉じる。

眩く蝕陽が空へ昇っていた。きっと、あの歪な偽物はメイアウス達が壊してくれるだろう。

接続種も仕込んだーーー……、後は天霊が死にさえすれば、その身体と魔力が花となって太陽を喰らうだろう。

だから、これで良い。後は全てを託し、死ぬ。

裏切り者の仮面被りには、相応しい最期ではないか。


「ファナ」


ーーー……どうして。


「……ははっ」


どうして、その言葉を最期に述べてしまったのだろう。

或いは綺麗な結果として結び終えるはずだったのに。

過程も含めた全ての結果として、終わるはずだったのに。

最期の、その一言を呟いてしまった。

後悔だろうか、願望だろうか。いや、もっと別の何かだろうか。

どれにせよ、自分はそれを呟いてしまった。その名を呼んでしまった。


「馬鹿だねぇ、本当に」


だからこそ。

その白き炎は天を翔け、己の身を抱え上げたのだろう。

彼女は、今此所に居るのだろう。


「……赦すつもりはない」


骨肉が軋む。

臓腑に血はなく、頭には靄が掛かっている。

意識は朦朧とし、眼は霞む。

それでもなお、彼女の進む道は、確かに。


「償え」


ただそうとだけ述べて、彼女は口端を噤む。

何かを無理に述べようとはしない。

述べる必要はないからこそ。


「……そうしようかな」


荒れ狂う天霊。

己の眼孔や口腔から吹き出す焔に眼を掻き毟る異形。

ただその絶叫一つで大海は荒れ狂い、嗚咽一つで魚々は共に喰らい合う。

引き裂かれた喉傷から溢れるへどろが如き黒血。眼球に迸る紅色。

そして、その身を覆い裂く蒼朧の魔力。


{ゆ゛、るざなぃ……!!}


憎悪に応えるが如く、水龍は咆吼する。

荒れ狂い、竜巻さえ巻き起こす大海の中で、天霊は。

変わり果てた身を、美麗など捨て去り呪怒に塗り潰された姿で。

その者達へ、牙を向ける。


{ぜっ、だいに……}


雫が、波によって打ち上げられる僅かな雫が、天へ昇っていく。

それはまるで雨を逆再生でもしているかのように、幾千幾多と、昇っていく。

曇天は収束され、黒き世界を、天へと映して。

蝕陽さえも、覆い尽くすままに。


{赦ざない゛ッ……!!}


天霊は、大きくその手を振り上げた。

眼下で這いずり回る船も、そこへ降り立ち行く裏切り物も。

誰も彼も、決して赦さない。自分等の願いを、邪魔するものは。

決してーーー……、赦さない。




読んでいただきありがとうございました

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