地下の抜け洞窟
「あいてて……」
「無事か!? 姫!」
「大丈夫です、大丈夫……」
横転した獣車から這い出てくるスズカゼに、ジェイドは急いで手を貸した。
その後ろではファナがデイジーを、ピクノにガグルを引っ張り出している。
幸いにも全員怪我はないようだが、横転した獣車の獣は逃げ出すし、中の荷物も散乱していて、とても無事とはいかないだろう。
「しかし、どうして姫が獣車に乗っている? 方向も距離も、全く違うだろう」
「いや、それがですね。中に洞窟があったんです」
「洞窟?」
「えぇ、洞窟」
スズカゼが言うには、爆破によって崩れた瓦礫の中を掘り進んでいると、やたらと広い空間に出たらしい。
外に出たのかと見回してみたが、どうにも高低差的に違うと思われる。
なので周囲を色々と調べてみたところ、その先に続く場所を発見し、周囲に注意しながらも進んだそうだ。
そして進むと、やがて大空洞に出てそれ超えた後に、外に出たそうだ。
すると大きな音がしたので振り返ると、必死な顔で獣車を操る男が目に入ったのでーーー……。
「取り敢えず殴って縛っときました」
「と、取り敢えず……」
彼女の言う通り荷台には気絶した男の姿があった。
背筋が逆方向に曲がっているのではないかと思えるほどキツく手と足をつなぎ合わされており、取り敢えず殴られて縛られた彼に対する同情も無くは無い。
「……しかしよォ、獣人の姫さん。その洞窟というのは何だったんだ?」
「え?」
「あの爆発の、瓦礫によるモンじゃねぇんだろ? だったら元から有った、って事だ。それが連中の狙いだったりしねぇのか?」
ガグルの問いは至極当然の物だ。
普通の国に地下の大空洞などあるはずもないだろう。
それも地上へと繋がる物だ。
もしかすれば、盗賊団の狙いはそこで、地下の大財宝などがあったのではないか、と。
盗賊団や追い剥ぎに襲われて滅国した国だ。
その連中が地下に財宝を隠すも戦火により回収できなかったとしてもおかしくはないし、はたまた国がそんな連中からそれを隠していたとしてもおかしくはない。
「……つ、つまり私達は大金持ちって事デスか!?」
「愚かなこと言ってんじゃねーぞ、ピクノ! こんな国境で、ただでさえ勘違いで戦ってるんだぞ!」
「そのような事ぞなれば、両国間で争いの種に成りかねぬ。即ち見て見ぬ振りが最善ぞや」
「ちょ、ちょっとぐらい駄目デスか?」
「駄目に決まってんだろ、愚かァ!!」
「デスぅ……」
「……へぇー、財宝ですかぁ」
スズカゼはまだ見ぬ宝に思いを馳せる。
スノウフ国の面々の会話は所謂、捕らぬ狸の皮算用だ。
まだ見ぬ宝をどうこうなど、そんな馬鹿な事を言う訳にもいかないだろう。
「財宝ねー……」
「…………」
「…………」
「…………」
「ジェイドさん、ちょっと所用を思い出したんで席外します」
「何処に行く、姫。そっちは瓦礫の山だ」
「離せ! まだ見ぬ財宝が私を待っとんや!!」
「デイジー、あの阿呆を抑えるぞ」
「了解です」
ファナとデイジーに抑えられ、スズカゼは引っ張り連れ去られていく。
欲を掻けばあんな事になるんだぞとスノウフ国一同に遠い目を向けられているのに気付かなかったのは、まぁ、不幸中の幸い……。
基、自業自得中の幸い、だったと言えるだろう。
「あら、これはどういう状況ですの?」
どんよりと頭を垂らしながら両手を縛られたスズカゼと、彼女の両隣に位置しその縄の両端を持つファナとデイジー。
そして、そんな彼女を放置して言葉を交わし合うジェイドとキサラギ。
得に何をするでもなく、獣車の荷台に押し込まれた盗賊団の頭をぼーっと眺めるガグルとピクノ。
何とも、まぁ、カオスな状態である。
「あ、サラさんデス」
「おー、帰ってきたか。ご苦労さん」
「あの、どうしてスズカゼさんが縛られていらっしゃるんですの?」
「欲を掻けばあぁなるというのを体を張って証明してくれたデス」
「愚かだっただけだな、うん」
「……何となく解らないですね、えぇ」
「しかし、随分と帰ってくるのが遅かったな。何かあったのか?」
「あぁ、それがですね……」
気まずそうに振り返ったサラの背後より、一人の人物が歩み出てくる。
身長的には180もあろうかと言うほどの長身だが、その身体は、いや、身体だけでなく指も足も同じように健康面から不安になる程に細い。
深緑の長髪もさることながら、何より真っ白な牙と牙の間から覗く真っ赤な舌が特徴的だ。
表情は見るからに疲労困憊と行った様子で、そよ風が吹けば倒れてしまうのではないかと不安になってくる始末である。
「どうも……、ミズチと申します……。こんにちは……」
「こ、こんにちは……」
「……あのですね、私はギルドの、諜報部員兼調査部員でして」
「ギルドだと?」
ジェイドの鋭い眼光に、そのミズチと名乗った女性は肩を縮こまらせる。
体は大きくとも体型同様、気の小さな人物なのだろう。
そもそも痩せ形の女性だ。ジェイドのような鋭い隻眼光を持つ獣人に睨まれては怯えるのも当然である。
「ジェイドさん」
「……いや、姫。悪気があった訳ではないのだが」
「女性を怖がらせた時点で駄目でしょう! 女性には優しくするのが常です!!」
「……むぅ」
「って訳で私の縄を」
「スズカゼ殿。貴女の縄を握っているのは私達だ」
「即ち男女平等。何の問題もない」
「……チクショー」
悔しがるスズカゼを横目に、サラとガグルが彼女に用件を確認する。
まさかこのタイミングで丁度到着したのではないだろう、と。
どうして出て来なかったのか、何が目的で来たのか。
様々な質問を投げかけられて狼狽するミズチは、息を振り絞って漸く一言だけを述べた。
「私は……、今回の事件を後始末するために来ました……」
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