事実は言葉の影に隠されて
「後始末だと?」
不快そうな声をあげたのはジェイドだけだった。
だが、彼以外の、他の面々も同様に不快感溢れる表情となる。
当然だろう。今の今まで出て来なかった癖に、いざ事が終わったとなると後は任せろと言い出す。
これで納得しろという方が無理だ。
皆のそんな雰囲気を感じ取ったのか、ミズチはさらに肩を縮めて首を窄めた。
「あのですね、ミズチ……、さん」
そんな中でも、比較的温厚なスズカゼが彼女に語りかける。
ミズチも柔らかな態度のスズカゼなので安堵したのか、はい、と弱々しいながらも返事を返した。
「ギルドだか何だか知りませんけど、急に出て来て後始末はやりましょう、じゃ納得できませんよ。これを片付けたのは私達なんですから、相応の理由をですね……」
「そ、そうは申されましても、ここは国家間の領土が正確に決まっていない土地ですので……。必然、ギルドが処理する事になるんです……。それに、非公式ですので恩賞なども出せませんし……」
彼女の言う事も尤もだ。
そもそも、今回の事の発端はサウズ王国がスノウフ国に、スノウフ国がサウズ王国に恩を売ろうとして、互いの勘違いを盗賊団に利用された形で起こった事だ。
この事は国家内ならともかく、国家間では完全な非公式事項なので、実際のところ胸を張れる物でもない。
さらにギルドという完全中立組織の名目を出された以上、下手に食いつくともいかない訳で。
「私が出なかったのも、その、私、戦闘は全くでして……」
「……ふむ、理には適っているな」
ここまで言われてはジェイド達が反論できる事は何もない。
不満は残ろうとも、そもそも今回はこちらに非があるのだ。
一度は手を取り合った以上、スノウフ国の面々と責任どうこうの話をする事も出来るはずはない。
だが、だ。
それに気付いているのはジェイドを始め、ファナ、キサラギ、ガグルだった。
他の、スズカゼ達は仕方ないかと肩を落としていたが、彼等は違う。
「なるほど、そりゃあ解った。遠いのにご苦労さんだな」
「い、いえ。仕事ですから」
「ここに来るまで何日掛かったんだい?」
「……えーっと、五日ほど、ですが」
中央からの距離ならば、相応の物だ。
いや、獣車を使ったにしても運良く早く着いた程だろう。
だからこそ浮き上がる、疑問。
「五日掛かりてここに参られたのならば、何故、今、ここに居る?」
「……は、はい?」
「五日も時間が要するのならば、どうして丁度、こんなにタイミング良くここに居るのかと聞いている」
「そ、それは……」
「愚かにも尻尾を出したなァ? もし、俺達が来るよりも前にシーシャ国に居たなら盗賊団に見つかってるだろ」
「もし我々の後ならば、距離と時間的に不可能なりや」
「……そういう事だ、ミズチとやら。百歩譲って貴様がギルドの人間である事は認めよう。だが、真実を話して貰わなければこちらもどうしようもない」
「言っておくが、この場で妙な行動を起こさない事だ。……尤も、この人数相手にそれは考えないだろうがな」
スズカゼを除く全員が戦闘態勢に入り、武器を、魔術を、構える。
この場に居る全員を相手にとっては勝ち目がないことなど赤子などでも解るだろう。
ミズチ自身もそうで、全員が一斉に構えると同時にひっと小さな悲鳴を零した。
だが、この場を制するのは彼等ではない。
いや、彼等ではなかった。
「その件に関して貴女達に言う事は何もありません」
ずるり、と。
低い、男のような声と共にミズチの影より這い出てくる女性。
顔を黒い布で覆い尽くした彼女は影から足を引き抜いて、ミズチの前へと歩み出て来た。
全員がその様子に息を呑み、さらに戦闘の意思を高め、牙を剥く。
「……戦闘の意思もないことを付け足しましょう」
「何者だ。今のは魔術……、いや、魔法か?」
「その事について語る事もありません」
「汝は何者なりや?」
「私は彼女の上司、ヌエと申します。少しばかり誤解があるようなので解説させていただきますが、我々は何も貴方達の手柄を横取りしようというのではありません」
「その件に着いてはこちらに非がある。何も言えん。……が、だ。我々を利用し、理由も言わないというのが気に喰わんだけだ」
「至極当然ですね。ミズチ、彼等に謝罪を」
「……も、申し訳ございません」
「さて、我々がここの処理に乗り出した理由はシーシャ国は書類上、未だ滅国していないのです」
「愚かだろ! これの何処が滅国してねぇんだよ!?」
「書類上は、です。見ての通りこの惨状ですが、書類上はまだこの国は生きて居る」
「それはギルドの怠慢だろう、それは」
「仕方ないでしょう。四国大戦を覚えていらっしゃいますか。この中には参戦した方もいらっしゃるでしょうが」
「無論。10年前の惨劇なりや」
「その通り。ですが、実際、戦争が実質的な冷戦状態となったのは大凡5年前だというのはご存じで?」
「それを止めたのはギルドだ。完全中立組織が出来たからこそ四国が正式な取引や条約を交わし合えた。……が、それが現状と何の関係がある?」
「この通り、我々は完全中立です。北と東の大国のどちらに味方をするという事はありません」
「……つまり、双方の損にはならないから安心して任せろ、と」
「砕けて言えばそうですね」
その場に居る全員が、現状を理解していた訳ではない。
精々、ジェイドとファナ、そしてキサラギ程度だろう。
現にガグルやデイジーはさらに食い付こうとしている。
だが、無駄なのだ。
この人物にこれ以上の追求は、無駄なのである。
「……ギルドは完全中立組織ではあるが、余り良い噂も聞かんな」
話題をすり替えられたならば、すり替え返す。
この際、既にジェイドの言葉は憂さ晴らしのそれに近いだろう。
ただ、彼はそれを掃いて捨てる事も出来ない訳で。
「えぇ、承知しています。如何なる組織でも、膿というのは出る物ですから」
「……結構」
だが、すんなりと返されてはこちらも何も言えない。
ファナもキサラギも同意見のようで、もう無駄だという事が充分に理解出来た。
この人物は会話に置いては何枚も上手だ。
これはどうか、と聞けば、それはそれです、と。
食って掛かれば食って掛かるほど、ひらりひらりと交わされてこちらが転び回るだけだ。
「帰るぞ、皆」
「じぇ、ジェイドさん!?」
「時間の無駄だ。……どうせ貴様等の事だ。姫が通ってきた地下洞窟の道など調べ終わっているのだろう」
「勿論です。とは言え、まぁ、ただの洞窟でしたが」
「……盗賊団の身柄は?」
「勿論、こちらで相応の処分を。死体の処分も序でにしておきましょう」
ヌエが視線で合図すると、ミズチはひゃいぃと怯えるようにして横転した獣車へと走っていった。
そこの荷台で縛られた盗賊団の頭を確認するのだろう。
つまり、彼女等はそれすらも知っていたのだ。
一体、いつから居たのか。
一体、どこから見て居たのか。
一体、彼女等は何者なのか。
解らない事だらけではあれども、ここで追求は出来ない。
「……礼は言わんぞ」
「えぇ、ご自由に」
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