閑話[とある騎士団長と鑑定士のその後]
【サウズ王国】
《第二街東部・ゼル男爵邸宅》
「……それで、何か言いたい事はあるか?」
「ゼル、私は思うのだが、人の頭を殴った後にそれはないのではないか?」
頭を真っ赤に腫らしたリドラは不満そうにそう呟いた。
まぁ、機械の腕、つまり金属の塊で殴られれば腫れるのも当然であろうが。
「メイドに聞けば、スズカゼを開放したのはお前らしいなァ? あぁん?」
「口調が荒くれ者になっているぞ……」
「誰のせいで今回の一件がこんな事になったと思ってやがる!?」
牙を剥いて叫くゼルの後ろでは、屈強な獣人達によって次々と家具や装飾品などが運び出されている。
リドラはその光景を見ながら、何とも言えない表情で彼から目を逸らしていた。
どうしてこうなったのかと言うと、それは先日の王城へと遡る。
【サウズ王国】
《王城・廊下》
「えっ」
「いや、だからだね」
苦笑するように眉端を下げたバルドは、ゼルに対して二度目の説明を行おうとしていた。
どうして二度目かと言うと、ゼルにその内容を説明したにも関わらず彼から反応が返ってこなかったからである。
まぁ、内容が内容なので仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「ゼル・デビット男爵を今回の一件の処分により、邸宅を第三街へ移動させる。……との事だ」
「……メイア女王からのお達しか?」
「その通り。むしろ、暴徒を第一街東門まで侵入させた上に味方までしたんだ。これでも甘すぎる処分だと思うがね」
「いや……、そうだろうが……。…………えっ」
「それじゃ、頑張ってくれたまえ。期待しているよ、ゼル」
呆然とするゼルを尻目に、バルドは手を振りながらその場を去って行く。
引っ越し代金から移住地からこれからの近所付き合いからスズカゼの扱いから何から何まで。
ゼルの頭の中をぐるぐると様々な問題が浮かんでは消えていき、現れては失せていく。
今すぐ頭を抱えて蹲りたい彼だが、次に零されたバルドの言葉により、それらの悩みは一瞬で塗りつぶされた。
「あぁ、そうそう。スズカゼ・クレハは第三街に移住地が無いようだよ」
「……お前、それってつまり」
「さぁ? どういう事だろうね」
にやりと笑んだ彼の表情は、極めて腹黒い物だったに違いない。
尤も、それは許容量をオーバーしてしまった為に、目の前が真っ白に染まっていたゼルの知る所ではなかっただろうが。
【サウズ王国】
《第二街東部・ゼル男爵邸宅》
「……なるほど、そういう事か」
先程と違って、がらんと何も無くなってしまった室内で、リドラは窓際に腰掛けながら呟いた。
全てを運び出し終わった獣人達は既にゼルの家具や装飾品などを第三街へと運んでいる事だろう。
もうすぐ自分の邸宅ではなくなってしまう家を見ながら、ゼルは深いため息をついた。
「俺が思うに、お前はこの一件の終始を予想してたんじゃないのか」
「買い被りすぎだ。精々、面白くなるんじゃないかと思ってたぐらいだ」
「……お前も処分を受けろ。受けろ。受けろ」
「三度言わずとも聞こえるさ。心配せずとも私が処罰を受けることはない。証拠など残してないしな」
「この野郎ォオオオ……!!」
「……処罰は受けないさ、処罰は」
ふと気付くと、リドラの姿勢は何処かがおかしい。
少し前屈みになっているような、いつもの猫背がさらに曲がってL字背になっているのだ。
「罰は、受けたがね」
リドラは窓の外を眺め、壁の向こうの第三街に思いを馳せる。
今頃、あの場所で獣人に持てはやされて少女は慌てふためいているのだろう。
その外見に似合わず、木塊のような拳を己の腹部へと叩き込んだ少女は。
「……全く、暴力的な女性は好めないな」
リドラの小さな呟きはゼルの耳には届かなかった。
彼等は得に言葉を交わすこともなく、今までと違った室内の中で、微かに思いを馳せる。
だが、頭と腹部に鈍々しい痛みを抱えた男は。
だが、懐とこれからの将来に頭を抱えた男は。
彼等はその思いの中に、ただ、不安だけを感じていた。
読んでいただきありがとうございました