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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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天覆なる巨掌

{必要なのは理解だ}


闇が、世界へ。

光を失わぬ蝕陽さえ覆い隠し、その拳は振り下ろされてくる。

肉体を再誕させていくスズカゼの眼には、ただその景色だけが映っていた。

回避は出来ないが、防御は出来る。防ぐことは、出来るはずだ。

だが防いでどうなる? あの衝撃を受け止めきれるのか?

大地全てを掌握したあの一撃を、自分は。


{理解し、絶望しろ}


オロチにあるのは一種の確信。

小娘はこれを凌ぐ。間違いなく、その刃で叩き伏せて見せるだろう。

或いは背後に居る女共がやってのけるか。奴等も決死の一撃であればそれだけの力はある。

そうだ、最早油断だの余裕だのと言っている暇はない。

己の道に、孤高なる過去に、全てを捨ててきた。


{全ての罪を、儂が持つことはない}


彼の豪腕が、大地を破す。

己の眼下に拳を叩き落として土岩を跳ね上げたのだ。

凄まじい轟音が鳴り響いたが誰一人としてそちらに視線を向けることはない。

破砕や目眩まし等なら、或いはその岩片での投擲ならどれほど良かっただろう。

天を覆墜する巨掌ではなければ、既存のそれ一つと対になるが如く振り上げられた二つの巨掌でなかったのなら。

どれほど、良かっただろう。


「フー……ッ!!」


獣の咆吼が、余りに静かな、然れど湧き立つような咆吼が。

共に、何も答えずとも彼女等の周囲には旋風が巻き起こった。

風塵が余波のように大地を斬り刻み、廻嵐が彼女達を天へと吹き上げる。

その巨掌の上、超えれば叩き付けられることはないという思考故の行動だった、が。

遠い。例え何処まで上昇しようとも、届くことも辿り着くこともない。

余りにーーー……、遠い。


{最善手じゃろう。その場に居れば衝撃を全て受け止めることになった。ならば、上昇して衝撃を最小限に抑えるべく行動するのは最善手じゃ}


そうだろう。貴様等は弱者でも阿呆でもない。最善手が取れる、熟練の戦士だ。

例え一人であろうとも己と渡り合い、勝つことはなかろうが、ただで転ぶはずもない。

そういった連中だ。この者共は死ぬことすら恐れず、仲間の為に戦えると胸を張る連中だ。

故に、脆い。故に、弱い。故にーーー……、油断出来ぬ。


{油断出来ぬ故に、だ}


ヴォルグ。貴様は何故死んだと思う?

単純な話だ。貴様は人間を舐めた。舐めてしまった。

確かに四天災者は星の抑制力が産んでしまった存在だ。彼等は例外だろう。

しかしどうだ。今、眼前に居る者共は。今、世界中で刃を振るっている者は。

人間共は決してただの駒や羽虫ではない。抗い戦う術を持っている。

だからこそ舐めてはならない。油断してはいけない。

皮肉にも連中を舐めていた貴様の死こそが、全てを自覚するに足る切っ掛けとなった。

必然であり、偶発である、貴様の死こそが。


「な……ッ!」


オクスとフー、そしてスズカゼ。彼女達の眼球はその瞬間に真っ黒なほど染まり切った。

否、正しく言えば眼球が染まり切ったのではない。世界が、視界だけではない、例え如方へ首を動かそうと変わらぬ、岩泥の塊掌。

それは、大地であったはずの下角からさえも。


{星の肉によって}


大地に突き刺さった腕を奔る魔力の流脈。

オロチの眼光と歯牙から溢れる光煙を吹き潰して。

彼は、吼える。


{滅せよ}


天地より、六対の腕掌。

星球の形骸を崩すほどに巨大な、それ等が。

彼女達をーーー……、掌握し、圧殺する。


「……少し無茶をするぞ」


呟きが如き、一言二言の作戦。

既に風圧で四肢を千切られかねぬ刹那の中でオクスは述べたのだ。

どうしようもなく小さな、しかし確固たる声で。


{今更何をしようともッ!!}


全ての腕掌が衝突し、激震が世界を揺らがした。

衝撃波は大地すら斬り刻み、草々を吹き飛ばしていくが、それ等は全て一瞬で治癒していく。

否、オロチの骨肉が砕け散らせる代わりに、治癒していくのだ。


{……ぬ、ゥ}


今の一撃を通していれば地脈が弾け飛び、この一帯は外陸のように死を刻まれることとなっただろう。

多少の血肉と引き替えに大地を護り、奴等を潰せるのならば、安いものだ。

尤もーーー……、この程度で終わるだろう等とは、微塵も思っていないのだが。


{やはり、な}


彼女達を圧殺したはずの巨掌が色褪せ始め、やがて指先からずるりとはげ落ちていく。

表面ばかりではない。その内部、人体で言うのであれば肉や神経、骨までもが、だ。

そして現れるのは、紅蓮の盾に覆われた三人の戦人達。


{風の魔術と小娘の紅蓮で土を魃燥させ、獣人の一撃で弾き飛ばしたか}


適応してくる。この現状でさえも、未だ。

そしてそれは恐らくあの獣人によるものだ。スズカゼによる物ではない。

経験、か。叛する属性であろうと対応出来る術を知っている。


{……獣も人も}


まだだ、まだ足りぬ。

あの女共を伏すには未だ足りぬのだ。

先へ行かねば。孤高の道程の先へ。誇りあるべき道の先へ。

足りぬのだ。あの女共を殺すには、まだ足りぬ。

知れ。今まで何を乗り越えてきた、何の為に生きてきた。

仲間の死から感傷を奪おう。神に傷付けた不甲斐なさから嫌悪を捨てよう。

ただその道の為に、その先の為にと願ったはずだ。否、願うのではなく、叶えるはずだ。


{この誇りにだけは、背を向けぬ}


先だ。足りぬならば、先へ。

生命育む大地に両側を突き立てるのであれば。

己の誇りを、失う理由などありはしないのだから。



読んでいただきありがとうございました

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