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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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大地を総す

「状況は最悪だ」


崩れゆく砂崩に甲脚を埋めながら、彼女は押し殺すようにそう呟いた。

大地に流れていく枯れ果てた泥々は積もることなく吸い込まれて、抉れ返った草々を茂らせていく。

一種の循環だろう。魔力を自身にではなく、大地に還元している。


「この様だけでも解るように、あの天霊は間違いなく最上位だ。恐らくこのまま我々全員で掛かっても勝てるかどうかは五分五分、いや三分七分程度だろう」


オクスの予測は決して間違いではない。いや、正確とさえ言える。

ただ敢えて言うならば指揮を下げない為の嘘を。

勝率三分という嘘を、撤回すべきだっただろうが。


「…………今」


解っている。実際は一割にも満たない。

あの男に油断や慢心はない。あるのは純粋な戦意のみ。

幾ら弱かろうとこういった者は決して敵に回すべきではない。相手を殺す為の確実な殺意と、その術を持つ者は、決して。


「先の遠視で見えたように、各国は化け物に襲われてる。そして天に浮かぶあの異様な存在が出現している始末だ」


もう幾何の猶予すらありはしないはずだ。

少なくともあの男に勝つ、否、差し違える時間でさえも。

このまま戦い続ける時間さえも。


「……私が残って時間を稼ぎます」


そう提案したのは他の誰でもない、スズカゼだった。

無論、オクスとフーが反論することはない。奥歯を食い潰そうと、叛す言葉が出るはずなどない。

解っている。あの男の相手が務まるのは彼女だけだ。

死に物狂いで漸く時間を稼げるのは、彼女だけなのだ。


「そもそもアイツにゃぁ借りがありますしね。そらもうどデカいのが」


へらへらと軽快に振る舞いながらも、彼女の震える指先は隠せない。

一時的な魔力欠乏による痙攣か、それとも恐怖故の震えか。

如何なる武器を持とうと、如何なる力を身につけようと。

あの男にーーー……、勝てる気がしない。


「ちょっと私もマジをマジで超えますんで、オクスさんとフーさんを巻き込まない自信はないです。おっぱいなら今すぐにでも」


「黙ってくれ。では、我々はあの先に行くとしよう。フー、あの結界は物理的に破れそうか」


次第に足下から消えていく砂々が僅かに鋼鉄の扉に弾かれた。

否、鋼鉄の扉よりも直前で弾かれ、擦り墜ちていく。

魔力反応や微妙な色彩さえ出現せずに、だ。


「……難しいと思うのだが、どうだろう」


結界だ。それに違いはないが、何かがおかしい。

確かに防御している上に常に展開しているという点は結界だ。

だがその実、一切の反応を見せないと言うのは、余程の高等魔術でなければ不可能だ。

少なくとも、奴等の中にそんな結界術を持つ者が居るというのは聞いて居ない。


「恐らくはまた師匠ユキバによる変な技術だと思うのだが、どうだろう」


「だろうな。そしてそれはつまり」


あの扉の先に居るのが誰なのかを指し示す。

因果か。いや、ツケと言うべきなのかも知れない。

あの男の近くに居ながら、気付くべくもなかった自分達に対する、ツケ。


「私達の役目ということだ」


砂塵が、墜ちていく。

間もなく彼女達の脚は大地を躙り、その男と対峙し直した。

世界さえも潰すはずの一撃が幾多と巻き起こったというのに、周囲の変化は見られない。

オロチという男の依然変わらぬ、否、依然変わらぬ故に鮮血塗れた眼だけが、スズカゼ達の恐怖を湧き立たせる。


「……七秒」


オロチの意識に斬り込める、僅かな狭間。

僅か七秒程度で彼を切り抜けて結界を破壊し潜入しろ、と。

無茶か? 嗚呼、当然無茶で無謀で無理なことなのだろう。

だが、オクスとフーにはそれが出来るのだと、信じている。

彼女達ならばやってくれると、信頼している。


「行きます」


合図と共に彼女は疾駆する。

一閃、一閃だ。一閃を撃ち込む。

回避は赦さない。防御や反撃は度外視した一撃を、撃ち込め。

これが彼女の稼げる三秒。そして、刹那の攻防による二秒と紅蓮による不可避の衝撃波による二秒。

四肢が吹き飛ぶだろう。頭蓋は砕かれ、脊柱はへし折られるだろう。

だがそれでも七秒だ。彼女達に託す七秒だけは、必ず斬り込んでーーー……。


「……?」


それは違和感と言うよりも、まず異常となって訪れた。

視界が遅い。思いの外、進まない。

遅れているのか? 踏み込みや疾駆を違えたか?

いいや、それはない。自分は確かに全力で走っているし、かと言って何か攻撃を受けて失速している訳でもない。

何が、起きている。


「こんな……」


頬を、風と草の切れ端が撫でる。

オクスとフーはその異様な光景を眼にしていた。

眼にし、遠ざかっていくそれを。鮮血と共に崩れゆく我が身の中で。

ただ、動かぬ大地(・・・・・)を。


{大地は、儂の元に}


大地を掌のように変化させたのなら。抉り返った大地の被害を己に映したのなら。

彼は最早一体化しているとさえ言える。大地全てが彼なのだ、とさえ。


{集う}


幾らスズカゼが疾駆しようとも、変わらない。

彼女の見る景色が変わるはずはない。

奔れば奔るほど、彼女の蹴る大地は巻き戻っていくのだから。

大地が躍動し、生物のように、己の掌上で彼女を転がしているのだから。


{さぁ}


オロチが掌を圧砕すると共に、スズカゼの両脚が岩盤の牙鋏によって圧潰される。

吹き出す鮮血と飛び散る肉片。ただ、激痛だけが彼女を襲う。

オクスとフーがそうされたように、ただ、激痛だけが。


{戦いはまだ、終わらぬぞ}



読んでいただきありがとうございました

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