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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
816/876

不利なる最中にて待つ


【シャガル王国】

《海岸線》


「面舵いィィイイッぱァアアアアアアアアアアアアアッイ!!!」


大帆船は蒼快の波を大きく切って右側へ旋回した。

その船が数秒前まであった場所には強大な魚群と槍嵐が撃ち込まれ、海面越しに地底を抉り超した。

白泡は雨粒となって降り注ぎ、帆を大きく濡らし、船員達にも数多の雨粒を落とす。


「カイリュウ! シシッ、この海水は傷によくない!! このオッサンは奥に移すぞ!!」


「好きにしろ! こっちは避けるのに忙しい!!」


船の上では数人の獣人をわたわたと動き回って意識を失った老人を船の奥へ運んでいく。

男はそれを見送るまでもなく再び罵声に近い船導の号令を叫ぶ。

船は大凡、木質とは思えぬほどの速さと的確さで動き回り、幾多の攻撃を回避していった。

尤も、それ等全てでさえ彼等の大帆船の数十倍はあろうかという龍の上に君臨する者達からすれば羽虫の羽ばたきに過ぎないのだが。


{……アレは?}


「カイリュウ海賊団という、トレア海で主な活動を行う一派ですね。別段特筆すべき連中でもありません」


それよりも、と。

彼等が向き直した方角に立つのは、一人の少女。

双腕に白き炎を纏い、砂浜に伏す男を庇うように立つ、少女。


「まずは彼女ですね。この戦況を覆せるほどの力はないが、我々を刺すだけの力はある」


{……それは贔屓目なしに?}


「いえ、贔屓目ありに、です。……尤も、元上司としての過小評価という意味ですが」


バルドは槍を召喚すると共に水球から這い出て、幾度か肩や腕を回し、軽く爪先に力を込める。

中々の回復力だ。もう傷の大半が治癒し、動きに問題があるほどの物は無くなっている。

あの球体の中からでも召喚は可能だったが、やはり何か壁を通しているような感覚があった。

海面や海棲生物を操作していることからも、彼女は他の何かと同調することに長けているのだろう。

この回復術もその一環だろうがーーー……。


「……ふむ」


{どうかした?}


「いえ、連中は何を待っているのか、と」


バルドはファナのみではなく、遠方に広がる一国さえ見下すように眼を細める。

何と未熟な計画か、と。そう述べるようにだ。


「我々の元に寄越すのならば、もっと人材があったはずだ。戦力としてこれ等では足りなさ過ぎる」


{……考え過ぎじゃない?}


「お気付きでしょう? 各地でこちら側の魔力が幾つも消えていることが」


その言葉を受けた瞬間、天霊レヴィアの表情が酷く曇り濁る。

気のせいではなかった、気のせいであって欲しかった。

ただ心配性な自分の過敏な想いなのだろう、と。そう結論付けたかった。


{やっぱり、あの子達は……}


「詳しい戦況は謀りかねますが、どちらにせよ既存戦力だけで彼等が勝てたとは思えない。何らかの策略を持って勝利した、と見るべきでしょう」


今何度か指先を折り曲げ、回復の感触を確かめながら。

彼は幾度も爪先に力を込め、或いは槍の柄を握り直す。

思考の癖、とでも言うべきか。何度もトントンと机を指で叩くように、顎先へ手を置くように。

ただ思考するときの、癖。

然れど依然としてーーー……、その仮面変わることなく。


「故に待っている、です。彼等は他の場所同様にこの局面を打開し得る策を持っている……。それが何かは解りませんが」


{……いえ、思案は貴方に任せるわ。私よりも余程知恵が働くでしょうし}


「それは有り難い。……あぁ、いえ、非難する訳ではありませんが」


バルドの細かな動きが止む。

彼は依然変わらぬ仮面の中から遠くを見詰め、静かに瞼を細めた。

思案思想ーーー……、そして、思惑。


「まず第一にファナ・パールズと奴らを接触させないことです。私の束縛から脱出した地点で計算外ではありますが、デッド・アウトという足手纏いを抱えることになったのは幸運だった」


言うなれば時限爆弾だ。

爆発はしない。時間が来ても周囲に被害が及ぶ物でもない。

然れどその限刻。それを迎えることを躊躇させ、警戒させるだろう。

故に時限爆弾。爆発もせず裂傷も与えぬが、確かにそれはファナという少女を折るに到る。


「あちらの船……、カイリュウ海賊団にはどうやら治療の術を持つ者が居るようです。故に彼女はそちらへ渡そうとするでしょう。そこが狙い目となります」


デッド一人を引っ抱えての移動となれば、当然ながら機動力は落ちる。

水龍の巨体か、魚群の狙い撃ちか。はたまた自身の投擲による狙撃か。

何にせよ、仕留めることはそう難しいことではない。


「何を企んでいるかは知りませんが、その前に抑えれば済む話だ」


囀り飛び回る蝿か。

時限爆弾を抱えた少女か。

巨大なる水龍と大海を標す天霊。そして幾千の刃を操りし物の前にーーー……、それは余りに無力。

否、救援で一時は持ち越そうとも、勝負になるはずなどなく。


「…………」


然れど、未だ。

それの発動を待つ者(・・・・・・)の瞳に宿る焔が、消えることはなく。

ただ虎視眈々と、狙う。この圧倒的な不利な最中でも、ただ、その者は。

来たるであろうその時を、待つのだ。




読んでいただきありがとうございました

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