鮮血に塗れ
【トレア平原】
「オォォオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
咆吼と共に空を裂き、彼女の渾身の一撃が異貌へと叩き込まれる。
その衝撃は異貌とて真正面から受けきれるものではなく、身体を、否、正しく言えば骨身を捻り、往なすより他なかった。
「まだッ……!!」
幾度も、だ。
彼女は龍に跨がりながら、幾度も異貌へ渾身の一撃を叩き込み続けていた。
避けられ、往なされ続けようと、龍の空貫力と自身の捨て身にも等しい一撃を。
執念とさえ言えるほどに、幾度も幾度も幾度も。
{…………}
対する異貌の天霊は、ダリオは骨身故に剥き出しとなった奥歯を噛み締める。
厄介だ。龍の速度と女の捨て身の攻撃。この二つが重なったことで、簡単に仕留められなくなっている。
もし認識を改めず真正面から受けたのなら、きっと一瞬で両腕を破砕されただろう。それ程の衝撃だ。
{……龍め}
何よりも面倒なのは、古代に滅んだはずの残火。
龍ーーー……、嘗ては天霊と共に世界の為に戦い、或いはその身を人に滅ぼされた古の牙。
その末裔が今、眼前に居る。やはり恐るべき力を持って。
いや、ただ誇り高いだけの傲慢な龍であれば恐れることはなかった。決して人を背中に乗せたりはしなかっただろう。
ジュニア。あの女が育て、下らない愛情と名前をくれてやった龍。
今まで何処に隠れていたのか知らないが、それでも考え得る限り最悪の状態で来てくれたのには変わりない。
あの女を再び立たせるという、最悪の役割も込めて。
{だが……!}
どちらか、だ。
龍を駆るデイジー・シャルダ。
一撃を任せるジュニア。
どちらかが欠ければ、戦力は一気に落ちる。
否、それだけではない。確実に隙が生まれ、勝敗は決する事となるだろう。
この新緑の大地に、奴等の身代を喰らわせてやることが出来る。
{調子に乗らせるワケにはいかねぇんだよォ!!}
異貌の背より放たれる幾千の刃、否、骨刃。
大凡人体らしからぬそれは弾丸、或いは砲銛のように空を貫き、龍駆る彼女達へと襲い掛かる。
その速度は風を切り空舞う鳥さえも引き裂いて、ただ豪風の中に大翼を破す龍へ。
「ジュニア、上だッ!」
大地に粉塵を巻き上げ、龍の翼が天空へ舞い上がる。
風に漂う白雲にも触れてしまいそうな程の上昇。
ただ、それでもその骨刃を躱すには到らず。
「…………ッ!!」
デイジーが体を揺らすと共に龍は雲を裂いて豪風の中へと飛び込んでいく。
皮膚を裂くような烈風が身体を刻むが、未だ止まりはしない。止まる訳にはいかない。
例え片腕を失った身であろうと、未だ、止まれはしないのだ。
「突っ込めッ!!」
デイジーの叫びに従うが如く、ジュニアは急激な方向転換と共に異貌へと突っ込んだ。
突如の転換に対応出来ない骨刃は龍の甲鱗に弾かれてへし折れていく。
ハルバードの靱刃は異様なる陽光を受けて白閃を放ち、ただ、斬風の中へとーーー……。
{来ると思ってたわよ}
或いは、未だ彼女が油断していたのなら、そうはならなかった。
異貌が、ダリオがデイジー・シャルダを認めたが故に。
彼女の[強欲]に足る存在となってしまったが故に、必然。
その闇は、彼女を迎えることとなる。
{飲まれ、果てろ}
漆黒の闇。
嘗てスズカゼ・クレハを喰らい続けた暗黒の刃。
表面上に展開されたそれは、容赦なく、彼女と龍を迎える。
「知っているとも」
だが、だ。
相手が強者であることを、彼女は誰よりも知っている。
故に、無謀な策などではない。全ては思想の上に。
「飛ぶぞッ!!」
蹴り飛ばす。
異貌を? 否。
暗黒を? 否。
龍を、だ。
彼女は己を支えるはずの龍を蹴り飛ばして跳躍。
龍は彼女に蹴り飛ばされた衝撃と共に滑空。
{な}
驚愕する暇さえない。
己の眼前で暗黒の口腔から遠ざかっていく彼女等を見ようとさえ、出来ない。
隻腕の騎士がーーー……、自身の頭蓋を叩き割ったが故に。
「お、ぉぉおお」
跳躍によって異貌の頭上を飛び越える際に、彼女は無理矢理それの頭蓋へ刃を叩き込んだのだ。
片腕の付け根、肩の辺りが引き裂かれるような悲鳴を上げようと関係ない。
ただ勢いのままに、それを、引き摺って。
{ぁ、がァアアアアアッッッ!!!}
「オォオオオオオオオオオッッッ!!!」
咆吼と慟哭が入り交じり。
刃は引き摺るように骨底を削り、異貌の脳髄へ、到達する。
例え天霊であろうと、魔力の権化であろうと、何らかの機能を有すのであれば、仕組みがある。
例えば脳。如何なる姿であろうと、人間としての形を持っているのなら。
ここを、破壊すればーーー……。
{あ、あがぁあああッッ!!}
デイジーの脇腹から、鮮血が吹き出した。
苦し紛れの一撃。子供が駄々をこねるように振り回された骨刃が、彼女の脇腹を斬ったのである。
高が一撃。然れど、片腕を失い防御さえままならぬ彼女には。
それが、致命傷にさえ。
「ジュ、ニアァアアッ!!」
咆吼と共に、彼女の肉体を喰らうが如くジュニアが飛空した。
掴むのではなく、喰らう。武器を手放さない為の、決死の選択肢。
必然、異貌は頭を引き摺られるように頭蓋を砕かれ、苦悶に膝を折った。
だが、デイジーもまた追撃よりも、鮮血溢れる脇腹を押さえながらハルバードを咥えて龍の背によじ登ることしか出来ない。
血みどろだ。弱者と強者、双方が抗い続ける故の、戦乱。
然れど諦めることはない。抗い、食い下がり続ける。
彼女達の間に諦望などはーーー……、決して。
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