共に同じく
【山岳地帯】
{……今更だ}
吐き捨てるように平温を取り戻し、天霊にして[傲慢]デュー・ラハンは深く息を押し出した。
落ち着け、今更現れたあの男に何が出来ると言うのだ。
確かに[闇月]は脅威。しかし、それはあくまで肉体を持っていた頃の話。
天霊化し天霊としての核をこの身に宿した時点で、大した脅威ではない。
それよりも重要なのはデモン・アグルスが甦ったこと。否、甦ったと言うよりは応急の処置により復活した、とでも言うべきか。
どちらにせよ厄介なのはデモンだ。そこに脅威ではないとは言え、ジェイドの加護が付けば尚更だろう。
{……と、なれば}
現状、厄介なのはあくまであの二人の組み合わせ。
ならば二人でなくしてしまえば良いだけのこと。個々に対処するだけの魔力は充分にある。
後にはスズカゼ・クレハも控えているのだ。ならば今此所で無駄に消費する理由もない。
迅速に、確実に、仕留め殺すだけ。
{まずは}
デューの大剣が振り翳され、黒炎の魔力を纏う。
余り傷付けたくはないが仕方あるまい。この一撃で、周囲一帯を吹き飛ばす。
無論、彼等はこれを回避するだろう。だが、それこそが狙いだ。
{貴様からだ、[闇月]}
黒炎による超高域攻撃には、敢えて穴を一つ開く。
無論、彼等がそこに飛び込んでくる事はない。罠だと知っているからだ。
故に被撃覚悟で何処からか突貫して来るだろう。
一カ所で良い。ただ意識外から外せるその場所があれば。
他の場所に集中出来る。
{爆ぜ墜ちろッ!!}
大剣が振り翳され、強大な黒き業火が大地一帯を焼き尽くす。
否、それ等は所詮呼び水、基、呼び火に過ぎない。
躱せるか。冥界の臓腑共の群々を。その静かなる闇の渇望を。
「暗殺者に」
気付けば。
振り翳したはずの大剣は墜ちていた。
否、その場に刺さっていたのだ。初めから、ずっと。
「戦いはないんだよ、デュー・ラハン」
影が、揺らめき。
黄金の獣の隣に居たはずの漆黒は消え去っていた。
否、彼だけではない。デモンでさえ、その場には居ない。
誰も居ないはずのその場所に、未だ、奇妙な感覚だけが残る。
姿無き存在感とでも称すべきかーーー……、空白の場所に感触だけが残る、感覚が。
「……マジかよお前」
獣は力の行き先を失った拳をぶらぶらと揺らしながら、獣はただ呆れていた。
一瞬だ。自分があれ程苦戦した男が、未だ全力さえ出し切っていないはずの男が。
こんなにも一瞬の内に、分解されて。
「暗殺者に真正面からの闘争でも期待したか?」
金属音をがなり立て、甲冑や兜が大地に散らばっていく。
全てが元よりそう存在したかのように、繋ぎ目一つさえ見せずに、転がり落ちていくのだ。
確かに奴の言う通り、今のは戦いなどでは無かった。
出現し、デューが一言を発すよりも前に、奴は兜の眼を掌で覆い、全身を白銀で撫でた。
その結果は今の通りだ。余りに呆気ない、終わり。
「一方的な初手。暗殺者なぞ反撃を赦した時点で失格だ」
尤も、と付け足しながら。
彼は兜を蹴り上げるように跳躍の後退を見せる。
刹那にしてその兜は影、否、闇に覆い尽くされ、凄まじい破砕音と共に拉砕された。
いや、拉砕ならば破片が周囲に散らばっただろう。或いはこれ程の破砕音は響かないだろう。
喰っている。何かが、岩々の狭間から流れ出す何かが、それを咀嚼している。
「来るぜェ、オイ」
ジェイドが着地した、その地点。
幾多と広がった瓦礫の山々は一瞬で漆黒に染まり上がる。
触れれば喰われる。引き裂かれ押し潰され抉り返されて、喰われる。
無限の闇に果てなどあるはずはなく、それ等は囲んだジェイドは勿論、回避したはずのデモンの元にさえ押し迫っていた。
このまま後退するばかりでは、いや、最早後退する隙間さえありはしないが、どちらにせよ喰われるのは必須だろう。
撤退や後退を繰り返そうとも、それが、意味を成すことはーーー……。
「よォ、おい。俺に提案があるんだけどよ」
「奇遇だな。私もだ」
彼等がその提案を照らし合わせることはない。
確かに共同戦線こそ張っている。それでデュー・ラハンを倒そうとも考えている。
だが彼等に、当然と言えば当然であるが、共同作業などというものは存在しない。
あくまで張るのは戦線であり、行うのは戦闘。
故に彼等が仲良く作戦を立て、互いに支え合いながら等という物は決して存在しないのだ。
「ヒャッハァッッ!!」
彼等は強いが、天霊には劣る。
例え全盛期の力を取り戻した闇月であれ、賢者の石を取り込んだ獣でさえ。
彼には勝てない。圧倒的に地力も魔力も、劣る。
「……ふん」
だが、彼等は知っていた。
デモンの拳が大地を穿って影を跳ね飛ばし、瓦礫は空を舞う。
ジェイドの脚が瓦礫を蹴って空を駆け上がり、漆黒は白銀を携える。
繰り返す。彼等は知っていたのだ。
隣に立つ者が如何なる存在なのか、何を成そうとするのか。
知っている。否、知るまでもない。
彼等に共同作業など存在するはずもないが、共に同じ殺意だけは純然と存在するのだから。
「中点を探る。瓦礫の足場を作り続けろ」
「うるせぇ。その前に俺が掘り当ててやるぜ」
拳が破砕し、刃は空を斬る。
決して協力などし得ぬ彼等が、殺意の中で、戦線の上に。
ただ大地を這う影を相手に、並び立つ。
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