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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
809/876

破壊者の刹那


{こんな}


紅色が世界を裂く。

こんな事があって良いものか。

紅蓮が天を覆っていく。

どうしてこうなった。

紅月が空へ浮かびて弾け輝く。

俺は、どうしてーーー……。


「さっさと失せろ」


その強大な化け物さえ覆い尽くす岩盤が、全てを闇へ葬った。

闇を喰らうはずの、闇さえ埋め尽くすはずの化け物が闇の果てへと。

ただ轟音猛り狂う中で、意識さえも、全て。


「…………」


黄金の隻眼に映る感慨は、ない。

ただ殺し、終わっただけだ。

あの国で謀略に殺された仲間達、同胞達の無念。

そしてこの者に殺された彼女の無念。

晴らしてみればーーー……、何と呆気ない。

然れどこの胸には、確かに夜風に揺られる灯火のような、儚い満足感があった。


「……だが」


まだ終わっていない。何も、終わってなどいない。

戦乱は未だ世界を狂わせ、空には異様なる太陽が浮かんでいる。

そして何よりも、この男が眼前に居る。


「ケハッ、ケハハッ」


巨大な、山の地形さえも変えるほどの岩盤の上で嗤笑する獣。

ゆらりと両腕を垂らしながら、影の中であろうと煌めく双眸を見開いている。

白銀の刃に等しき牙を、爪を、切り開いている。


「やっと、ってかァ……」


純然を遙かに凌駕した殺意。

暗殺者として生きてきた、否、一度死した身であろうと、これ程の殺意を感じたことはない。

頬を裂き、背筋を抉り、四肢先を捻り千切るような、殺意。

然れど恐怖はない。否、危機感がないと言うべきか。

片足を引き摺り、だらりと腕を垂らしただけのその獣相手には。


「……動かない方が身のためだ、デモン」


亀裂の奔った頬、抉れた片足と、色を失った片眼。

幾年もゴミ捨て場に打ち捨てられて雨風に晒された人形のように。

その男にはもう、生物依然とした光はなく、あるのは壊れ果てた無機物のような穢れだけ。


「……とは言っても無駄か」


「当たり前だ」


疾駆。閃光すら超えた、刹那。

全てを斬り裂く鋭爪がジェイドの腕先を擦り、鮮血を散らす。

然れど彼は怯む事無く獣へ切り返し、その腹肉を削り取った。

否、肉とさえ判別が付かない欠片を。


「ハッハッハ」


先程の鈍重さが感じられないほどに俊敏。

獣は軽々しく跳ねながら、溢れ出る笑いを抑えようとはしない。

ただ悦楽。何と楽しいことか、何と嬉しいことか。

最期の最後に、この男と殺し合える。


「ハッハッハッハッハァ!!!」


脚突が大地に滅り込み、幾多の瓦礫を吹き飛ばす。

目眩まし? 否、その程度では済まない。

跳ね上がった瓦礫を前にデモンはそれ等を凄まじい速度で、そして怪力で殴り飛ばす。

目眩ましから弾丸、いや、砲弾へ。たった一発であろうと人体を抉り取るに充分過ぎる一撃。


「…………ッ!」


対するジェイドは回避しようとしない。

無論、防御さえ無駄だ。成すならば、迎撃。

ただ一閃が奔れば岩々は紅蓮に舐られ消えていく。灰燼と化し、散り果てる。

彼の剣閃は最早視認することさえ難しく、ただ軌跡だけが空へ紅色の戦舞を擬えていた。


「それでこそだァッ!! 闇月ゥウウッ!!!」


半円を描くほどに、デモンの右腕が大地を躙る。

彼が持ち上げたのは、抉り取ったのは先程の比ではないーーー……、巨岩。

それこそ山岳。山一つ丸々を、掌握したのである。

猛り狂う咆吼は大地を轟かせ、震え荒ぶ衝撃は山々を砕いて。

ジェイドでさえまともに立っていられない程に、それは。


「お゛、ぁ゛、あああァアアアアアアアアアアア!!!」


山が、墜ちる。

形容や比喩ではない。文字通りに、山岳の山一つが。

ただ眼前の漆黒へ、太陽さえも覆い尽くすほどの影となりて。

彼へとーーー……、墜ちて。


「……破壊者、か」


恐ろしい男だ。

ただ闘争。あの男は全てをそれに賭けた。

例え死す最中であろうと、あの男は、全てを。


「だが、だ」


魔炎の刃を、鞘へ収め。

深く、深く、深く。大地に根付くほどに腰を落とし、脚を踏み締め。

闇夜に浮かぶ三日月を描く程に、それは、態勢と成す。


「月は山を越え浮かぶ」


軌跡が、刻まれた。

瓦解の刹那に紅色の閃光。

紅蓮の焔湧き立つ暇さえ在りはせず。

ただ、暗影の闇へ、紅月の耀きが。


「だろうなァ」


「あぁ、貴様ならそうだろう」


両断され、ジェイド・ネイガーの真横を墜崩していく山々。

雪崩に等しき、破滅に等しき轟きの中で。

叫ぶでも呟くでもない言葉は、確かに届く。

一本道ーーー……。紅色に斬刻された断面の直線。

獣と獣。黄金の破壊と漆黒の紅月が、対峙する。


「真正面だ」


「受けて立つ」


疾駆、大地、抉り。

態勢、刀鞘、躙り。


「ジェイドォオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」


「デモォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!」


刹那は、今、此所に。

黄金の獣の拳撃が漆黒へ放たれた。

漆黒は紙一重、頬肉さえ喰奪われる刹那に回避し。

紅色にて、黄金の獣を、斬り結ぶ。


「……ッ」


短く、嗚咽するような絶息。

肩先より腰への袈裟斬りーーー……、紅色の閃光。

崩れ、朧の中に剥げ落ちていく、獣は。


「……刹那、は」


だが。

その身を斬られ、最早生命の灯火など無かろうに。

それでもまだ、獣は。


「今だッ……!!」


完全に斬撃を振り切った漆黒。

彼の眼に映るのは、振り抜いたはずの拳を再び構える黄金。

反応する刻などない。刀を戻し振り抜くことなど、或いは刺し貫くことさえ。

その獣の一撃の前には、足りず。


「これがぁああああああああああああああッッッッッ!!!」


ぐしゃり、と。

振り抜かれた拳が、砕け散った。

灰燼を踏み抜いたように、塵片となりて。

ただ、骨も肉も、鮮血すら現さず。

その腕ではーーー……、砕け、散った。


「…………ハッ」


解っていたと言わんばかりに、獣は嗤い捨てる。

疾うに限界を迎えていた。疾うに戦えるはずなどなかった。

それでも最後まで、ただ最期まで付き合ってくれたのだ。

この肉体は最期まで、ずっと。


「まァた……、届かなかった」


最後に伸ばした腕は、いつも。

誰にも、届きはしない。


「……いや」


ジェイドの隻眼が、崩れ逝く獣を映す。

己の口腔から溢れる、僅かな鮮血を口端より零し。

彼は静かに、瞳を閉じた。


「何だ」


嗤いながら。

頬に奔った亀裂が、眼にさえ到り。

やがてそれ等は、全身へと。


「届いてんじゃねぇか」


最期の、言葉。

灰燼は風に連れ去られ、天へと消えていく。

ただ残されるのは破壊の中に独り佇む、漆黒の獣。

彼の瞼が開かれることはない。静かに、ほんの僅かなその時にだけ。

破壊の獣への鎮魂をーーー……、願うように。


読んでいただきありがとうございました

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