埋没されども
{幾つかの選択肢があったとして}
剛脚が歩み、大地に呑まれつつある彼女達に近付いていく。
呑まれる、と言うのは比喩でも何でもない。
大地が土を盛り上げ、一度は膝を折ったスズカゼ達をずるりずるりと引き摺り込んでいくのだ。
無論、四肢は上がらず肉体は曲がらないように、という束縛を目的として。
骨肉を徐々に締め上げる粉砕を目的として、だ。
{いや、解っている。こんな事を問うよりも前に貴様等を排すべきなのだ、と}
しかし問わずに居るという事は己の否定に繋がる気がしてな。
そんな風に付け足しながら、オロチは樹根のような指先を折り曲げる。
ある種の渦めきさえ覚えながら。
{選択肢……、そう選択肢だ。今、貴様等の目の前に幾つかの選択肢があるとしよう}
現状から提示される選択肢は逃亡、絶望、蛮冒といったところか。
逃げ去るか、望みを絶すか、蛮勇を冒すか。貴様は何を選ぶ。
問う意味はないだろう。この小娘が何を選ぶのかは知っているから。
{貴様はそれ等を前に、何を選ぶ}
爪先が、彼女の眼前を擦る。
大地に呑まれ、最早首より上と僅かな背中しか露出していない彼女の前に。
呑まれまいと土岩を必死に押し上げながら、にぃと口端を吊り上げる彼女の前に。
「生憎とクソ面倒な選択肢なんぞを選ぶモンつもりはねぇですがね」
{だろうな。貴様はそういう女だ}
目の前の選択肢を素直に選んでくれるのなら、何も苦労はしなかった。
定められた道の中で歩みと挫折を繰り返し、相応しい存在になるのなら、何も起こりはしなかった。
ただこの女は抗った、抗ってしまった。いや、気付いてしまったと言うべきか。
己の前に広がる道が誰かに定められた道なのだ、と。自分の進むべき方向は常に真っ直ぐなどではないのだ、と。
{道を正す。貴様の歩むべき道にだ}
豪腕が、空を舐める。
幾つもの遠回りと幾度もの失速。
それ等を経て、今、正すのだ。
偽造の世界などではなく、真なる孤高へと。
狂い狂った運命を、正道なる運命へと。
「私の道は私が決める」
オロチの頬が焦げていく。
否、線のように広がり、軌跡をなぞるように。
彼の肉体へ紅蓮が広がっていく。
「他の誰でもない私自身が、だ」
{……結構}
オロチが腕を振るうと共に紅蓮の線は消え去り、その代わりに背後で業火が爆炎を吹き上げる。
スズカゼは大地に紅蓮を放つことによって彼への攻撃と成そうとしたのだろうが、所詮は無駄な行為だ。
確かに大地への被害をオロチは受け止めることが出来る。しかしそれは逆もまた然り。
大地は後で再生させられる。少なくとも今は、攻撃を受けるつもりなどない。
今だけは、例え何人もの攻撃でさえ。
{ならば、大地の糧と成り果てろ}
巨掌が、天を覆い隠す。
先刻の比ではない、確実に、この周囲一帯を潰す数と量。
圧倒的な質量。それは余りに単純。一途なほどに単純過ぎる。
故に真正面から超えねばならない。故に何処からも超えられない。
天霊化した彼の魔力を、刹那に全てを破し、大地と結合した彼の魔力を。
超えられるはずなどーーー……、ない。
「スズカ、ゼッ……!」
オクスの義手が大地から這い出すことは出来ない。
フーの風魔術が大地を切り裂くことは出来ない。
彼女達は抗えず、スズカゼもまた埋まりつつある片目で捕らえるしかなかった。
「……ッ」
彼は選択肢と述べた。選択肢ーーー……、選択肢だ。
解っていた。幾ら超常的な力を手に入れようと、幾ら不死に近しい体を持とうと。
それで漸く立てただけなのだ、と。彼等の領域に足を踏み入れ、体を引き摺るように立っただけなのだと。
彼とて、彼等とて生半可な覚悟ではなかったはずだ。世界の変革など軽い気分で成せる物ではない。
無論、自分とてそうだ。この道を歩むことは決して止めない。
だと言うのに。いや、そうか。そうだ。平等なのだ。
決意で力が埋められるとしても、それでもなお埋まらない。
自分と彼の間に如何ほどの差がある。決死を決め道を歩み刃を持つ我々に、いったいどれだけの差があるというのだ。
「か、ぁ」
めきりと腕骨が音を立てた。
脳髄の血管がブチ切れ、鼻腔から鮮血が溢れてくる。
牙が軋み、歯茎からの流血が止まらない。
「あ、あぁああ}
そうだ、彼は理解しろとも言っていた。
だが、そんな物は疾うにしている。理解出来ないはずがない。
神の器だと言うのなら、私個人ではない何かがあるはずだ。
何かが、今の、私にあるーーー……。
「それだけは駄目だッ……!!」
そんな彼女の服裾を引っかける、白銀。
僅かに後ろへ視線を向けたスズカゼの瞳に映ったのは、酷く脂汗を滲ませたオクスだった。
大地を抉り抜くように掘り進ませ、奇襲の機会を窺っていたのだろうか。
尤も、その指先は今、スズカゼを止める為に引っ掛けられているのだが。
「墜ちるな……! その道から、墜ちるなッ……!!」
鮮血を口端より吐き捨てながら、必死に絞り出して。
大地の圧力は彼女を押し潰し、公文の声を上げさせる。
オクスだけではない。フーもまた、唸るように。
「ーーー……」
選択肢。この場から、どうするか。
理解。この現状が、どうなのか。
「……まだ」
手はない。何も、手はない。
手は出ないし足も出ない。何も出来るはずなどない。
だが、それでもーーー……、この心を折ることだけは、決して。
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